震災復興へ想いをつなぐ日中交流
中国の無形文化財保護団体が輪島漆芸技術研修所に漆を寄贈
笹川平和財団(東京都港区、理事長・角南篤)は、3月3日(月)、昨年1月に能登半島地震により甚大な被害をうけた現地の伝統工芸関係者を支援するため、石川県立輪島漆芸技術研修所で寄贈品贈呈式を実施しました。
笹川平和財団の角南篤理事長
東京財団政策研究所の門野泉理事長
開会にあたり、笹川平和財団の角南篤理事長は「国際情勢、国際秩序の変化、気候変動など地球規模の環境変化の進展や、宇宙開発などにみられる技術革新、少子高齢化をはじめとする人口動態の変化に、われわれはどう対応していくのか。既存のやり方は限界にきており、人づくりのあり方も問われている」と、シンポジウムの基調をなす問題意識を明示しました
(写真左から)阪口秀常務理事、高原明生理事、兼原信克常務理事、角南理事長
角南理事長をモデレーターに、笹川平和財団の阪口秀常務理事(海洋政策研究所所長)、兼原信克常務理事、高原明生理事が登壇しました。
戦後長らく国内総生産(GDP)で米国に次ぐ世界2位だった日本は、バブル崩壊後の低成長を経て2010年には中国に抜かれ、今やその差は4倍以上にまで拡大しています。インドに追い越されるのも時間の問題となっています。東南アジア諸国連合(ASEAN)は緩やかに成長し続けると予測され、南半球を中心とした新興・途上国「グローバルサウス」(GS)は存在感を増しています。国際社会における日本の影響力は、さらに低下する恐れがあるのです。
こうした潮流を踏まえ、兼原常務理事は「あと10年すれば、インドもASEANも日本を抜いていく。後発の国々はばらばらで、自由主義社会に対して敵対的なロシアと中国は、もうイデオロギーで途上国をまとめることはできない。逆に、自由主義社会の中で多極化していき新しいリーダーが生まれてきており、それがインド、インドネシア、メキシコ、ブラジルだ」と付言しました。
そのうえで「これからどういうふうに国際社会をもう1回デザインするのか。新しい日本をデザインする日本人が今、求められている。対内的にも対外的にも、現実主義に立って国家の理性、生存本能というものにもう1回火を起こして、笹川平和財団としても世界と日本をリードしていける人材をつくっていきたい」と語りました。
高原理事は現在を「複合危機の時代」と位置づけました。
「気候変動でこんなに暑い夏が、かつて日本にあったでしょうか。そして(新型コロナウイルスの)パンデミックに加え、世界のあちらこちらで戦争が起きている。人々は大変な不安の中に生きており、安全と安心が失われている。こうした複合危機の時代の中で分断が起きている」
そして、複合危機の時代に対処するうえでの「大事な考え方は、『人間の安全保障』であり、それはすべての人間の命を大切にし、命を守り、人々の暮らしと尊厳を守るということです」と指摘。日本は人間の安全保障を軸に「国際協力を進め、複合危機の時代の多くの共通する課題に対応できるよう旗を振るべきではないか」と提起しました。
阪口常務理事が強調したのは、海洋政策と平和についてです。
海洋は謎に包まれており、90%が未解明だといいます。それはひとつには、調査などに莫大な資金を要するためで、気が付けば地球温暖化により海水温が上昇し、海の生態系にも重大な影響を及ぼしています。阪口常務理事は海洋政策の主な役割として、海洋の解明と国際ルールの構築を挙げ、次のように訴えかけました。
「海は全人類の共通の財産です。その海に対して注力するということは、陸で人間と人間が対立するという構図の真逆。陣取り合戦に注力するよりも、人類が一緒に守っていかなければいけないということが非常に重要なポイントです。共通の財産を一緒に守ろうというスローガンでまとめる力が、海にはあるわけで、本当の海洋政策というのは全人類の平和を目指すべき手段なのです」
さらに「近年、世界中の大学でオーシャンポリシー、マリンポリシーという分野を新たにつくり、海洋の問題に政策論として取り組んでいく方向へ向かっています」とし、「日本に海洋政策を専門とする機関がほとんどなく、笹川平和財団、海洋政策研究所は海洋政策を牽引する第一人者となっています。大学ではありませんが、シンクタンクとして海洋政策を国際的な場でリードしていく立場にあります」と力説しました。
(写真左から)鈴木真理常務理事、平沼光主席研究員、中室牧子研究主幹、安西祐一郎所長
東京財団政策研究所の安西祐一郎所長をモデレーターに、鈴木真理常務理事、中室牧子研究主幹、平沼光主席研究員が登壇しました。
東京財団政策研究所では、「経済・財政・環境・資源・エネルギー」「教育・人材育成・雇用・社会保障」「デジタル革命・デジタル化による社会構造転換」など、5つの研究領域で約30の研究プログラムを展開しています。
