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オーシャンニュースレター

第546号(2023.05.05発行)

離島住民のための持続可能な交通手段

[KEYWORDS]地域循環共生圏/E-Bike/パーソナルモビリティ
(国研)国立環境研究所生物多様性領域主幹研究員◆亀山哲
(国研)国立環境研究所地域環境保全領域主席研究員◆近藤美則

急速に過疎高齢化の進む離島では、島民の生活を支えるための環境に優しい交通手段が必要である。
「脱炭素社会」や「持続可能な地域循環共生圏」の実現には、公共交通とパーソナルモビリティの柔軟な統合が特に重要だ。
筆者らは、穏やかな島の暮らしのために環境に優しい移動手段を考え、ライフステージの変化に対応できるパーソナルモビリティの開発を進めている。

離島が直面している課題─過疎高齢化

日本は14,125の島々から構成される海洋島嶼国家であり(令和5年国土地理院)、本州等の主要5島を除く416の有人島に約62万人の住民が生活しています(平成27年国勢調査)。その島民の日常を支え、また観光客らにも必須となるのが交通手段です。筆者らはこの手段がより適切であるほど、その地域の暮らしは豊かであると考えています。適切とは、単に効率的で便利であることに留まらず「人や自然に優しい」という意味です。
一般的に離島の交通手段は、公共交通(路線バスや船、飛行機等)と個人的な移動手段(自家用車や自動二輪車、自転車等)に分けられます。後者をここではパーソナルモビリティと呼びます。近年、「脱炭素社会」や「持続可能な地域循環共生圏」が望まれていますが、その実現のためには、公共交通とパーソナルモビリティの柔軟な統合こそ、特に重要であると考えています。「高齢になって免許を返納したら、シニアカーか便数の少ないバスを使うしかない」といった、限定的な移動手段に住民が縛られるとすれば、その地域の暮らしは「豊かである」とは言い難いでしょう。
公共交通の窮状は、特に離島に限ったことではありません。バスやタクシー、鉄道の事業者が経営に苦しみ、高齢者をはじめ徒歩で移動しづらい住民は自家用車に頼らざるを得ない。これは過疎の地域が直面している全国的な社会問題です。グリーンスローモビリティや自動運転、ICT、IoT等を導入してスマートアイランドが実現すれば島の暮らしは改善するという声も聞かれます。しかし筆者らは、最新技術だけに頼る将来像に少し懐疑的なのです。技術革新は日進月歩ですが、技術開発や初期投資、また運用コストはただではありません。もし、そのコストを各自治体が継続的に維持できないとすれば、その島では住民の暮らしを守るために、交通の仕組みを転換する必要があるのだと思います。今回はパーソナルモビリティの一つである自転車(電動アシスト自転車(以下E-Bike)も含む)を取り上げ、筆者らの検討と開発の方向性を紹介します。

人生のライフステージに対応可能なパーソナルモビリティ

自転車ブランド「Tyrell」((有)アイヴエモーション、香川県さぬき市)の小径車FSXをベースに開発中のE-Bike。共同研究機関らとの秘密保持契約に基づき車体画像の一部を保護しています。

