震災復興へ想いをつなぐ日中交流
中国の無形文化財保護団体が輪島漆芸技術研修所に漆を寄贈
笹川平和財団(東京都港区、理事長・角南篤)は、3月3日(月)、昨年1月に能登半島地震により甚大な被害をうけた現地の伝統工芸関係者を支援するため、石川県立輪島漆芸技術研修所で寄贈品贈呈式を実施しました。
笹川平和財団の海洋政策研究所(所長:角南篤)は、7月10日に第164回海洋フォーラム「北極圏の海洋生態系と物質循環―過去から現在の変遷―」を開催いたしました。この回では、第60次南極地域観測隊で副隊長兼夏隊長を務めた海洋研究開発機構地球表層システム研究センター長である原田尚美氏が、温暖化や温室効果ガスの増加が北極海の生態系に与える影響について講演を行いました。
北極域で進む温暖化と海洋の酸性化
近年、人間の活動により地球の環境に急速で大規模な変化が起きています。北極域では、全世界平均の2倍以上の速さで温暖化が進行しており、それに伴う海氷の減少が起きています。1982年から2017年までに北極海の年平均水温は2.7度上昇。これは北半球平均の2.7倍にもあたります。
北極海の冬の海氷も、面積・体積ともに減り続けています。海氷が溶けると、海氷の上で生活する生物への影響があるだけではなく、海中の塩分の減少や、海中へ届く光の変化といった環境に変化をもたらします。海氷が溶けることで海中に届く光は増えますが、それによって食物連鎖の下位にある植物プランクトンや、それをエサとする動物プランクトン等の発生時期がずれ、ひいてはそれが、人間など食物連鎖の高次にある生物を含めた北極の生態系全体に影響が出ると、原田氏は指摘しました。
最新の研究結果を踏まえた講演に聞き入る
このように深刻な影響をもたらしている温暖化ですが、主な原因として人間の活動による二酸化炭素の増加があると考えられています。そして、この二酸化炭素の増加は海の酸性化にもつながっています。
海水はもともと弱アルカリ性ですが、二酸化炭素が溶け込むと水素イオン濃度が増加してpHが低下し、中性に近づいていきます(海洋の酸性化)。水素イオン濃度が増加した海洋では、緩衝作用によって海中の炭酸イオン濃度が下がっていきます。さらに進むと、海中では炭酸イオンが不足して、炭酸カルシウム未飽和※という状況が生まれます。
これは炭酸イオンとカルシウムが結合した、炭酸カルシウムの骨格や殻を持つ生き物にとって、骨格が形成しにくくなり、場合によっては溶けてしまうことを意味します。二酸化炭素は冷たい水によく溶けるため、北極など極地の海から酸性化が進行しやすく、さらに海氷の溶解が希釈効果で海水のpHの低下に拍車をかけているのです。
※炭酸カルシウム未飽和:炭酸イオン濃度の低下により、炭酸カルシウムが結晶として存在できず、溶解する状態のこと
北極海で起きている急激な変化は、生態系へどのような影響を与えているのでしょうか。原田氏は、正・負の影響、そして正負はわからないが確実に起きている変化の3種類があると言います。そのうち負の影響として、円石藻の増殖による北極海の二酸化炭素吸収能力と、海の底に生きる生物(底生生物)の存在量の低下があります。
円石藻は植物プランクトンの一種で、中緯度から亜熱帯によく見られます。北極海で繁茂する植物プランクトンといえば珪藻が知られてきましたが、北極圏の一部であるベーリング海でも、90年代の後半から、円石藻が大増殖(ブルーム)を起こしていることがわかりました。どちらも光合成を行いますが、珪藻と比べると円石藻の二酸化炭素吸収効率は低く、円石藻が増えることで、ベーリング海の二酸化炭素吸収能力は下がってしまうのです。
ベーリング海の写真。緑がかって見える部分が、円石藻のブルーム(写真提供=原田尚美氏)
