【2024-25 SPF-APSA 米国議会フェローレポート】
分極化の国の統治の現場で
辻村優毅
2024年度SPF-APSA米国議会フェロー(2024年9月~2025年8月)。
米国連邦議会下院の共和党議員事務所にて外交政策フェローを務めた。
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程在学。専門は米国議会研究。
党派対立はどこへ
一方でワシントンD.C.という街は、激しい党派対立という表現からはイメージしにくいどこか落ち着いた雰囲気を持っている。激しい対立が各地で生じる一方で、D.C.で出会う人々は誰もが口を揃えて超党派での問題解決の重要性を指摘する。実際、連邦議会という現場で働く中でもこのことを感じる瞬間は多かった。
連邦議会では、少数派の、時に暗黙の同意を調達して初めて意思決定が可能になる。制度的には上院でのフィリバスターが有名だが、下院においても大多数の法案は全会一致を必要とする略式手続によって通過するため、超党派の合意形成なしに立法を行うことは難しい。こうした背景から、立法の過程では異なる政党のスタッフたちと綿密なコミュニケーションと連携が欠かせない。外部から持ち込まれた政策アイデアに対してスタッフたちが真っ先に問うことは、超党派での支持があるか否かであった。共和党の事務所であっても、民主党所属議員たちの意見を無視して政策を前に進めるような雰囲気は全くなかった。2025年には議会選挙がないこともあり、政策形成の意欲が高く、議会では拍子抜けするほどに党派間の協力が重視されていた。
情報、キャパシティ、機能不全
議会において深刻な課題は、むしろ情報共有かもしれない。事務所での勤務を始めて驚いたことのひとつは、下院では全くと言って良いほど上院の動きを把握していないということだった。上院と下院では事務所の構成や使っている内部システムから全く異なり、立法への取り組み方も異なる。その上、両院はそれぞれの法案審議や政治的な調整に忙しく、議院間での調整に割くだけの余裕も欠けていた。事務所での勤務では、ミーティングにやってくるロビイストたちに対して事務所のスタッフたちが、上院での法案審議状況や支持・不支持議員の情報を聞くといった場面にも一度ならず遭遇した。同一法案を成立させなくてはならないはずの上院と下院とは、想像以上に乖離していることを感じさせられた。
上下院間での情報共有不足に輪をかけて、トランプ政権が主導した予算取消し、2026年度予算など重要法案の審議過程では、意図的な情報管理に人的資源の不足なども相まって、政策形成に必要な情報が入手しにくい状態が続いた。2025年1月からの第119議会で主要な争点のひとつとなった法案にHR. 4 Rescissions Act of 20251 がある。同法案はすでに付与された予算の一部取消しを認める法案であり、2025年度予算のうちで対外支援に関する項目を大幅に削減することを希望する大統領府からの要請に基づいた極めて短い法案である。この法案は国際機関への支出金などを含む90億ドル以上の予算を削減する、非常に影響の大きい内容であったため、民主党だけでなく共和党内の穏健派からも大きな反発を生むことになった。この法案の審議過程では、予算プログラムの中でも具体的にどの団体に支出している項目を取り消すのかといった情報さえもなかなか公開されず、スタッフたちは利害関係者などからの聞き取りを行いながら、議員の優先事項が削減されないよう交渉にあたる必要があった。第119議会において大統領府と議会共和党指導部が主導した政策は一事が万事こうした調子であり、2026年度予算案の作成過程でも本来は行政府側から事前に議会スタッフに対して行われる細目についてのブリーフィングが適切に行われず、具体的な内容を把握できないままに、スタッフたちは法案や、法案への修正案に対する立場を議員へ提案する必要に迫られた。
下院では加えて、随時入ってくる情報を仕訳するだけのキャパシティが不足している場合もある。下院議員のD.C.事務所に雇用される常勤のスタッフはおよそ8~9名程度と言われ2 、その中で立法と広報、選挙区対応などの役割を割り振る必要がある。私の勤務先では議員の主戦場である政策分野の外交をたったの3名で扱っていた。当然ながら人手は足りておらず、専門性の有無にかかわらず広い分野をカバーする必要があり、優先順位の低い課題は後回しにならざるを得ない。加えて、スタッフのほとんどが20代であり、インターンに至っては10代の若者までがいる。若手が多いだけではなく、首席補佐官でも勤務年数は平均で3~4年ほど、日常の政策を担うスタッフたちにおいては1年半程度である3 。私の勤務していた事務所はスタッフの定着率が比較的高い方だったが、それでもロビイストが前回説明したスタッフが、次来たときにはいなかったということは日常茶飯事だった。
ブリーフィングの機能
