第3グループ(社会イノベーション推進担当)
第3グループ(社会イノベーション推進担当)
【イベント報告 】
「ミッシングミドル」への投資を促すための革新的取り組み
2022.08.03
15分
スタートアップや小規模ながら将来性を見込める企業(以下、SGBs)が事業を発展させることは、経済成長の原動力となり、そのサービスや商品の利用者である人々に対し多くの恩恵をもたらし得ます。しかし、これらのビジネスの多くは、マイクロファイナンスからの融資では金額の規模が小さすぎ、金融機関からの投融資を受けるには与信力や金額感の違いから利用できない層である「ミッシングミドル」に属しており、資金調達におけるギャップの存在が事業を成長させる上での課題となっています。本問題に取り組むために域内ではどのような先進的な取り組みが試されているのでしょうか。
笹川平和財団ジェンダーイノベーション事業グループは、Asia Venture Philanthropy Network(AVPN)が2022年のG20のオフィシャルサイドイベントとして主催したGlobal Conference(6月21日から24日)において、パネルディスカッション「New Models of Innovative Finance for the Missing Middle (「ミッシングミドル」への革新的なファイナンスのための新モデル)」をAVPNと共に主宰しました。本セッションは、笹川平和財団ジェンダーイノベーション事業グループの松野グループ長をモデレーターとし、フィリピンの中間支援組織Villgroフィリピンの代表であるプリヤ・サチャーディ氏、オーストラリア政府のイニシアティブであるフィリピンを拠点にするInvesting in Women のシニア・マネージャーであるマリー・トーレス氏、ミャンマーのベンチャーキャピタルEmerging Market Entrepreneurs(EME)の投資マネージャーであるマット・ヴァイナー氏がパネリストとして参加しました。
【安達一SPF常務によるオープニングスピーチ 】
まず、オープニングスピーチで発言した笹川平和財団の安達常務理事は、SGBsへの資金調達を加速させることはその国の雇用創出や持続的な成長を促し貧困削減に繋がる一方で、資金調達にはギャップが存在し、得に女性主導のSGBsにおいてその傾向が顕著であることを述べました。
この問題に取り組むために、当財団は過去3年に渡り、域内の起業家支援組織および投資家と密に協働し、起業家支援(特に女性起業家支援)事業を実施してきていることをのべました。
この問題に取り組むために、当財団は過去3年に渡り、域内の起業家支援組織および投資家と密に協働し、起業家支援(特に女性起業家支援)事業を実施してきていることをのべました。
その後、松野グループ長は、ミッシングミドルへの資金調達ギャップを埋めるために域内で革新的な取り組みを実施している3名の登壇者を紹介し、各登壇者より、それぞれの活動に関するプレゼンテーションが実施されました。
【Villgroフィリピンのサチャーディ氏 】
まず、フィリピンのアーリーステージの女性起業家支援組織であり、今年度より、当財団と「フィリピンの女性起業家支援」事業を実施しているVillgroフィリピンのサチャーディ氏は、パイプラインとなる企業を育成するため、2年前からフィリピンにおいて女性起業家を対象とした個別のニーズに特化したインキュベーションプログラムを実施している旨説明しました。「フィリピンにおける多くのスタートアップの課題は、ベンチャーコンペティションなどに参加し、数千ドルの資金を得てもそこから金融機関からの投資を受けるに至るまでの2万ドル~25万ドルの資金調達が困難なために、「ミッシングミドル」となっていることです。この問題に立ち向かうため、Villgroフィリピンは、インキュベーターステージの企業にはベースとなる資金を提供し、更にインパクトの創出に焦点を当てたローカルのエンジェル投資家のネットワークである、Impact Pioneerを設立しました。更に、その一部として、 初期段階でリスクを取りたがらない投資家の資金流入を促すためにリスクプロテクションとして投資家のロスをカバーする「触媒式ファーストロス保証基金・Catalytic First Loss Guarantee Fund」を最近設立しました。支援する多くの女性気起業家はエクイティではなく柔軟なデットによる支援が必要であり、投資を受ける企業に対しては、事業成長を促すため、非常に手厚い支援を提供しています。」
【Investing in Womenのトーレス氏 】
次に、Investing in Womenのトーレス氏は、投資家の視点から、主に海外在住経験のあるフィリピン人エンジェル投資家によって2016年に設立されたネットワークであるマニラエンジェル投資家ネットワーク(Manila Angel Investors Network (MAIN)とInvesting in Womenの協働について説明しました。ベンチャーキャピタルの資金の2%のみが女性起業家に流れているというデータを引用し、「Investing in Womenは東南アジアの女性の経済的エンパワーメント、女性起業家への資金調達を促すために活動しており、MAINのエンジェル投資家との共同投資をしています。また、女性起業家に対する支援として、MAINの投資家によるメンターシップの提供やスタートアップアカデミーを実施しています。また女性投資家を増やすために活動しており、2019年にはゼロであった女性エンジェル投資家の数は、現在、107名のメンバーのうち20名となっています。また、フィリピンだけでなく域内の投資家へのジェンダー投資に関する教育を強化しており、シンガポールを拠点にKurubin capitalを設立し、Investing in Womenは共同投資を行うことで、MAINだけでない外部の資金を動員しています。東南アジアには様々なエンジェル投資家ネットワークがありますが、我々は社会課題解決へのインパクト、女性起業家への支援という視点を重要視しています。」
【EMEのヴァイナー氏 】
