新型コロナ禍の中のタイ −越境的リスクへの対応

真辺祐子
2021/07/15

はじめに
  タイは、感染初期段階において封じ込めに成功し、世界保健機構(WHO)にその対応を称賛されることもあったものの、2020年12月に、バンコクから約35km離れたサムットサーコーン県のエビ加工工場でのクラスター発覚以来感染者数が急増し、新たな局面へと突入した。保健大臣は、同県に多く存在する移民労働者によって大規模感染がもたらされた可能性に言及し、首相は、不法入国の取締りや国境管理の強化を改めて指示した。この直後には、ミャンマー人労働者に対してヘイトスピーチが向けられたこともあったが、同時に政府の移民労働者政策や入国管理に疑問が呈された。隣国と非常に長距離に及ぶ国境を接し、移民労働者に経済的に依存するタイにとって、国境管理は感染症対策の非常に重要な要素である。そこで本稿では、2020年12月のタイの感染拡大「第二波」前後における移民労働者や国境管理に焦点を当て、感染症という越境的なリスクへの対応を見ていくこととしたい。

移民労働者
  ILOによると400〜500万人の移民労働者がタイ国内にいるとされ、かつ労働省登録の外国人労働者は約240万人(2020年7〜9月)1であり、そのほとんどがカンボジア、ラオス、ミャンマー(以下、CLM)出身である。しかし、公式登録のない「不法移民」や無国籍者も多く存在する。そのためタイ政府は、CLM出身労働者受け入れ措置に、1992年の閣議決定より取り組み2、2002年以降の出身国政府とタイの二国間覚書(MOU)の締結やその後の度々の閣議決定によって、移民労働者の滞在許可を延長し、登録や労働許可証付与によって「合法化」してきた。前政権である2014年5月クーデター後のプラユット軍事政権においても、すべての不法移民労働者の国籍証明プロセスや登録が急務とされた3。コロナ禍の中において、査証及び労働許可証保持者またはMOUを根拠とする労働者でありながら、国境封鎖により出国できなくなったCLM出身労働者に対しては、一時滞在及び労働許可の措置を2020年3月18日以降数回取ってきた4
 タイ労働省によると、政府は、2021年1月時点で、4つのターゲット・グループに分けられた2,335,671人のCLM出身労働者の登録を目指している5。その内訳は、(1)2019年8月20日、2020年8月4日の閣議決定により滞在許可延長を許可した約140万人の一時労働許可証(ピンクカード)保持者、(2)MOUの枠組みによる約43万人の労働者、(3)後述する第二波発生後の無登録者の「合法化」措置である2020年12月29日閣議決定を根拠とする約50万人の労働者、(4)隔離措置中の約500人の労働者、となっている。コロナの影響を考慮し、現在それぞれの対象者に対して、健康診断などの登録プロセスの期限延長を行っているが、移民労働者のクラスター発生によってCLM出身労働者は依然厳しい状況に置かれている。

