ジェンダーイノベーション事業グループ Gender Investment and Innovation Program
女性起業家を奮い立たせるアクセラレータープログラム~SanThitアクセラレータープログラムの魅力~
東南アジアの持続可能な発展に重要な役割を果たす、女性の社会進出。なかでも起業は、女性にとって生計をたてる有効な手段であり、特に農村部において女性が経済力を得るためのほぼ唯一の手段となる。しかし、ミャンマーでは女性が起業するために必要な資金調達や支援制度への障壁が高く、女性起業家はミャンマー都市部のスタートアップ起業家全体の20%しか占めていない*。また、イノベーションや社会変革を促す可能性を持つ起業家の大半が男性であることで、女性の視点に立って女性特有のニーズに対応するために必要な「ジェンダー視点」が事業に取り込まれず、女性への波及効果が限られている。
*Emerging Market Entrepreneurs調べ
ミャンマーの未来を創る起業家たちがジェンダー視点を実装することが、同国の女性が抱える課題の解決や、女性のエンパワーメントを実現するのに必要なのではないか。そんな想いから、笹川平和財団はベンチャー企業へ投資を行うベンチャーキャピタルの米国大手Village Capitalと、ミャンマーのEmerging Market Entrepreneurs(EME)と協力し、ミャンマー初のジェンダー視点を持つアクセラレータープログラム「SanThit(サン ティット)」を開発、2021年に研修を開始した。
- それぞれの事業について教えてください。
ミャンマーの全ての医療機関が良心的な価格で良質な医療を提供できることを目指し「Z-Waka」を運営しています。患者のカルテをオンラインで管理し、調剤師に自動的に共有されるなど医療機関の生産性の向上だけでなく、医療関係者の協力を得ながら、公に対し健康についての教育コンテンツもオンラインにて提供しています。ミャンマーは世界的にも医療制度の格差の多い国として知られています。特に中小規模の医療機関では、非効率な事務作業に追われ、患者の治療に十分に時間を使うことができていません。私自身も医師としてミャンマーの医療制度が持つ多くの課題を経験したことから、テクノロジーの力でミャンマーの医療の質を向上したい、という思いのもと2020年にZ-Wakaを設立しました。Z-Wakaという名前は、ブッダの医師ジーヴァカからつけました。

2019年から「Anyrev TV」という社会に変革をもたらす活動家を対象としたドキュメンタリーなどのデジタルコンテンツの制作・メディア運営をしているのですが、現在のミャンマーでは、メディアで女性のエンパワーメントに触れることが大変困難な状況です。San Thitに参加したことをきっかけに、2021年にアプリを活用したアプローチへと大きく路線変更を行い、「YouMe」の活動を開始しました。デジタルコンテンツ作りで培った情報制作力・発信力を使って「YouMe」は女性にとって安全性の高いデジタル空間を提供することを目的としています。その空間の利用者に女性のエンパワーメントと男女平等の理念の元で出会いの場を提供する活動をしています。ミャンマーでは人生のパートナー探しにSNSを活用する方が多いのですが、プライバシーが守られず危険です。「YouMe」ではパートナーと安全で対等な関係を築くために役立つ情報を分かりやすくまとめた映像を制作し、それを視聴することを条件に、利用者のプライバシーと尊厳を守る安全性の高いプラットフォームを提供しています。
- 女性が抱える課題解決に対し、事業を通してどのように取り組んでいるのでしょうか?
【女性が女性医師に質問ができる SNSキャンペーン(Z-Waka)】