最後に、EMEのヴァイナー氏は、当財団との協働事業で「ジェンダー視点の起業家支援」で実施中のSanthit(サンティット)アクセラレータープログラムについて紹介しました。「アーリーステージへの投資では投資リスク軽減のためにも起業家との信頼関係醸成が重要です。そのため、同プログラムでは様々な工夫が凝らされています。まず、プログラムに応募する段階から、事業及び起業家に関する詳細な情報共有をサーベイを通じて促し、またプログラム参加前から提出物を課すことで、真にやる気のある起業家のみをふるいにかけています。また事業成長のための資金提供を3つのステージに分けることで、起業家と事業の質と成長可能性を見極めつつ、リスクを軽減する仕組みを作っています。」その後、昨年度の第一期卒業生である起業家が、行き詰っていた事業をSanThitアクセラレータープログラムに参加を通じ、ビジネスモデルをシフトすることで、エンジェル投資家やミャンマーのテック企業及びEMEからの投資を受けるに至ったストーリーを紹介しました。「今後同プログラムにおいて、インパクトに紐づいたSAFEノート(注)の「I-SAFE」導入を通じ、持続的に参加起業家が事業を通じたインパクトを生み出すことができる仕組みを検討しています。」
注:米国のカリフォルニアに拠点を置くベンチャーキャピタル、Y Combinator が2013年に開発した投資用テンプレートで、 Simple Agreement for Future Equity(将来株式取得略式契約書) の頭文字を取ったもので、将来の株式を取得する権利を有したもの。SAFEの特徴として、早すぎるバリュエーションを先延ばししたまま、契約を標準化することで取引コストを下げ、スピーディーな契約を可能にした点で、投資家とアーリーステージの企業双方に有益な手段だあり、広く活用されている。
現在の起業家支援の課題
続くパネルディスカッションでは、モデレーターの松野グループ長が、第一に、現在の起業家支援の課題点と今回紹介されたモデルが与えた付加価値についてパネリストに問いかけました。これに対し、まずヴァイナー氏は、米国のシリコンバレーで使われているアクセレレーターのモデルをそのまま新興国に当てはめることで、必ずしも期待する結果が出ていないことが課題であると述べました。次に、サチャーディ氏は、新しい市場であるフィリピンではインパクト投資の分野でイグジット(注)した企業は存在しておらず、資金提供する投資家側が許容できるリスクの大きさと起業家の資金調達へのニーズの間にギャップが存在すること、どのような道を進むべきかを他の起業家に示すことが出来るロールモデルが不在であり、ミッシングミドルの起業家にとって何を「成功」とみなすのかというストーリーが不明瞭であることだと述べました。最後に、トーレス氏は、投資家の視点から、フィリピンを始めとする東南アジアのエコシステムはこれから発展していくため、様々な実施と失敗を経て課題は克服されていくものであり、重要なのはターゲットとなるマーケットを理解し、起業家のニーズを理解することである。特にアーリーステージの女性起業家にとって必要なのは資金だけでなく、時間、自信やロールモデルの存在が必要であると述べました。
注:高い成長率が見込める未上場企業などの株式を持つ創業者や出資者(ベンチャーキャピタル・投資ファンドなど)が株式を売却し、投資資金の回収および利益の獲得を行うこと。イグジットの種類としては、IPO(株式公開)、M&A、MBO(マネジメント・バイアウト)などがあげられる。
セッション登壇者(左から):松野文香ジェンダーイノベーション事業グループ長(モデレーター)、マリー・トーレス氏(Investing in Womenシニア・マネージャー)、プリヤ・サチャーディ氏(Villgro 代表 )、マット・ヴァイナー氏(Emerging Market Entrepreneurs投資マネージャー)
異なるステークホルダーとの協働
続いて、松野グループ長は、ミッシングミドルへの資金提供のギャップを埋めるには、資金提供者と投資家との協働を始めとする、異なるステークホルダーとの協働が重要であるものの、どのようにインパクトゴールをすり合わせ、協働していくのが有効かという質問を投げかけました。これに対し、3登壇者とも、投資家が資金を提供しやすくするために、リスクプロテクションの仕組みとして、ファーストロスを取る触媒的資金(キャタリティック・キャピタル)の存在の重要性を述べました。サチャーディ氏は、Impact Pioneerでは米国開発庁(USAID)と連携して、他のローカルの投資家が女性主導起業とアーリーステージ起業への投資に参加しやすくため、ファーストロスを取る仕組みを作りだしています。さらに、トーレス氏も、エンジェル投資はコストが高いと見なされており、MAINに対し、シンジケート投資の体制を導入することで、費用対効果が高くなり、他の投資家が共同投資しやすくなることを述べました。ヴァイナー氏は、ミャンマーのようなマーケットでは、自らパートナーを作り出すこと、また一番に取り組み、成功事例を示すことで、次に続くパートナーに道を示すことが重要であると述べました。
セッションの最後に聴衆からのQ&Aを受け付けました。社会的インパクトの測り方、新興市場における投資家のインパクト投資へ姿勢について、個人投資家のエコシステムへの巻き込み方、コミュニティへの裨益を確保しながら投資家とのコミュニケーションをいかにとるか等と言った非常に重要な質問が投げかけられ、それぞれ登壇者から回答がありました。最後に笹川平和財団・ジェンダーイノベーション事業松野グループ長による、この日のイベントの実施に際し、協力していただいた関係者、登壇者、またセッションにご参加者の皆様への謝辞とともに、イベントは幕を閉じました。
【パネルディスカッションの様子】
会場は満席となる80名以上の参加者が足を運び、本テーマに対する関心の高さが伺えました。ジェンダーイノベーション事業グループは、引き続き域内のパートナーと連携し、常に革新的な手法を模索しながら、特に女性起業家が直面する「ミッシングミドル」への資金調達ギャップの課題に取り組んでいく所存です。