その上、円石藻のブルームが発生することにより、海中では光の乱反射が起きます。すると、乱反射を嫌う動物プランクトンの摂食率が下がり、サケの群れもブルームの塊を避ける様子が見られるなど、ベーリング海全体の生態系に影響を及ぼしかねない事態になっています。また、海洋酸性化に伴って翼足類という動物プランクトンへの影響が懸念されています。翼足類の殻はアラゴナイトでできていて、海洋酸性化により、殻の密度が下がっていることがわかりました。
翼足類は、クリオネの唯一のエサであり、サケのエサにもなっている
2010年の調査では、海の酸性化が進む時期、北極域の水温が下がる冬と、海氷が溶ける夏には、殻の密度が4割ほど減少しているという結果が出ています。殻をおもりにして深層に潜って繁殖をしていた翼足類ですが、繁殖場へたどり着けないばかりか、殻が溶けてしまうことにより個体として存在できない状況が起きているのです。
生態系等への影響の正負はわからないものの、確実に北極域で起きている変化として、海中の窒素循環と存在形態の変化があると原田氏は述べました。
現在、地球上の窒素の循環ははなはだしくバランスが崩れていますが、これは人間活動の影響です。人工の窒素肥料や化石燃料の使用が原因で、陸地に溢れた窒素は河川や大気などを通じて海に流れ込み、海中の窒素循環に影響を及ぼそうとしています。
窒素は海中に溶け込むと化学反応を起こしてアンモニアとなり、それが酸素と結合する(硝化)ことで、亜硝酸や硝酸になります。これらは栄養塩といって、海の生物にとって大切な窒素栄養源です。
硝化は、光が弱いところでよく起こり、反対に光が強いと抑制されることが知られています。温暖化によって海氷が溶けると海中に届く光は増えますが、これは硝化速度が減少することになり、アンモニアが亜硝酸や硝酸にならないことを意味します。実際に海氷の多い年と少ない年の比較研究をしたところ、海中に届く光が増えた、海氷の少ない年の方がアンモニアの濃度は増加していました。それが今後、北極の生態系へ及ぼす影響については、まだよくわかっていません。
一連の窒素循環について調査する中で、原田氏のチームは驚くべき発見をしたと語りました。海中には、アンモニアなどを栄養源とする生き物がいる一方で、ガス状のままの窒素を取り込んで生産活動ができる(窒素固定)生物もいます。足りない窒素栄養を補うプロセスである窒素固定は、熱帯や亜熱帯のように、栄養塩が少ない貧栄養の海で起こると従来考えられてきました。ところが原田氏等が北極の窒素循環について研究をするにつれ、栄養塩に富む北極域でも、熱帯や亜熱帯と種は異なるものの、窒素固定を行う生き物の存在が判明しました。これまでの窒素固定の根幹を揺さぶるような発見でした。
講演する原田尚美氏
温暖化等による影響の中には、実はプラスの影響もあると原田氏は語り、例として、北極海での渦の増加に伴う、海中の生物による生産活動の増加を挙げました。
90年代と比較して、海氷が減少した2005年以降に、北極海で渦が増えていることが確認されました。渦の増加は、海氷が溶けて大気に触れる海面積が大幅に増加したことによるもので、渦の発生が増えることによって、海の亜表層にある栄養塩などの物質が表層へと運ばれるなど水平的な郵送も増えていきます。栄養塩が増えることで、植物・動物プランクトンの生産は活発化し、北極海の生産活動にとってはプラスの影響と言えます。正の影響としてはいるものの、「海氷が失われることで、北極海が一般的な海になりつつあるのかもしれない」と原田氏は指摘しました。
正負両方の影響を含めて、今起きている変化が、北極海の海洋生態系や人間に一体どのような影響を及ぼすのかについては、これからの研究課題であると言えます。残念ながら海氷は失われ、海水温も上昇することが予想されますが、それに対する生物の反応は複雑になるのではないかと予測されているそうです。
原田氏はまた、南極観測隊として行った海洋酸性化や海洋窒素循環、温暖化の影響等に関する調査について触れ、「北極を含めた極地の海についての研究を発展させていければ」と抱負を語りました。