Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第369号(2015.12.20発行)

小・中学生における海洋リテラシーの現状~「全国海洋リテラシー調査」の成果と課題~

[KEYWORDS] 海洋教育/海洋リテラシー/全国調査
東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター長、東京大学大学院教育学研究科教授◆田中智志

東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センターは、2014年に、日本の公立小学校6年生および公立中学校3年生が有する「海洋リテラシー」(海洋に関する共通教養)の実態を把握する初めての全国規模の調査研究を実施した。
海洋リテラシーの現状と将来の向上のための課題を報告したい。


調査研究の概要─目的・方法・内容

東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センターは、2014年に、日本の公立小学校6年生および公立中学校3年生が有する「海洋リテラシー」(海洋に関する共通教養)の実態を把握する初めての全国規模の調査研究を実施した。「全国海洋リテラシー調査」である。ここでは、この調査研究の目的・方法・内容の概要を示そう。
まず、この調査研究は、学習指導要領の改訂に向けた政策提言のための基礎資料の作成を目的とした。次にみるように、厳密な標本抽出法を適用して「海洋リテラシー」の全国調査を実施した研究は今までになく、本研究の成果は政策決定に際して第一に依拠すべき基本的な資料であると言えよう。
次に、本研究の方法は、全国から偏りなく調査対象者が選定される調査設計を行い、層化三段階抽出法による標本抽出を実施した。最終的な有効回答数は、小学校6年生2,077人・中学校3年生2,497人(計4,574人)、小学校82校(82学級)・中学校78校(78学級)(計160校〔160学級〕)であった。調査時期は2014年8月下旬〜11月上旬であった。
児童・生徒を対象とする調査内容は、「海洋リテラシー」を測定する「海の問題」と「学習と生活に関するアンケート」であり、学校長が学校の教育実践などについて回答する「学校質問紙」による調査も実施した。本調査研究ではliteracyの原義に則り、「海洋リテラシー」を海洋に関する共通教養と定義し、「海の問題」には、主に現行の小・中学校の学習指導要領・教科書、公立高校入試問題に基づき、小学校6年生用には17問、中学校3年生用には19問(内11問が共通問題)の選択問題を作成した。

海洋リテラシーの現状

それでは、以下に本研究の成果の概要と今後の課題を記そう。まず、「学習と生活に関するアンケート」より「海に親しむ」ことに関して、次に、「海の問題」より「海を知る」ことに関する児童・生徒の全国の現状を示そう。
(1)「海に親しむ」
「海が好き」「水族館に行くのが好き」「魚料理が好き」「泳ぐのが好き」「海にかかわる趣味(海水浴、サーフィン、釣りなど)がある」「将来は海や船や魚にかかわる仕事がしたい」の6つの質問項目に「あてはまる」(とてもあてはまる・まああてはまるの選択肢の合計)と答えた小学校6年生・中学校3年生の割合は表1の通りである。
この結果から次の2点が注目される。第一に、「海が好き」「水族館に行くのが好き」「魚料理が好き」と答えた小学6年生と中学3年生はともに7割を超える高い値が示されていることである。第二に、それらに比して、「将来は海や船や魚にかかわる仕事がしたい」と答えた小学6年生は14.7%、中学3年生は8.3%と1割前後という低い値であることである。
(2)「海を知る」
「海の問題」全体の平均正答率は、小学校6年生で57.1%(9.7/17問)、中学校3年生で55.3%(10.5/19問)であった。主な問題ごとの正答率の一覧は表2の通り。
ここでは次の3つの特徴に言及しておこう。第一に、海洋の安全に関わり、津波警報発令時の行動(できるだけ高い場所に逃げる)の正答率はきわめて高い一方、離岸流の理解は小中学生ともに低い。第二に、日本の太平洋沖およびヨーロッパの大西洋沖の海流(寒流・暖流の流れる方向)の理解度は、「海の問題」全体の平均レベルであったものの、特に、ヨーロッパ大西洋沖の暖流と高緯度にかかわらず穏やかな気候との関係(海流と大気の相互作用)に関する誤答(およそ1/4)や、暖流の向き(熱の移動)に関する誤答(およそ1/5)が注目される。第三に、サケ(シロザケ)の回遊と海流に関する正答率も小中学生ともに低い。川と海を往還する回遊の理解に迫れていない生徒がおよそ1/3、サケの回遊が北海道近海に留まるとした生徒が1/3であった。サケの回遊は太平洋規模の食物連鎖や生物の浮遊と海の循環の理解に関わる重要な知識である。

今後の課題─「海洋リテラシー」の向上へ

本調査研究の成果を踏まえ、今後に求められる課題として2点に限り記しておこう。
第一に、「海洋リテラシー」の向上のためのカリキュラム開発である。例えば、海洋と大気の相互作用は「海流」を鍵概念とする物理学的な学びによって、魚類の回遊と海域は「浮遊」の鍵概念による生物学的な学びによってそれぞれにおける理解を深めることができよう。さらには、〈海流の物理〉と〈浮遊する生物〉の理解は、海洋の自然科学的な理解としての統合を準備しており、海洋教育の高度化が課題となる。
第二に、「海洋リテラシー」の現状を踏まえ、さらには海洋教育の高度化の推進の先には、「海洋リテラシー」の新しいグランド・デザインが求められよう。海洋に関する自然科学・人文社会科学の最先端の成果や、国際的・現代的な課題を見据え、海洋に関する新たな共通教養の構想が俟たれている。
なお、本調査研究の詳細な報告は、東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター編集の『海洋教育カリキュラム開発─研究と実践─』(日本教育新聞社出版局、2015年)、および、『全国海洋リテラシー調査─最終報告書─』(2016年)を参照されたい。
最後に、本調査にご協力頂きました全国の児童・生徒、学校、教育委員会の皆様に感謝申し上げる。また、ご協力頂きました共同研究者にも感謝申し上げる。(了)

● 本調査は公益財団法人日本財団の助成を受けて実施された。

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