鈴木常務理事は、教育・人材育成のプログラムの一つで世界44カ国、69大学の大学院生に奨学金を給付している「笹川良一ヤングリーダー奨学基金」を取り上げました。人類に共通する課題を解決する将来のリーダーを育成することを目的に、これまでに1万7000人以上の奨学生を数えるこの奨学基金について、「地球規模で解決しなければならない問題が急増しいています。地球温暖化、記憶に新しい(新型コロナウイルスの)パンデミック、デジタル化の進展などの問題に取り組む人材を育成しています」と説明しました。
一方、「地域主体による再生可能エネルギーの普及に必要な施策」などを研究する平沼主席研究員は、「激動する世界の資源エネルギー動向というグローバルな問題に対処する共通の施策として、再生可能エネルギーの普及拡大が大きな柱であることは間違いない」と指摘。しかし、再生可能エネルギー発電施設の設置地域では、景観の悪化などを嫌う地域住民の反対などによって、計画が頓挫した例があり「根本的な問題として、地域問題を起こさない地域主体の再生可能エネルギーの普及が重要だ」と強調しました。
地域を主体とした普及の具体的な事例として、①ソーラーパネルの下で大豆などの農作物を栽培することで、地域に収入の増加や未利用地の活用などがもたらされる「ソーラーシェアリング」(営農型太陽発電)②電力の供給を大規模発電所に頼らず、コミュニティで太陽光発電、風力発電、バイオマス発電といった供給源をもち、電力をいわば地産地消する「マイクログリッド」(小規模電力網)―などを紹介。「地域主体の再生可能エネルギー普及を担う人材の育成が今、求められている」と述べました。
教育経済学が専門の中室研究主幹は、ベストセラーとなった『「学力」の経済学』の著者で、岸田政権の有識者会議であるデジタル行財政改革会議の委員でもあります。
労働年齢人口が大幅に減少していくことによる人手不足に対処する方法として、一人当たりの付加価値生産性を高めることと、人が担っている業務などを機械化、ビジネストランスフォーメーション(BX)化することの2つを挙げました。ただ、教育分野に応用するにあたっては慎重さが必要であり、ギガスクール端末を徹底して用い、その個別最適化を実現できるコンピューター・アシステッド・ラーニングを推進していく中でも、教員が教育の中心であるべきで質が高い教員の採用が不可欠だ、との見解を示しました。
(写真右から)東京大学公共政策大学院の鈴木寛教授、安西所長、角南理事長
最終セッションでは、東京大学公共政策大学院の鈴木寛教授をモデレーターに迎え、角南理事長、安西所長と共に、課題が山積する現代を生き抜くために求められる人材像と、人材育成におけるシンクタンクの役割について議論しました。
角南理事長は「すべては人ということに尽きる。特に日本の中では、世界をもっと知る人材が必要です。今までとは違ったアプローチを考えついて、課題解決に向けて動ける人材をどうつくっていくのかは、笹川平和財団の活動の根源の問題でもある」と述べました。
これを受け、安西所長も「世界から日本を見ることができる人たちが日本には必要です。社会の仕組みとあり方を良いものに変えていくイノベーターを生み出していくことが、これからの日本にとって非常に重要です。東京財団政策研究所としては、そういう方向へ焦点を当てていきたい」と応じました。
鈴木教授は「(日本の経済力は)20世紀は世界で2位だったので、(国際的な議論の場で)席はちゃんと用意されていた。しかし、今や席は用意されておらず、ジャパンナッシングになってしまっている。パッシングどころかナッシングになってしまっているという認識を、日本の議員、官僚、メディアが強烈にもたないとならない」と、警鐘を鳴らしました。さらに、日本の障害となっているのが縦割り行政や学術界の細分化で、「グランドビジョン」をもつべきであり、そのことを先導しうるのはシンクタンクだとして、笹川平和財団と東京財団政策研究所に強い期待感を示しました。
角南理事長も「省庁の壁や学術界の細分化があるが、シンクタンクはむしろ課題解決型で、いろいろな知見を集めてグローバルな人たちと連携しながら課題を掘り出していく。これがシンクタンクの重要な役割で、その中で人も育っていく。これが回るようになればエコシステムができるのではないか」と指摘。安西所長も「日本は世界に追いつかなければならないという時代」にあって、リーダー育成や、これからの時代の在り方を規定していくうえでシンクタンクの役割は大きく、笹川平和財団とさらに連携していく考えを示しました。
最後に、東京財団政策研究所の門野泉理事長が「このシンポジウムは未来を拓く人づくりの最初の一歩で、我々の強みと知見をさらに生かして、日本と世界に貢献するシンクタンクとして力強く歩みだして生きたい」と抱負を語り、シンポジウムを締めくくりました。