このように、世代としても若手が多く、勤務年数も短いからこそ、毎日のように実施されている議会スタッフのためのブリーフィングは、最新の課題や政策的対応を理解しておくために必要不可欠なものだった。ブリーフィングの中には、インターンやジュニアスタッフに向けてシンクタンクなどが主催する、広く争点や地域についての知識を提供するものや、特定の法案審議に必要な情報を関連する事務所に共有するためにアドボカシー団体や委員会などが主催・共催するものまで様々な種類が存在する。
勤務先の事務所で日常的な情報収集を行うのはインターンたちであったが、関連したブリーフィングに参加したことのある内容には自然と感度も高くなる。スタッフも、関連する情報に常日頃から触れている場合には、新しく入ってくるニュースなどに対しても反応が良い。議員やスタッフとの面談、広く参加者を募り情報を提供するブリーフィング、緩やかなネットワーキングを行うレセプションなど重層的な形でコミュニケーションと情報提供を行っている国や団体に対しては、議会側としても関心を持ちやすいし、反応しやすい。勤務先に限らず、外交に関心を持つ議会スタッフは米韓の安全保障関係やオーストラリアとのAUKUSなどのフレームワークや、台湾との関係などには非常によく反応していたが、こうした国々は常日頃からのコミュニケーションも非常に丁寧な印象を受けた。
ブリーフィングをきっかけとして、法案審議が急展開をみせることもある。下院中国問題特別委員会が主催したブリーフィングで、AIチップの輸出規制に関する法案が扱われ、その内容が議論を呼んだことがあった。委員会側は迅速な審議と成立を求めて、政策の内容と実現可能性を示すためのブリーフィングを実施したものの、その内容が参加した事務所や、その内容を聞きつけたステークホルダーの反発を招き、結果として法案の内容は大幅に修正されることとなった。誰に、どのような内容を、どのような形で提供するのか、そしてその情報を、法案形成がどの程度まで煮詰まった段階で示すのか、といった問題が法案の修正に対しても大きく影響することを目の当たりにした経験となった。
変わり続ける議会
アメリカ連邦議会は今後も多くの課題に直面していくことになる。短期的には2026年度本予算に合意する必要があり、国務省再編など二大政党間で意見の隔たりの大きい課題が山積している。二大政党間の緊張関係はある日突然になくなることはない。
それでも、今なおキャピトル・ヒルには新しい人材が多数押し寄せ、今日も人々の直面する問題を解決しようと政策に取り組んでいる。議会事務所の離職率が高いということは同時に、それを常に補充することができるだけの人々が議会で働き始めているということでもある。常に新しい血を補充し、必ずしも古いしがらみに囚われ続けるわけではないということは、連邦議会に変化をもたらす原動力となっていく。
困難な課題が山積し、時には大きな後退を経験しながらも、目の前の問題を着実に解決してきた連邦議会の姿は、それを担う現代のスタッフたちの中にも確実に受け継がれている。フェローでの体験を通じて、連邦議会とアメリカ政治の抱える課題を見ると同時に、立法を行う議会の力強さをも同時に感じることができた。議会の内側からアメリカ政治を見つめ、議会を支える生身の人々と肩を並べて働くことで、アメリカの政治と立法を血の通ったものとして理解する機会を得ることができた。貴重な機会を与えてくれた笹川平和財団、そして外国人を快く受け入れてくれた事務所スタッフたちに心から感謝を申し上げたい。
- Congress.gov. "H.R.4 - 119th Congress (2025-2026): Rescissions Act of 2025." July 24, 2025. <https://www.congress.gov/bill/119th-congress/house-bill/4>, accessed on December 1, 2025.(本文に戻る)
- R. Eric Petersen. "House of Representatives Staff Levels in Member, Committee, Leadership, and Other Offices, 1977–2023." Congressional Research Service, November 28, 2023. <https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R43947>, accessed on December 1, 2025.(本文に戻る)
- R. Eric Petersen and Sarah J. Eckman. "Staff Tenure in Selected Positions in House Member Offices, 2006-2016." Congressional Research Service, November 9, 2016. <https://www.congress.gov/crs_external_products/R/PDF/R44682/R44682.4.pdf>, accessed on December 1, 2025.(本文に戻る)