第一波と封じ込め
  タイでは、2020年1月13日、中国以外で初めての新型コロナウイルス感染症感染者が見つかった。最初の感染者は中国からの旅行者であった。1月30日、旅行者を乗せたタクシー運転者が、初のタイの国内感染者となった。その後の新規感染者は、毎日1桁台で推移し、感染者は外国人入国者やタイ人帰国者中心であったものの、3月12日頃から徐々に増え始め、3月22日には1日188人まで増加した。バンコクでは同日、商業施設やレストラン等26業種を営業禁止とする4月12日までの暫定的ロックダウンが発表された。それを受け、24日までに6万人と言われる近隣国からの移民労働者が、自国への帰国のために国境に押し寄せたとされる。3月26日には、「2005年非常事態における統治に関する勅令(以下、非常事態勅令)」に基づいて、タイ全土に非常事態が宣言された。この非常事態宣言はその後12回延長され、2021年7月31日まで継続されることとなっている(2021年5月30日時点)。
 タイでは、2020年5月26日から9月2日の100日間、市中感染ゼロを記録し、9月3日にバンコクの刑務所で感染者が発覚したものの、その後もまた市中感染ゼロが続いていた。12月17日以降の「第二波」発生前の感染は、その多くが入国・帰国時の隔離措置で発覚しており、市中感染は非常に限定的であった6
 では、この期間にタイ政府がどのような対応をしていたのかを見ていく。2020年2月26日、保健大臣は、2015年伝染病法7に従って「COVID-19」を「危険な伝染病」と宣言した。保健省は、タイに既存の保健システム、例えば国民皆医療サービスによる国民の保健医療への高いアクセスや、データ収集に関する疫学的訓練を受けた疾病管理局(DDC)疫学課及び県保健事務所の職員による感染の発見や追跡などを活用し、感染症対策を実施している。中でも、脆弱性が高く感染の疑いがある集団が特定された場合には、積極的感染検査(Active Case Finding)によって、上記職員がコミュニティに出向き疫学的調査や感染検査を行い、地方の関係機関と連携して感染者発見に取り組んでいる。また、全国に105万人上いる村落保健ボランティアが、村々と医療機関をつなぎ、彼らの働きによって、物資や知識、手洗い・マスク着用の励行がコミュニティ末端まで行き渡ったことがよく知られている8
 政府の対応機関として、感染拡大中の3月12日には、首相がセンター長となって政府一体の対応を指揮する「COVID-19感染状況管理センター(CCSA)」が設置された9。その後3月25日の首相令により、CCSAを非常事態勅令7条に基づいて設置される特別機関と定めた。CCSAには7つの下部組織があり、医療・公衆衛生分野の非常事態対処センター(センター長に保健省次官)、治安面非常事態解決センター(センター長に国軍最高司令官)、また内務省内CCSAなどが置かれている10。内務省は、CCSAの対応方針に従いつつ、各県に必要措置を通達する。
 CCSA報道官には、精神科医であり保健省で報道官経験のあるタウィーシン医師が就任し、政府のコロナ対応の顔となり、毎日11:30に感染状況に関するブリーフィングを行っている(他の人物が担当する日もある)。このブリーフィングでは、感染状況、今後の対応について丁寧に解説しており、テレビで生放送されるのはもちろん、ブリーフィングで用いた資料は公式フェイスブック等でも入手可能である11

国境警備と不法入国
  タイは、31県にまたがる陸上国境を、ミャンマー(3,401km)、ラオス(1,810km)、カンボジア(798km)、マレーシア(647km)と接しており12、中でも検問所のない山岳、河川などの自然地形をくぐり抜ける不法入国は、感染症対策の中で一層注目されてきた。コロナ禍の中でも近隣国からタイへ向かう多くの不法入国者が逮捕されているが13、タイ人の不法な国境往来が脚光を浴びる事案も発生した。
 2020年11月末にタイ国境付近のミャンマーのシャン州タチレク(タイ語ではターキーレック)の遊興施設・カジノで働くタイ人女性らのコロナ感染が明らかになり、さらに正規の国境の検問やコロナ感染検査を経ずにタイ側の商業施設を訪れ、多くの人と接触があったことが明らかになったため、「スーパースプレッダー」の疑いがあるとして大きな注目を集めた14。この件を受けて、首相指示により国境警備は一層強化され、12月4日の治安面非常事態解決センターによる不法入国取締りの方針によって、国境におけるパトロールや自然地形へのバリケード設置などに関し、陸軍及び陸軍各管区を中心とする軍の国境警備部隊や国境警備警察を含む関係機関が、より一層緊密に連携することとなった15

図1 タイ・ミャンマー国境地図

出所:オーストラリア国立大学<https://asiapacific.anu.edu.au/mapsonline/base-maps/myanmar-burma-thailand-border>

