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オーシャンニューズレター

第381号(2016.06.20発行)

国際海洋法裁判所の大法廷が勧告的意見を出す管轄権

[KEYWORDS]UNCLOS/国際裁判管轄の合意原則/裁判所の積極性
上智大学法学部教授◆兼原敦子

国際海洋法裁判所の大法廷は、2015年4月2日の勧告的意見において、自らが勧告的意見を出す管轄権を肯定した。
国際海洋法裁判所を設立した国連海洋法条約や、裁判所の管轄権・構成・手続等を規定する国際海洋法裁判所規程は、そのような管轄権を明示に認めていない。
国際海洋法裁判所は、この管轄権を肯定するという積極性を示したが、国連海洋法条約締約国の合意を重視しながら、どのような独自の論理を展開したのだろうか。

問題の焦点

国際海洋法裁判所(以下、ITLOSとし、ITLOSには大法廷と海底紛争裁判部があるが、ITLOSは大法廷を指すものとする)は、2015年4月2日に、小地域漁業委員会(SRFC)の要請を受けて、勧告的意見を出した(囲み記事参照)。意見を問われた諮問事項は、違法(illegal)・非通報(unreported)・無規制(unregulated)漁業(いわゆるIUU漁業)に関わる。IUU漁業は世界的に深刻な問題なので、本件勧告的意見の内容は重要な意義をもつが、本稿では、意見の内容ではなく、ITLOSが勧告的意見を出す管轄権(勧告的意見付与権限)に焦点を当てる。というのも、ITLOSの勧告的意見付与権限の法的根拠については、特別な事情があるからである。
国際裁判所は、国内裁判所とは異なり、原告が被告を訴えれば、被告が合意しなくても裁判手続が開始されるという意味での、強制的な権限(管轄権とか裁判管轄権という)を持たない。「国際裁判管轄の合意原則」という基本原則があって、国際裁判所は、国と国との間の紛争を審理して解決する管轄権をもつためには、双方の紛争当事国が裁判管轄権に合意していることが必要になる。

事件の概要

小地域漁業委員会(SRFC)は西アフリカ諸国(現加盟国は7ヶ国)が漁業分野での協力を強化する目的で、1985 年の条約により設立した。国連海洋法条約により、沿岸国は沿岸から200 海里までの排他的経済水域を設定でき、そこでは漁業を独占することもできる。近年、SRFC 加盟国の排他的経済水域における外国漁船のIUU漁業(IUU漁業については、本文参照)が深刻な問題となった。そこで、SRFCは、IUU 漁業を行う船舶の国籍国(旗国という)がIUU漁業に対処するために負う義務や、IUU 漁業が行われた場合の旗国の責任の問題を中心として、国際海洋法裁判所に勧告的意見を求めた。

■国際海洋法裁判所(ITLOS)

国際裁判所は、紛争処理の機能だけではなく、勧告的意見を示す機能をもつことがある。勧告的意見とは、国際裁判所が法的な問題について見解を求められたときに示す見解のことをいう。そして、国際裁判管轄の合意原則は、勧告的意見付与権限についてもあてはまる。勧告的意見付与権限への関係国の合意は、裁判所を設立する国際条約や、裁判所の管轄権・構成・手続等を規定する裁判所規程によって勧告的意見付与権限が規定されていることに求められる。つまり、それらの条約や裁判所規程の締約国が、勧告的意見付与権限に合意していることである。
ITLOSは、国連海洋法条約(UNCLOS)によって設立された裁判所であり、UNCLOSの附属書IIであるITLOS規程(以下、規程)が、ITLOSの管轄権・構成・手続等を定めている。ところが、UNCLOS もUNCLOS締約国の合意である規程のいずれも、ITLOSの勧告的意見付与権限を明示に定めていない。他方で、ITLOS規則(以下、規則)という文書があり、これは、ITLOS自らが定めた文書であって、UNCLOS締約国の合意文書ではない。ITLOS規則138条1項は、「…国際協定が、法的問題に関する裁判所への勧告的意見の要請について明示的に定めている場合には、裁判所は意見を与えることができる」として、ITLOSの勧告的意見付与権限を明示に規定している。
このように、ITLOSの勧告的意見付与権限は、UNCLOS締約国の合意文書ではない規則の138条で明示の定めがあるが、UNCLOS締約国の合意文書であるUNCLOSや規程には定めがない。それゆえに、学説においてもUNCLOS締約国の見解においても、ITLOSの勧告的意見付与権限には、疑問が提起されている。そのような状況で、ITLOSは、自らの勧告的意見付与権限を肯定し、勧告的意見付与に積極的な姿勢を示した。この積極性は、どのような論理に基づいて実現されたのであろうか。

ITLOSが勧告的意見付与権限を認めた論理

最初に、ITLOSが勧告的意見付与権限の法的根拠をどのように説明しているかみてみよう。ITLOSは、UNCLOS締約国の合意文書である規程の21条に注目する。規程21条は「裁判所の管轄権は...裁判所に管轄権を与える他の取決めに特定されているすべての事項に及ぶ(太字、筆者)」と規定する。ITLOSは、規程21条にいう「すべての事項」は勧告的意見を含むとする。そして、ITLOSは、勧告的意見付与権限を設定するのは、規程21条ではなく、「他の取決め」であると述べるとともに、「規程21条と他の取決めとの連結(interconnected)」において勧告的意見付与権限の実体的法的根拠があるという。
今回の事例では、「SRFC加盟国の管轄水域における漁業資源への最小限のアクセスと同資源の開発の定義に関する条約(MCA条約)」33条が、国際機関であるSRFCがITLOSの勧告的意見を求めうると規定していることを根拠として、SRFCがITLOSに勧告的意見付与を申請した。ここで規程21条と、「他の取決め」に相当するMCA条約のそれぞれが持つ法的な意義を忖度(そんたく)してみると、次のように考えられるのではないだろうか。
まず、このように「他の取決め」は、意見が求められる法的問題が生じた個々の場合において、ITLOSの勧告的意見付与権限を設定する。これが、ITLOSが、勧告的意見付与権限を設定するのは「他の取決め」であると述べていることの意味であろう。他方で規程21条についてITLOSは、同条は、勧告的意見付与権限を設定してはいないとしている。同時にITLOSは、規程21条にいう「すべての事項」に勧告的意見が含まれるともいう。ITLOSが規程21条に与えている意義はなかなか理解しにくいが、ITLOSは、規程21条は、「潜在的に」勧告的意見付与権限を認めていると考えているのではないだろうか。つまり、「他の取決め」は、意見が求められる法的問題が生じた個々の場合において勧告的意見付与権限を設定するが、当該「他の取決め」による求めがあれば、それに応じて、ITLOSが勧告的意見を出す権限を規程21条が認めているということである。比喩的にいうと、規程21条は、ITLOSが勧告的意見を付与する可能性を「潜在的に」認めているにとどまり、実際には、「他の取決め」によって勧告的意見が要請されたときに、この勧告的意見付与権限は現実のものとなる(「活性化(activate)される」)といえる。

UNCLOS締約国の合意の尊重

このように、ITLOSはUNCLOS締約国の合意文書である規程21条を重視することで、勧告的意見付与権限の根拠が、UNCLOS締約国の合意にあることを確保しようと腐心している。規則138条がITLOSの勧告的意見付与権限を明示に規定しているが、ITLOSはここには、その法的根拠を求めていない。それは、規則はITLOS自らが制定した文書であり、UNCLOS締約国の合意文書ではないからであるといえよう。(了)

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