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オーシャンニューズレター

第97号(2004.08.20発行)

第97号(2004.08.20 発行)

ものつくり大学の技術者魂つくり-オリジナル設計の自作艇競漕を通じての新入生教育-

ものつくり大学製造技能工芸学科教授◆田中正知/ものつくり大学製造技能工芸学科講師◆原 薫

ものつくり大学製造技能工芸学科の新入生に実施している「フレッシュマン・ゼミ」は、自作艇を設計・製作し、競漕するユニークなプログラムである。
今年は7月31日に戸田市の道満グリーンパークにおいて大会が行われた。
学生たちに技術者の魂を吹き込み、一人前の「ものつくり人(びと)」に仕上げるのが、ものつくり大学の使命である。

はじめに

90年代は、もんじゅのナトリウム漏洩事故、ロケット打ち上げの失敗など、様々な重大事故が続発した。小渕総理(当時)の諮問機関『ものづくり懇談会』は、その原因の一つとして技術者教育が理論に傾斜・偏重し、細分化されたために、モノがつくれない技術者が育ってしまったためであることを指摘した。その『ものづくり懇談会』の提言を基に2001年に開設された本学は、梅原猛総長によってその名も『ものつくり大学』と名付けられた。開設当初こそ政治家の汚職事件に巻き込まれる形でつまずいたが、その後は日本を代表する企業から招かれた実務経験豊かな教育スタッフが、開学の精神を実践すべくユニークな教育を展開したことで本学の教育は広く世間に受け入れられ、4年目を迎えた今年、学生たちが成長株と目される優良企業から多数の内定を頂くまでになった。

本学で最もユニークなプログラムの一つに、製造技能工芸学科の新入生に実施している「フレッシュマン・ゼミ」(以下、「Fゼミ」と記す)がある。Fゼミでは、学生自身の手でオリジナル設計の船を製作し、競漕する。今年は、去る7月31日に道満グリーンパーク(埼玉県戸田市)内の荒川調整池・彩湖で、学生艇12艇に加え、日本郵船株式会社有志チームの皆様にご参加いただき、盛大に競漕大会を開催した。合計13艇によるレースは、カヌータイプ、川舟タイプ、カタマラン等、乗員数も1名から5名までと、様々な船が入り乱れ、レースごとに入賞艇が変わる混戦となった。

本稿では、この自作艇競漕大会のあらましを紹介する。

Fゼミのねらい

一般に既存の大学では、基礎学力をたっぷりと身につけてから専門分野に触れるしくみで、現実問題に対面するのはさらに後のことである。既存の学問分野に沿って細分化されたカリキュラムはわが国の技術の進歩に大きく貢献した一方で、モノから切り離されたことで冒頭に触れた事故へ続く行路にもなった。本学のカリキュラムは上記とは逆に、常にモノ(現物、現実)を意識させるよう仕組まれている。すべての授業は、まずモノに触れることから始まり、そこで何が必要かを感じつつ学習するよう計画されている。ものつくりをしたくてうずうずしている「おもしろがり屋」たちに「船を造れ、競漕しろ」と迫るFゼミは、「ものつくり人(びと)」への道程を疑似体験させながら、本学での勉強がいかなるものであるかを理解させることをねらっている。

船の製作と学生たちの成長

本学では、多くの実験や実習を円滑に実施する都合上、学生を概ね20人ごとのクラスに分けており、Fゼミもこのクラスごとに実施する。製作に当たっては、船の主要寸法(全長4.5m以下、全幅1.8m以下、高さ0.9m以下)、推進方法(人力のみ)、完成期限、および競技方法を定める以外は一切自由としている。学生は、自薦によりチームリーダ、サブ・リーダ、技術担当、資材担当、4S(整理、整頓、清潔、清掃)担当などの役割を分担する。各クラスには教員が1名ずつ配置されるが、なるべく助言者たるべく心掛け、設計・製作(資材の準備や作業後の片付けを含む)から競漕大会の運営、さらには打上げパーティーまで、極力学生たち自身で進行するよう指導している。4月初めには、ただ顔を見合わせているか、下を向いて黙っているだけだったクラスが、1~2カ月ほど協働するうちに次第に気心が知れ、ミーティングもチームリーダの司会によって運営できるようになる。

