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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第406号(2017.07.05 発行)

海と生命を宇宙に探る

[KEYWORDS]土星衛星エンセラダス/地下海/熱水環境
東京大学大学院理学系研究科准教授◆関根康人

太陽系天体には、液体の海を有する(あるいは過去に有した)ものが複数存在していることが明らかになっている。
近年では、これら地球外海水のサンプリングとその場分析も行われ、宇宙に海と生命を探る新時代が幕を開けている。
ここでは、土星の衛星エンセラダスに着目し、地下海に関する探査結果や生命存在可能性に関する議論を紹介する。

生命のゆりかご ─ 海を求めて

「島々に灯をともしけり春の海」子規
穏やかな海の景色を見ると、われわれは何故か安らぎや懐かしさを感じる。海の姿は、万人の持つ故郷のイメージにどこか通じるものがあるのではなかろうか。46億年という地球史の視点に立っても、海はわれわれにとっての故郷だといっていい。原始の地球で、われわれの祖先である生命が最初に誕生したであろう場所こそが、他ならぬ海だからである。
海は地球生命にとって進化の舞台であり、自らを育んでくれる母なるゆりかごであった。このような生命を育みうる海は、何も地球だけに特別に存在するものではない。20世紀の太陽系探査の幕開け以降、人類は地球外天体に海、つまり液体の水を追い求めてきた。その結果、かつて火星には地球と同様に地表面に液体の水が広く存在し、木星や土星を周る衛星には、地下に広大な海をもつものも存在することが明らかになっている。近年では、探査機は地球外の海水を採取したり、かつて水が存在していた場にアクセスしたりすることで、海の存否だけでなく、その環境や生命の可能性までも議論することが可能になっている。まさに宇宙に海を探る新しい時代が訪れている。

土星衛星エンセラダス

地球を飛び出して木星以遠の外側太陽系に行くと、固体天体の表面では水は完全に凍結し、氷が主役の極寒の世界が広がる。氷衛星と呼ばれる木星や土星を周る衛星の地表面では、水だけでなく二酸化炭素などの揮発性分子も凝結し、氷として存在する。
エンセラダスは、土星を周るそのような氷衛星の一つであり、直径500kmほどの中型の天体である。地表面温度は約マイナス200℃であり、地表に海の存在を期待することはできない。しかし、その地表面をよく見ると、他の土星衛星に数多見られる衝突クレーターがきわめて少ないことがわかる。
衝突クレーターが少ないということは、地表が活発に更新されていることを意味する。氷地殻の下からの流体の噴出や、氷の流動といった地質活動によって、形成したクレーターが消されているのだ。こうした地表面の更新は、地球でも活発に起きており、エンセラダスが地質的に"生きた"天体であることを如実に物語る。
このような地質活動が存在するということは、エンセラダス内部で何らかの熱が発生しているということを意味する。考えられる熱源は、岩石に含まれている放射性核種の崩壊熱、および土星との間の引力で生じる潮汐加熱である。潮汐加熱とは、エンセラダスが土星の周りをわずかに楕円軌道で周っていることによって、衛星全体が変形することで生じる摩擦熱である。
地球では、太陽光エネルギーによって地表面の海が維持されている。その一方、エンセラダスのような氷天体では、他天体との間に生じる潮汐エネルギーが内部を加熱する。このような潮汐加熱や放射性元素の崩壊熱を考えれば、エンセラダスの氷の下には氷が融解した地下海が存在している可能性がある。

地球外海水サンプリング!そして、生命に迫る

2004年に探査を開始した探査機カッシーニは、測地学、地球物理学、地球化学に基づく方法を駆使して、エンセラダスの地下海の存否とその環境の特定を行っている。
まず、詳細な重力測定によって、エンセラダスの地下30kmに深さ50km以上の広大な地下海が存在することが明らかになった。さらに、南極付近の地表面に存在する割れ目から、地下の海水が噴出していることも発見された(図1)。探査機は、噴出した海水をエンセラダス近接通過時に採取し、その場分析を行っている。噴出物には、水に加えて二酸化炭素やアンモニア、多様な有機物、ケイ酸塩、炭酸塩などが含まれていた。その海水組成から、そのpHは9程度と見積もられており、地球の海と同様にナトリウム塩も豊富に含まれている。このことは、岩石に含まれていたナトリウムが海水に溶脱したこと、つまり地下海は海底で岩石と接していることを示している(図2)。
はたしてエンセラダスの海にも、生命を育む環境は存在するのだろうか。水や有機物が存在していても、生命が利用できるエネルギー源がなくては、生命はその活動を維持することはできない。地球生命の多くは、太陽光エネルギーを直接的あるいは間接的に使って生命活動を行っているが、エンセラダスの地下には太陽光は届かない。
しかし、地球上でも、太陽光の届かない深海底に生命が繁茂している場所がある。それは火山地帯に存在する海底熱水噴出孔である。そこでは熱水と岩石が触れ合って、水素のような還元剤が生成しており、原始的な微生物はそのような還元剤と周囲の酸化剤を反応させてエネルギーを得ている。では、エンセラダスにも、地球の熱水噴出孔のような環境が存在するのだろうか。
2015年になって、この疑問を解決する発見があった。それは、噴出する海水にナノメートルサイズのシリカの微粒子"ナノシリカ"が含まれていたことである。地球上の熱水環境では、高温の水が岩石と反応することで岩石成分が溶脱し、それが急冷することでナノシリカが生成される。著者らの研究グループは、エンセラダスの地下海を模擬した高圧熱水実験を行い、ナノシリカが生成するためには、90℃以上の熱水環境が必要であることを明らかにした。つまり、ナノシリカは、エンセラダス内部に生命を育みうる熱水環境があることを示す動かぬ証拠だったのだ。90℃以上の熱水環境であれば、岩石からは生命を育むのに十分な水素が発生しうるだろう。2017年、実際に、噴出する海水と一緒に大量の水素が噴出していることが確認された。つまり、エンセラダスは、原始的な微生物にとって、エネルギー論的に生存可能な天体であることが示されたのだ。

■図1
エンセラダス南極付近から、噴水のように海水が宇宙空間に噴出する様子。(画像提供 NASA/JPL)
■図2
エンセラダス内部の想像図。岩石のコアを取り巻くように液体の海が存在し、南極付近には90℃を超える熱水環境も局所的に存在している(画像提供 NASA/JPL)

地球の海洋学・生命科学を基とする惑星探査研究

エンセラダスのみならず、火星も含めて、地球外生命の発見が次世代探査における現実的な目標となりつつある。エンセラダスでは生命への化学進化が進行しているのか、海はどれだけ安定して存在しているのか、どのような生態系が形成されうるのか―これらの疑問に対する答えは、地球の海洋学、生命圏科学の知見なしに得ることはできない。生きた地球外生命の発見、さらには地球生命の普遍性を探る上でも貴重な存在である海を持つ太陽系天体は、海洋科学、地球生命科学にとっても、未開拓で豊かなフロンティアだといえよう。(了)

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