日本国内で利用可能なE-Bikeには、人力と電動モータ補助の比率であるアシスト比率の厳格な基準(道路交通法施行規則(昭和35年総理府令第60号))があり、利用者はこの法令に従わなければなりません。しかし現在、道路交通法の基準に適合しないE-Bikeが増加しており大きな社会問題となっています。筆者らが開発中のパーソナルモビリティ(写真)は、少し高性能な小径車をベースとして、基準に適合したE-Bikeとしても利用できるように改良しています。さらに、「人のライフステージにより長く寄り添う」というコンセプトを掲げ、3段階の使い方を考えました。
第1段階 交通環境の学習ツール
多くの人はある一定の年齢になれば自転車を利用し始めます。この自転車は、安全で耐久性があり快適に使用できるのはもちろんですが、より重視している点は、利用初心者が自分と交通環境(社会)との安全な協調を学ぶことです。
第2段階 環境に優しい移動ツール
青年や壮年の時期は、自転車を十分使い尽くす時期でしょう。長距離の自転車通学は持久力を高めますし、社会人になれば環境保全のためにも自転車通勤が推奨されます。
第3段階 健康維持のための運動ツール
生活習慣病の対策として散歩やジョギングは以前から人気ですが、もちろん自転車も健康維持に最適です。特に強調したいのは、「自力で移動できるという自信は、人生の活力の源である」という認識です。上手に自転車を生活に取り入れ、身体と共に精神面においても健康寿命を延ばしたいと考えています。
筆者らの夢は、このE-Bikeを「100通りの使い方で、100年間、100歳まで使う」というものです。前輪が2輪の3輪自転車はトライクと呼ばれます。このE-Bikeは、最初は普通の二輪、途中から電動アシスト化、最終的にはトライク化を想定しています。高齢になって不安を感じるものに、筋力とバランス感覚の低下があります。坂道や長距離がキツイと感じ始めたら電動アシストがそのサポートとなります。また、トライク化は、荷物を運ぶ際や操縦に不安を感じる方の利用に有効です。一般の人が想像する以上に、自転車の寿命は長く、ダメージを与えずさびを防ぎ、消耗品を交換しつつ適切なメンテナンスを行えば、良質な自転車のフレームは長期間の使用に耐えます。一生を通して考えれば、モビリティの利用目的は年齢に応じて変化します。操縦の技能を習得する→自力で通学や通勤をする→日常的な買い物などに使うほか、気分転換やトレーニングのためにサイクリングに行く→健康維持のために乗る。我々のE-Bikeは、この多様な利用目的に対応すべく付属部品等の互換性の高さを特に重視しています。もう一つの特徴として、路線バスや鉄道等の公共交通、また自家用車とのシームレスな連携を考慮して、コンパクトに折り畳める仕様にしています。

離島の生活を支える環境に優しい交通手段とは

本活動は、国立環境研究所;持続可能地域共創研究プログラム「PJ2:地域との協働による環境効率の高い技術・システムの提案と評価」の一部として、2021年に香川県の直島をモデル地域として始まりました。直島は瀬戸内海国立公園のほぼ中央に位置し、面積は14.22km2、島民人口は3,016人です。他の離島同様、65歳以上の島民の高齢化率は高く33.92%にも上りますが、これは2050年頃の日本の状況と捉えることができます。平地が少ない公共交通の中心は、島をほぼ半周する路線バスです。高齢者の移動手段は自家用車かシニアカーが中心ですが、道幅が全体的に狭い島内では、やはり安全な移動手段とは言えません。
直島は瀬戸内国際芸術祭のいわゆる「現代アートの聖地」として知名度が非常に高く、コロナ禍前の2019年には、延べ人数ですが76万1,309人と島民の約250倍もの観光客が訪れています。パーソナルモビリティの利活用という視点から島国日本の将来像を俯瞰すれば、「高齢化社会への対応」と「ツーリストの行動変容(例えばグリーンツーリズム)」は必須であると言えます。脱炭素社会実現のためにも、島民と来島者の双方がWin-Winとなる解の一つとしてE-Bikeの可能性に注目すべき理由がここにあります。筆者らは、直島町役場・地元企業・教育機関等、現地の関係者らと情報共有を図り、課題解決に向けて検討を進めています。
離島交通の未来を変えるためには、便利なパーソナルモビリティの普及に加えて、それを安全に利用できる社会インフラの整備も重要です。嬉しいことに2017(平成29)年には自転車利用推進法が施行され、全国的に自転車専用道が急増しています。交通手段の選択肢を広げることで、島に住み続けたいと願う次世代を育みたいと思っています。(了)

  1. 環境省や国土交通省が実証調査を行なっている時速20km未満で公道を走ることができる電動車を活用した小さな移動サービス

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