第二波の衝撃
  2020年12月17日、バンコクの隣県であるサムットサーコーン県でエビ養殖・卸業に携わるタイ人女性のコロナ陽性が発覚した。その3日後の20日には、感染者数が689人に跳ね上がり、そのほとんどが同県の水産加工工場に関係するミャンマー人労働者であった。同県には、登録しているだけで26万人の移民労働者がおり、特にミャンマー人の多い地域である。感染した女性に海外渡航歴はなく、政府は感染経路の特定のため、中央エビ市場を閉鎖し、大規模な積極的疫学調査や感染検査を行った。軍を含む多くの機関から人員を動員し、12月26日から翌年2月15日の間の検査数は、1,104箇所、89,850人に上り(その時点で全体の約60%)、16万回の検査予算を積み、サムットサーコーン県には10箇所の野外病院(病床数:4,127)が設置された16。バンコクなどの隣県にも検査を広げ、感染拡大の程度による4つの色分け(ゾーニング)による入域や移動の統制、学校閉鎖(オンライン化)を行った。特に移民労働者の居住地17など最警戒とされた場所の周囲にはワイヤーが張り巡らされ、サムットサーコーン県知事令により、移民労働者はサムットサーコーン県内外への移動を即座に禁じられた18。1月上旬には感染は56県に広がり、タイ国内の感染者数は飛躍的に増加し、1月25日には一日の新規感染件数で最大となる914件が報告され、うち760件が外国人労働者であった。感染がピークアウトした1月末には、政府は、サムットサーコーン県以外の「最高管理区域」を見直し、ロックダウン措置を緩和した。
 感染地域での医療や感染検査は広く無償で提供されたものの、無症状など検査に該当しないミャンマー人労働者が、陰性証明のための検査費用を賄えず、新たな職を見つけづらいという問題も発生した19。このサムットサーコーン県で発生したクラスターによって「感染源」とのイメージが強くなったミャンマー人労働者に対しては、インターネット上でのヘイトスピーチが見られ、CCSA報道官のタウィーシン医師は、定例ブリーフィングの中で、「ミャンマー人労働者がタイ経済の活性化を助けてくれており、タイ人がやらない分野でタイは彼らの労働力を用いている。」、「今日我々は兄弟のようなもの。彼らが具合が悪ければ看病をし、起きたことに対してタイ国民の理解をお願いし、助け合っていく。」と話した。それを見て涙を流すミャンマー人労働者の様子がTiktokで投稿され、タイのニュースで話題となったこともあった。
 以下では、この第二波を受けた国境警備と労働者管理におけるタイ政府の対応を見ていく。

5,526kmの国境、「密入国をすべて防ぐのは無理」
 陸軍報道官は、12月21日の会見でそう語った。陸軍には、7つの国境警備部隊があり、約3万人が属しているが、感染拡大を受けて追加で5つの中隊が派遣された。車両やドローン等を追加配備し、新たなバリケードを設置するなどし、関係機関とともに24時間体制で国境地域に配置されている20。また同時に、陸軍の別の2つの中隊が、サムットサーコーン県のロックダウン措置のために派遣された。その他、タイのミャンマーとの国境県で、県と連携してミャンマーに不法滞在したタイ人の帰国プロセスを監視するなど、不法入国取締り関連で軍には多くの任務がある。
 一方で、国境における労働者の不法入国や移動を手助けするブローカーの存在は、コロナ以前からの問題視されており、ブローカーの取締りも国軍最高司令官下の治安面非常事態解決センターの重要課題となっている。ところが、タチレクの事案後には、国境において軍人などの公務員が金銭を授受し不法入国を見逃しているといった汚職への批判がSNS中心に大きくなった。それに対し、ナロンパン陸軍総司令官は、「コロナ後賄賂を受け取った軍人はいないと言える」と発言し、後にプラウィット副首相もその存在を否定しているが、第二波の到来によって不法入国取締りがさらに重大な課題となったこともあり、プラユット首相は、不法労働者やその他の人身取引に関与した公務員に関する捜査を警察に指示した21。複雑な自然地形における軍の不法入国取締りには、住民の理解や情報提供が必要であることもあり、国境地域における軍隊と住民との関係性はますます重要となっている。

移民労働者への特別滞在許可
 2020年12月29日の閣議決定では、約50万人のCLM出身労働者に対する2年間の特別滞在許可が打ち出された。これは、第二波を受けて、プラユット首相はじめタイ政府として「不法労働者が罪悪感や恐怖から逃亡することを懸念」し、「感染拡大を食い止めるためコロナ感染検査を行うべき」との考えで決定されたものである22。この閣議決定では、雇用主の有無別による登録プロセスを発表し、2021年1月15日から2月13日の期間の労働者名簿へのオンライン登録、コロナ感染検査と生体認証の登録(6月16日まで)などを呼びかけている。この登録過程では、コロナ感染検査、健康診断、登録料などを雇用主負担とし、雇用主の責任を明確化している。本プロセスの進捗に関しては引き続き注視する必要はあるものの、感染拡大を食い止めるために不法労働者を取締まるのみでは不十分であり、移民労働者に滞在を許可しつつできるだけ感染状況を把握するための特別措置に踏み切ったことがわかる。

