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オーシャンニューズレター

第379号(2016.05.20発行)

日系自動車メーカーに見るインド物流の課題

[KEYWORDS]部品調達/国際コンテナ港湾/貨物専用鉄道
一橋大学商学研究科教授◆根本敏則

インドでは経済の成長が続き自動車市場も拡大している。しかし、国際コンテナ港湾、貨物鉄道、高速道路などの物流インフラが未整備なことなどにより、日系自動車メーカー各社は部品調達ロジスティクスの構築に苦労している。本稿では日系自動車メーカー訪問を通じて感じたインド物流の課題を整理する。

はじめに

中国、ロシアなどの新興国自動車市場が縮小する一方で、インドでは経済の成長が続き自動車市場も拡大している。それに合わせ、日系自動車メーカーもインドで組立工場を新設・拡張している。
しかし、日系自動車メーカー各社は部品調達ロジスティクスの構築に苦労している。というのも、組立工場で用いる部品はインド国内の現地調達を基本とするが、国内部品産業は広い国土に分散している。また、高付加価値部品などは日本など海外から調達せざるをえない。インドの自動車部品調達は、克服すべき空間的・時間的障壁が極めて大きい。
筆者は昨年、インドの日系自動車メーカーを訪問する機会を得たが、その中で感じたインド物流の課題について整理してみたい。

インド自動車産業

インドの自動車産業の立地は、政策変化によって大きな影響を受けてきた。大都市への工場立地規制、後進地域への立地優遇措置等の誘導政策がとられた後、1990年代には規制緩和が行われた。現在では、マルチ・スズキ・インディア(スズキのインド子会社)やホンダ(HCIL)が立地するインド北部デリー周辺、ヒュンダイ(HMI)、ルノー日産、トヨタが立地する南部チェンナイ・バンガロール周辺、現地資本のマヒンドラ&マヒンドラ、タタ等が立地する西部マハーラーシュトラ州の3つの自動車産業クラスターがある(図1)。ちなみに、マルチ・スズキ・インディアは国内市場47%のシェアを誇る。現在は小型車中心だが、消費者ニーズの高度化にも対応すべく車種を増やそうとしている。
マルチ・スズキ・インディアなど大手組立メーカーの近傍には、自動車部品メーカーが集積し、同じクラスター内で部品を調達しやすい。
しかし、自動車部品の中には集中生産した方が効率の良いものも多く、そのような部品では異なるクラスターから調達せざるを得ない場合もある。特に生産規模の小さな組立メーカー、大手でも生産量が少ない車種ではその可能性が高く、その調達物流では1,500~2,200kmの長距離輸送を強いられることになる。

部品調達ロジスティクス

自動車産業集積の高まりとともに、自動車組立メーカーの現地調達率は高まっている。しかし、1次部品メーカー、例えばデンソーの現地調達率の低さからわかるように、電子部品関係を始めとして特定分野の2次部品メーカーの集積が不十分である。その結果、日本、あるいはEPA/FTAを締結している周辺国からの部品輸入も不可欠である。
デリー周辺の自動車メーカーは、ムンバイ・ナバシェバ港で揚げた輸入コンテナの多くを鉄道に積替え、最寄りのインランド・コンテナ・デポ(ICD)で通関後、工場へ輸送している。現在、鉄道コンテナ輸送や通関に時間と費用がかかっており、その効率化が求められている(通関だけで5日必要)。チェンナイ・バンガロール周辺の自動車メーカーは、チェンナイ港の混雑が激しいため(入港まで2日必要)、民間が運営するカタパリ港(チェンナイの北25kmに新設されたコンテナ専用港)などから部品を輸入している。
国内の長距離部品調達は大型トラックによって行われている。その際、できるだけ積載率を高めるために、各地域の拠点で部品センターに集荷し(ミルクラン※を導入する場合もある)、混載輸送するなど効率化されている。しかし、広大な国土であるにもかかわらず、高速道路の開通区間は2区間のみに留まり、幹線道路の整備水準は極めて低い。また州境では、中央売上税(付加価値税は免税)や通行料金の支払い・諸手続きのために、待機を余儀なくされている。
同一クラスターに立地する部品メーカーからの調達は生産計画に合わせたジャスト・イン・タイム納品が主体となっている。部品メーカーあたりの調達量が少ない部品に関しては、組立メーカー主導のミルクラン調達も導入され始めている。なお、自動車部品調達ではミルクランが世界的にデファクト・スタンダードとなってきた。しかし、インドでは仕事が減ることを心配するドライバー労働組合の反対により効率的な物流体制に転換できない場合も多い。また、大都市では慢性的な道路混雑を改善するため、昼間の市街地のトラック通行が禁止され迂回を強いられている。

さらなる成長に必要な物流インフラ整備

モディ現首相は外資を呼び込むことで製造業の雇用を創出させる「メイク・イン・インディア」を公約に、2014年5月に政権に就いた。ここまでのところ、GDP成長率で見る限り合格点を取っている(2016年の成長率見通しも7.0~7.75%)。しかし、さらなる成長のためには物流システムの改善、特に物流インフラの整備が欠かせない。国際コンテナ港湾、貨物鉄道、ICD、高速道路、いずれも容量が不足している。
この中でも、インドで最大のコンテナ取扱量(447万TEU(2014年))を誇るムンバイ・ナバシェバ港の整備は急務である。同港には3つのコンテナ・ターミナルがあり、鉄道が敷かれているが、近年はフル稼働が続いており捌ききれていない。到着したコンテナは周辺のコンテナ・フレート・ステーションへ即時搬出され、一時保管・鉄道への積み替えが行われている。同港では取扱量の拡大のため、シンガポールの港湾運営会社PSA コーポレーションの参加を得て、第4ターミナルの整備を行うこととなっている。
明るい話題がないわけではない。「デリー・ムンバイ間産業大動脈構想」の一環として、2015年西岸ピパバブ港に完成車輸出用の大型専用ターミナルが完成し、さらに日本の支援で建設が進むデリー・ムンバイ間貨物専用鉄道は、近い将来一部区間が開業する予定である。さらに、高速道路を新規着工すべく、2016年度インフラ関連予算を前年度比22%増額することが、去る2月に発表されたばかりである。モディ首相も就任3年目の2016年に成果を上げないと再選は難しいと考えているようである。(了)

ミルクラン(Milk run)=巡回集荷。メーカーの部品調達物流効率化方策の一つ。納品量が車単位にならないような小規模部品メーカーを回って集荷。牛乳業者が酪農家の間を回って牛乳を引き取っていく様になぞらえた用語。

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