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第150号(2006.11.05発行)

第150号(2006.11.05 発行)

海洋の生物多様性の保存および持続可能な利用について

龍谷大学法科大学院教授◆田中則夫

国家管轄権外の海洋の生物多様性の保存および持続可能な利用に関する問題について、
国際協力を促進するためのさまざまな議論が行われている。
管轄権外の海洋に海洋保護区といった一種の規制海域を設けることは現行国際法に抵触すると指摘されるが、
すでに海洋保護区と呼べる規制海域が設定されていることも現実としてある。
こうした議論が深まれば今後の海洋秩序のあり方に大きな影響を及ぼす可能性がある。

アドホックWGの設置

「国家管轄権の区域を超える海洋の生物多様性の保存および持続可能な利用に関する問題を研究するアドホック・オープンエンディッドな非公式作業グループ」(以下「アドホックWG」)は、2004年の国連総会決議59/24にもとづいて設置され、その第1回会合は、今年2月、国連本部で開催された。この決議により、アドホックWGに与えられた主な任務は、国家管轄権(以下「管轄権」)外の海洋の生物多様性の保存および持続可能な利用に関する、国連諸機関の過去・現在の活動を調査し、この問題の科学、技術、経済、法、環境、社会経済的な側面を検討すること、そして、この問題に関する国際協力を促進するため、考えられ得る選択肢や方法を示すことである。

アドホックWGの共同議長のまとめによれば、第1回会合では、次の諸点が議論されたという。主だった点をあげると、第一に、国連海洋法条約(以下「UNCLOS」)が法的枠組の中心となること。第二に、管轄権外の海洋の生物多様性の保存および持続可能な利用は、最良の利用可能な科学的知識にもとづき、予防的・生態系アプローチを用いて行われるべきこと。第三に、海洋の生物多様性にとっての最大の脅威は、IUU漁業※1を含む破壊的な漁業慣行であるので、この問題の解決が重要課題であること。第四に、海洋保護区といった保護区の設定にもとづく海域ごとの管理が有用なので、保護区の設定基準や制度内容を検討すること。第五に、UNCLOSの下で、新たな実施協定を発展させる必要があるかどうか検討すること。第六に、管轄権外の遺伝子資源を含む、海洋の生物多様性の法的地位について検討すること。第七に、海洋の生物多様性に関しては、管轄権内の海域はもとより、管轄権外の海域における保存・管理が、緊急の行動を必要とする重要課題として浮上していること、などである。

「海洋の生物多様性の保存および持続可能な利用」をめぐる議論

上述の総会決議は、突然採択されたわけではない。すでに、各方面で積み重ねられてきた議論の延長線上に位置している。

生物多様性条約(以下「CBD」)※2の実施過程における議論はとくに重要である。CBDの締約国会議では、1990年代の半ば以降、関係する議論が展開されてきたが、2004年の第7回締約国会議についてみると、そこで採択された決定?/5「海洋および沿岸の生物多様性」は、「管轄権外の海域における生物多様性に危機が増大しており」、「国際法に合致し、かつ、科学的な情報にもとづく、さらなる海洋保護区(海山、熱水噴出口、冷水海域サンゴ礁およびその他の脆弱な生態系のある区域を含む)の設定を含め、管轄権外の海域における生物多様性の保存および持続可能な利用を改善するための国際協力と行動の緊急の必要性がある」と述べていた。また、決定?/28「保護区」により、保護区に関するアドホック・オープンエンディッドな作業グループの設置が決定され、「UNCLOSを含む国際法に合致し、かつ、科学的な情報にもとづいた、管轄権外の海域での海洋保護区の設定のための協力に関する選択肢を調査する」任務が付与された。

■フランス・イタリア・モナコ3国が設定した海洋保護区

CBDの下での議論は続いている。たとえば、条約事務局が2005年11月に作成した報告書「管轄権の限界を超える公海および深海底の国際法制度ならびに管轄権の限界を超える海域における海洋保護区の設定のための協力に関する選択肢」がある。上記の作業グループの任務や、CBDの締約国会議での議論に資することを目的として、作成された。

他方、UNCLOSの非公式締約国会合での議論も関係している。2004年の会合では、同年に開催された上述のCBD第7回締約国会議での二つの決定が注目され、また、公海上に海洋保護区を設定した地中海諸国の実行(フランス・イタリア・モナコによる1999年の「地中海における海洋哺乳動物の保護区の設定に関する協定」)に着目しつつ、管轄権外の海域における海洋保護区の設定問題に関する討議が行われた。2005年の会合では、同年春に開催されたFAOの漁業委員会が、漁業管理の目的を達成する上で、海洋保護区の重要な役割を認める趣旨の勧告を採択したことが取り上げられ、討議された。

ただし、留意しておく必要があるのは、CBDおよびUNCLOSのいずれの会合においても、公海での海洋保護区の設定については、現行国際法の観点から異論も出されていることである。つまり、公海の生物多様性を保護する重要性は認められるものの、公海での海洋保護区の一方的な設定は、公海自由の原則に抵触するとの指摘である。また、そもそも、かかる保護区を設定すべき科学的な根拠がどの程度明らかにされているのかについても、評価が分かれている状況もみられる。

今後の海洋秩序のあり方に大きな影響を及ぼす可能性

管轄権の及ぶ排他的経済水域においてはもとより、管轄権の限界を超える海域においては、海洋保護区といった一種の規制海域を、何らの調整もなしに一方的に設けるとすれば、現行国際法との抵触問題が生じることは、不可避といわなければならない。他方、しかしながら、「海洋の生物多様性の保存および持続可能な利用」という新たな課題をめぐり展開されている議論は、もはやそれを押しとどめるといったことは不可能である。

本稿では、アドホックWG、CBDおよびUNCLOSの3つにしか言及できなかったが、かかる議論は、さらに別の国際条約に関連して、また、他の国際機関や多くの国際フォーラムで、様々な形をとって進められている。しかも、いくつかの海域では、すでに海洋保護区と呼べる規制海域が実際に設定されていることも、無視し得ない。現時点で、かかる議論の行方を安易に予測することはできないが、今後の海洋秩序のあり方に大きな影響を及ぼす可能性は、決して低くないように思われる。

日本では、しばしば、海洋保護区の議論はまだ一部の環境NGOの主張でしかない、といった見方が示されることがあるが、そうした認識は早急に是正されるべきであろう。もちろん、地球規模において、科学的な基礎データに裏付けられた、海洋の生物多様性の実態が十分明らかにされたという段階には、まだ至っていないといわれる。それだけに、高度な海洋科学技術を有する日本は、かかる議論への関わり方について(種々の提言を行うことを含め)、多面的な検討をなし得る立場にあるように思う。関係諸機関で建設的な議論が深まることを期待したい。(了)


※1 IUU漁業=IUUはillegal, unreported and unregulated の略。違法、無報告、無規制漁業。FAO漁業閣僚会合(2005年3月12日、ローマ)で採択されたローマ宣言の概要については以下を参照ください。http://www.maff.go.jp/www/press/cont2/20050315press_3c.pdf#search='IUU%E6%BC%81%E6%A5%AD'
※2 生物多様性条約=生物の多様性に関する条約: Convention on Biological Diversity(CBD) 外務省による解説は以下のとおり。http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/bio.html

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