おわりに
 本稿では、タイの感染第二波前後の対応を見てきた。タイでは積極的な検査と疫学調査、素早いロックダウンにより、当初感染拡大を封じ込めた。陸続きの近隣国からの感染流入が大きな課題となり、移民労働者の管理や、非常事態を根拠とする軍や治安機関の動員による国境管理や不法入国取締りを厳格化してきた。国境管理は、隣国の感染状況だけでなく、ミャンマーにおけるクーデターなどの政治状況にも大いに影響を受ける。また、移民労働者管理に関しては、現在行われている労働者登録プロセスの進捗、また不法労働状態にある多くの移民労働者へのワクチン供給などの多くの論点があり、今後とも注目していきたい。


1 ILOホームページ。<https://thailand.iom.int/labour-migration>
2 藤田幸一、遠藤環他「タイにおけるミャンマー人移民労働者の実態と問題の構図―南タイ・ラノーンの事例から―」『東南アジア研究』50巻2号、2013 年 1 月、160頁。

3 「外国人就労管理に関する勅令」は、2017年6月及び2018年3月に発布。また、基本法としては、2008年外国人就労法がある。
4 内務省布告(2020年4月10日)以降順次発布。
6 この期間の市中感染の事例としては、10月16日にミャンマーとの陸上国境での検査によりミャンマー人家族の感染が発覚した他、特別観光ビザでの入国者、外交官、医療関係者に感染が見られた。また12月に入って、タイ人にも数件市中感染事例が発生していた。
7 感染症名・代表的症状の公表、中央・県・バンコクレベルの「感染症委員会」の設置やその権限、違反者への罰則等を定める。2020年12月改正で、感染拡大防止に必要な個人情報取り扱いに関する保健大臣の権限や、県知事による活動・行事の中止命令、症状を故意に隠蔽した個人への罰則等が強化された。伝染病法や関連する保健相令は、保健省疾病管理局(DDC)ホームページで閲覧可能。<https://ddc.moph.go.th/law.php?law=1>
8 タイ政府広報ホームページ(英語)。<https://thailand.prd.go.th/ewt_news.php?nid=10947&filename=index>
9 首相府令76/2563(2020年3月12日)。
10 首相令39/2563(2020年12月25日)。
11 CCSA公式フェイスブック<https://www.facebook.com/informationcovid19/>。各テレビ局によるYouTubeでの会見中継は、日本からも視聴可能。
13 タイ国防省によると、2020年7月1日から2021年5月30日までに、32,423人の外国人がタイへの不法入国で逮捕されており、そのほとんどがミャンマー人(15,393人)、カンボジア人(11,011人)、ラオス人(2,661人)等の近隣国出身者であった。<https://www.bangkokpost.com/thailand/general/2124619/over-30-000-face-illegal-entry-charge>
14 こうした実態については、こちらの報道を参照:“เปิดรูโหว่เข้าเมืองผิดกฎหมายทางลับชายแดนหนีโควิด-19”,Thairath, Dec 9, 2020. <https://www.thairath.co.th/news/society/1990912 >
15 治安面非常事態解決センター令30/2563(2020年12月4日)。
16 “Field hospitals in Samut Sakhon to be closed”, Bangkok Post, Mar 11, 2021. <https://www.bangkokpost.com/thailand/general/2082003/field-hospitals-in-samut-sakhon-to-be-closed>
17 例えば、中央エビ市場周辺には、4棟のドミトリーがあり、2,500〜2,700人の移民労働者が、1,200〜1,500部屋に居住するなど、密集した住環境であるとされる。
18 伝染病法を根拠とする措置。サムットサーコーン県令3481/2563(2020年12月18日)。
19 “Migrant workers suffer as coronavirus cases surge in Thailand”, Reuters, Jan 8, 2021. <https://www.reuters.com/article/us-thailand-migrants-workers-trfn-idUSKBN29D11T>
20 “ทบ.เสริมกำลัง 5 กองร้อยสกัด COVID-19 ชายแดน”, Thai PBS, Dec 21, 2020.
<https://news.thaipbs.or.th/content/299454>
21 “PM orders smuggler blitz”, Bangkok Post, Dec 24, 2020.

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