Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第405号(2017.06.20発行)

科学的助言を生かした国際ルール作り ~第13回生物多様性条約締約国会議を振り返って~

[KEYWORDS]生物多様性条約/海洋空間計画/海洋保護区
科学ジャーナリスト◆瀧澤美奈子

2016年12月、国連の生物多様性条約第13回締約国会議がメキシコ・カンクンで開催され、筆者もこの会議に参加した。
各締約国が生物多様性の「主流化(Mainstreaming)」に向けた努力を強化することが議決された会議を振り返り、海洋の保全と利用に関して国際ルール作りにおける科学と政策の橋渡しについて考えたい。

COP13で議決された、農林水産業や観光業への"主流化"

生物多様性条約は日本を含む194カ国あまりが締結する、生物多様性保全に関する条約である。2010年に名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)を記憶している方も多いだろう。COP10で議決された「戦略計画2011-2020」と、具体的な目標を定めた20個の「愛知目標」が本条約のマイルストーンとなっており、その期限が2020年にせまっている。残念ながら、その進捗は順調とはいえない状況にある。
そうしたなか、2016年12月にメキシコ・カンクンで開催されたCOP13の最大テーマは主流化(Mainstreaming)と設定された。主流化とは、生物多様性の重要性が各国内で広く認識され、政策をとおして具体的な行動につなげられることを指す。生物多様性の損失は自然界のどこか深淵な場所で起きているのではなく、身近な人間活動に伴うものだからである。
今回の会議では、とりわけ農林水産業や観光業との連携が欠かせないとし、「締約国が主流化に向けた努力をさらに強化する」ことが議決された。つまり、海でいえば、生物多様性の保全をこれまで以上に意識した漁業政策を求めるということである。

海洋関連の議決が目立ったCOP13

海洋および沿岸の生物多様性保全に関して、①生態学的または生物学的に重要な海域(Ecologically or Biologically Significant Marine Areas: 以下EBSAs)、②冷水域の海洋酸性化と生物多様性、③人為的な水中騒音と海洋ゴミの影響、④海洋空間計画(Marine Spatial Planning :以下、MSP)と数多くのテーマが議論された。
なかでも、今回は日本周辺海域がEBSAsとして多数登録された。EBSAsの登録は科学的事実に基づいているので、日本周辺海域が地球上で生物多様性の高い重要な海域であることを示しており、われわれにとって大変意義深い。また以下にのべるMSPについては、各国に対してその適用を奨励することなどが決まった。

COP13本会議場内の作業部会II。忍耐強く長時間の議論が行われた。(2016年12月9日=カンクン)

海洋関連のサイドイベントに参加して

筆者は今回、本会議の議論を先取するとされるサイドイベントを中心に参加した。紙幅のかぎりもあるので、以下にとくに印象に残ったひとつのサイドイベントについて報告したい。「愛知目標と持続可能な開発目標(SDGs)の達成を支援する海洋空間計画※1」である。
本サイドイベントは、愛知目標の11「2020年までに、沿岸および海域の少なくとも10%は保護地域などにより保全される」という目標達成に向けたMSPがテーマである。MSP(海洋空間計画)とは、通常複合的な役割を持つ海域の利用計画を、開発と保全のバランスをとりながら社会的な要求を満たすように、各ステークホルダーが参加する公開の話し合いで決めていくプロセスである。
本サイドイベントではまず、2014年に行われたCBD専門家会合で合意したことの情報共有が行われた。MSPの実行を困難にしている不足要因が、①政治的支援、②データ・知識、③ガバナンスの理解、④ステークホルダーの十分な参加、⑤進展を測る指標、⑥関係省庁間のコミュニケーション、⑦他の関係するプロセスとMSPの統合化、⑧改善のための能力開発などであるという報告だった。課題は世界共通であると感じた。
そして、本サイドイベントの後半には海洋保護区(MPA)によらない海域保護手法であるOEABCMs(Other Effective Area Based Conservation Measures)に焦点があてられ、カナダの水産海洋省と、日本の水産庁から資源管理の事例についての発表があった。
筆者がとくに興味深く感じたのは、カナダの発表である。カナダでは現在、同国海域の1%が保護されており、愛知目標11の達成に向けて、国内で独自に「2017年時点で5%の海域保護」という目標を掲げている。ただし、連邦・州・地方ごとに異なる海域保護メカニズムが存在するため、画一的な海洋保護区は同国にはなじまず、海洋生物多様性の保全を最大にしつつステークホルダーへの影響を最小にするOEABCMsが重要であるとしている。そのために産業界や自然保護団体の声を聞くだけでなく、カナダの水産海洋省のなかに科学諮問機関を設置し、海洋保護手法について、専門家同士の相互評価(ピアレビュー)のプロセスを組み込んだ研究を行い、科学的助言として活用する取り組みを行っていることが紹介された。
セッションの最後には、海洋科学者でカナダ水産海洋省のチーフ・サイエンティストでもあるJake Rice氏が発表を行った。現在散在し、場合により矛盾するさまざまなタイプのOEABCMsを使うためには、基準とガイダンス情報が必要であると述べた。日本も海洋利用の長い歴史があり、周辺海域にEBSAsが多数存在する。この話は今後影響が出てくるのだろうと感じた。

本文で紹介したサイドイベント。各国からMSPの進捗などの発表が行われた。(2016年12月13日)COP13の本会議場となった「ムーンパレス」国際会議場のロビー(2016年12月9日)

海洋保護手法研究に基づいた政策立案の必要性

全体を通して印象に残ったのは、国際機関や各国行政官と科学者がタッグを組んで国際ルールづくりの議論に深くコミットしていることだった。日本の研究者は"IPCCの生物多様性版"といわれるIPBES※2のような場で活躍しており、その実力が認められている。
しかし、日本の資源管理などの海洋保護政策に、科学的知見による最新の海洋保護手法が積極的に取り入れられているだろうか。また、データや科学的知見をもとに、数量的に理路整然と世界に発信できているだろうか。これらの点ではまだ課題があるのではないかと思った。たとえば、カナダで行われているように、科学諮問機関を設置して、ピアレビューを経た海洋保護手法を科学的助言として明示的にとりまとめ、それをもとに説得力ある政策を打ち出していく手法は手本になるのではないかと感じた。(了)

  1. ※1生物多様性条約事務局、国連環境計画(UNEP)、UNESCOの共催により2016年12月13日に開催された。英題はMarine spatial planning in support of Aichi Biodiversity Targets and SDGs in marine and coastal areas.
  2. ※2IPBESとは、生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学−政策プラットフォーム(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)の略。生物多様性や生態系サービスの現状と変化を科学的に評価する政府間組織である。

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