■図1 1/5モデル改良の変遷

船造りでは、初めに各自がイメージする競争艇の10分の1のモデルを紙細工で製作し、クラス内でプレゼンテーションをする。この中から、ブレーンストーミングを通してクラス艇のベースとなるモデルを2~3案程度選び出すが、20ほどの紙模型から如何にして絞り込むかに、各クラスの勝利に向けた様々な思いや戦略が反映される。採択されたベース・モデルの数に応じてクラス内を小グループに分け、各モデルの担当とする。各グループは、5分の1模型を化粧ベニヤ(板厚2mm)で製作するとともに水路試験を実施し、実艇とした場合の諸性能を検討しつつ改良を加え、ベース案の熟成に努める(図1)。

この頃になると、学生たちの意識や行動に変化が見られるようになる。はじめは「本当にできるのか?」と訝りつつ単位取得のために取り組み始めるのが常だが、アイデアが3次元的な形になる様子を目の当たりにすると次第に面白くなり、「本当にできるだろうか」が「できそうだ」に変わり、さらには「きっとできる」「やってやる」に変化する兆しが感じられるようになる。若者の場合、自信は行動に直結する。あくまでも最終目的はクラスが競漕大会で勝つことであり、5分の1模型の検討はクラス艇を決定するまでの過程なのだが、各グループは既に競争が始まっているかのように競い合う。モデルの改良は、学生たちがある程度納得するまで続けさせることにしている。ベース・モデルの試験結果はホワイトボードに貼り出し、全員で眺めながら最終的なクラスの代表艇を決定する。その後、モデルから採寸し、耐水ベニヤを用いて、縫い合わせ工法により代表艇を製作し、学内の池や付近の川などでテストして競漕大会に臨む。

7月31日に行われた、自作艇競漕大会

競漕大会終了後の打ち上げパーティーでは「自分たちで作り上げた船に乗ったときには、感激で鳥肌が立った」、「船造りを通して友人がたくさんできた」といった感想が毎年多く聞かれる。単位欲しさに始めた船造りだったが、いつの間にか名誉(トロフィーのリボンと正面玄関への展示)のために努力していたことに気付く瞬間でもある。

おわりに

毎年、本学には自称ものつくり大好き人間が多数入学してくる。彼らに技術者の魂を吹き込み、一人前の「ものつくり人(びと)」に仕上げるのが本学の使命である。ものつくりの感動を体験した学生たちは、Fゼミ後は、各人の興味の趣くままに、バッテリーカーレース、人力水中翼船、ロボットコンテスト等々の世界へ飛び込んでいった。上級生になってもFゼミに関わりたい学生は、プライベートな資格で競争大会に参加したり、TA(ティーチング・アシスタント)として後輩の指導にあたるなどしている。創造する技術者を育てるカリキュラムの入口に位置するFゼミが、ものつくりへの動機付けに一定の貢献をしてきたことの表れと自負している。

船造りについては、毎年レギュレーションを少しずつ変更することで、新たなアイデアの登場を促してきた。今年は、船底に空気溜を有する船が登場した。船底と水面の間に貯えた空気の圧力を浮力に利用することにより喫水を浅く保つアイデアで、5分の1モデルでの水路試験では、2人乗りでも4人乗りでも抵抗力がほとんど変わらないという結果を得た。スピード競争では好成績を残せなかったが、アイデアとそれを実現した努力が認められて、「オンリーワン賞」に輝いた。

新入生を対象に、限られた時間で教育的効果と技術的成果をいかに両立させるかが、今後の課題であると考えている。(了)

●ものつくり大学製造技能工芸学科のホームページでFゼミの紹介記事をご覧になれます。URL:http://www.iot.ac.jp/manu/

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