【「同意」の意味に関して認知度を上げるキャンペーン(YouME)】
- SanThitに参加したきっかけと、どのようなインパクトを感じているか教えてください。
Wit Yee:2021年の政治的大混乱の影響で、ミャンマーのほぼ全てのオンラインメディアの運営が止まり、海外に拠点を移す同業者もいる中、どうすることも出来ずにいました。そんな時にEMEからのメールでSanThitについて知り、事業を継続するための原動力を得ることができるのでは、と思い参加しました。ファイナンスやガバナンスについて学ぶことが出来たのも良かったのですが、壁に当たった時に背中を押してくれたことに、最も大きなインパクトを感じています。アプリへの方向転換は未知の分野だったので最初は不安を感じていたのですが、EMEのMatt(投資マネージャー)に「これまでの事業でターゲット層へのアプローチと理解は十分に出来ているから自信を持っていい」と励ましの言葉をもらいました。これまでは映像コンテンツの制作に注力していたので思いつかなかった、市場や顧客分析の視点を得ることができたことに感謝しています。結果的に、同じ女性のエンパワーメントを目指した活動でも、アプリを通しメディアよりもより多くの人にメッセージを届けることが出来ています。また、メンターシップでは常に新しい情報やアイディアを得られるので、事業を効率的に成長させることができとても満足しています。
Khine:一般的な起業家のセミナーでは女性の起業家の数がとても少ないので、正直居心地が悪いことが多いのですが、SanThitでは沢山の女性起業家と学ぶことが出来たのが励みになりました。EMEや笹川平和財団からも、女性起業家を支援したいという想いが伝わってきたので、安心してプログラムに参加できました。また、女性起業家にとって大きなハードルとなる資金調達やピッチに関しても、少人数制のプレゼンテーションという形式で行えたのも良かったです。
- 事業にジェンダー視点を取り入れたことで、どのような変化があったのでしょうか。

【生理用品などに関する知識を SNSを通して提供するキャンペーン(Z-Waka)】
Khine:ジェンダーに関するOKR(Objectives & Key Results/目標と成果指標)を設定するので、これまで以上に「女性に対しインパクトを生み出せているか」を考えて事業を運営するようになりました。SanThitを通しZ-Wakaがジェンダー平等の達成に取り組む意義を再定義したことで、より戦略的に女性を対象にした活動を継続できています。SanThitの最初のピアセレクションで選出された際、ミャンマーではタブーとされている生理用品や思春期の女性の性に関する知識を、SNSを通して提供するキャンペーンを実施しました。ミャンマー全国の女性から問い合わせを受け、要望に応じて研修を提供するなど、成果の大きいキャンペーンとなりました。最終ステージに選出されて得た資金では、女性医師の経済的・社会的ウェルビーイングの向上を目指したキャンペーンを実施しています。収益性も兼ねた事業の発展と共に、女性のエンパワーメントに対してもインパクトが生み出せるようになったのが嬉しいです。
- 他のSanThit参加者から刺激を受けたこと、また今後の展望について教えてください。
Khine:ミャンマー全体が危機的状態にある時にSanThitに参加したことで、この状況を一緒に乗り越えるかけがえのない仲間を得ることができました。参加する起業家同士でアドバイスを提供し合いながら、とても良い雰囲気の中沢山のヒントや原動力をもらうことができました。起業家の中で特に印象に残っているのは、農業の生産性向上のための専門的なアドバイスやサービスを提供するアプリ「Htwet Toe」を運営するVillage LinkのAdrian Soe Myintです。Z-Wakaと似たビジネスモデルですが、農家というデジタルツール導入のハードルが最も高いとされるターゲット層に対し、NGOと協力しながら効果的にアプローチする姿勢から多くを学びました。Z-Wakaは2020年に起業し、パンデミックとミャンマーの政情不安の影響を受けてきましたが、これまでと同じようにどんな状況でも力強く成長し続けていきたいと思っています。2022年は医師の登録数を伸ばし、健康についての教育コンテンツと視聴者を増やしていくことを主なターゲットとして活動を続けていく予定です。
ミャンマーの包摂的な起業家エコシステムの構築には、SanThitのようなジェンダー視点を実装したアクセラレータープログラムが欠かせない。当プログラムがミャンマーの女性を取り巻く社会課題を解決する事業を運営する女性起業家を支え、事業を通して更にインパクトを生み出せるよう導いている様子が伺えた。また、SanThitを通して生まれた、どんな状況にも屈せず社会インパクトを生み出し続ける起業家コミュニティは、これからもミャンマーの起業文化や女性エンパワーメントを支える原動力となることだろう。
(一般社団法人Earth Company共同代表/濱川 知宏)
*社会の発展が相乗効果をもって地球上全ての命のウェルビーイングを向上するあり方
・詳しくはウェブサイト: https://www.earthcompany.info/ja/