Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第546号(2023.05.05発行)

豪雨を引き起こす「大気の川」と海の関係

[KEYWORDS]大気の川/水蒸気/降水
筑波大学生命環境系助教◆釜江陽一

近年、熱帯から中緯度へと大量の水蒸気が流れ込むことで、各地で災害が発生している。
水蒸気がどこからやってくるのかをさかのぼると、海にたどり着く。
海が変わることで、日本に流れ着く水蒸気、そして大雨はこれからどうなるのだろうか。

中緯度上空を流れる「大気の川」

■図1 大気の川の模式図

「大気の川」という気象用語を聞いたことがあるでしょうか。英語の「atmospheric river」の直訳ですが、近年では日本でもニュースで耳にする機会が増えました。地球の大気中には水蒸気が豊富に含まれていて、海から蒸発によって供給され、大気中を絶えず流動しながら、時に雨や雪として地上に降り注ぎます。大気中の水蒸気の分布を準リアルタイムで確認してみると※1、温かい熱帯海洋上に多量の水蒸気が存在し、風に乗って流れている様子がわかります。日本列島が位置する中緯度帯に注目すると、時折、熱帯の水蒸気の流れが細長く伸びて、極側へ流れていく現象を確認することができます。これが「大気の川」です。
大気の川は、人工衛星や航空機による観測、さらにはモデルの精緻化によって水蒸気の流れが詳しく把握できるようになった1990年代から使われている用語です。その実態は、ほとんどが温帯低気圧に伴う寒冷前線に沿った水蒸気の流れです。つまり、中緯度は赤道側の温かく湿った空気と、極側の冷たく乾燥した空気の境目にあり、両者が触れ合うことで渦が発生します。この渦によって赤道側の水蒸気が極側へ流れる、大気の川が発生します。
大気の川は、乾燥した地域に突如として多量の雨や雪をもたらし、洪水や土砂災害を引き起こすことから、特に北米西岸のカリフォルニア州で注目されています。カリフォルニア上空に流れ込む水蒸気のもとをたどると、ハワイ諸島周辺の熱帯太平洋に行き着きます。この温暖な熱帯太平洋域で蒸発した多量の水蒸気が、帯のように北米大陸に流れ込むのです。パイナップルの産地から水蒸気が流れてくる様子から、「パイナップルエクスプレス」とも呼ばれます。熱帯太平洋東部の海水温が上昇するエルニーニョ現象が発生した年には、大気の流れが変わる「太平洋-北米パターン」が生じることで、乾燥したカリフォルニア州に大気の川が流れ込みやすくなります。
近年では、西日本をはじめとした日本列島の広い範囲に大雨を降らせ、大きな被害をもたらす現象として、日本でも大気の川(図1)が注目されるようになりました。
なお、梅雨の時期に日本付近で形成される大気の川は、日本列島の南海上に張り出した太平洋高気圧の縁に沿って形成された停滞前線に向かって、海上からの水蒸気の流れが収束し、中国大陸や朝鮮半島、日本列島上空に流れ込むことで形成されます。北米西岸に接近する大気の川とは、成因が少し異なることに注意が必要です。

日本近海の温暖化

大気の川のもととなる水蒸気を供給する海は、近年、その様子が徐々に変わりつつあります。特に、日本近海ではその傾向が顕著です。気象庁によると、2022年までの100年間にわたる日本近海の海面水温の上昇率は平均+1.24℃で、これは世界全体の上昇率+0.60℃を大きく上回っています※2。このまま海の温暖化が進めば、日本で降る大雨はより強まる可能性があります。一般的に、海面が温かいほど、より多量の水蒸気を大気へ供給します。大気中により多量の水蒸気が含まれていれば、同じ大気現象が起きたときに降る雨量は増えると考えられます。
近年の研究によると、日本付近の海で蒸発した水蒸気は、確かに日本列島上に降る雨のもとになります。熊本県球磨川流域をはじめとした広い範囲で線状降水帯が発生し、土砂災害によって80名以上の命が奪われた2020年7月豪雨を例に、日本列島に流れ込んだ水蒸気がどこからやってきたのかを調べてみます(図2)。なお、線状降水帯も近年ニュースでよく耳にする用語ですが、これは大気の川よりも空間・時間スケールの小さい現象で、この2つは区別して考えるのが一般的です。ただ、線状降水帯の発生にも水蒸気が必要なので、日本列島に大気の川が流れ込むと、日本各地で線状降水帯が発生しやすくなると考えられています。
日本列島上では、極めて強い水蒸気の流れが形成されています。その上流をたどると、日本列島の南東側にある赤道中央太平洋と、南西側の南シナ海やベンガル湾の2カ所に行き着きます。いずれも、遠く離れた熱帯の海洋上であり、これらの海域の水蒸気が、日本列島まで到達したように見えます。ところが、九州上空で降った降水のもとになる水蒸気の動きを追跡してみると、そのほとんどが比較的日本列島に近い海域で蒸発した水蒸気であることがわかりました(Zhaoら、2020)。つまり、熱帯起源の水蒸気は、輸送される途中で雨になって落ちてしまい、一連の水蒸気の流れは、流れていく過程の中で、途中の海域上の蒸発によって補給されながら、日本列島に到達しているのです。このように、日本に大雨をもたらす大気の川は、熱帯から連なった大気の流れによってもたらされることがありますが、その雨量は、日本近海の海の温暖化によって大きく左右される可能性があるのです。

■図2 2020年7月豪雨時の大気の川の様子

日本の大雨はこれからどうなるのか

このまま地球温暖化が進んだら、大気の川はどうなるのでしょうか。文部科学省の研究プログラムのもとで開発された地球温暖化予測データセットを用いた筆者らの研究によると、地球温暖化が進めば、大気の川はより頻繁に日本列島上を流れるようになります。さらに、大気の川の強さ、つまり水蒸気の流量を調べると、比較的弱いものから強いものまでさまざまですが、極めて膨大な流量を持つ大気の川が、高い確率で増えることが分かりました。膨大な量の水蒸気が日本列島に流れ込めば、日本列島上の地形にぶつかって上昇し、水蒸気の量に比例して、そこで降る雨の量も増えます。つまり、大気の川によって、これまで経験したことのないような大雨が生じる可能性があります。地球環境が徐々に、着実に変わりゆく中で、これまでの経験・常識をもとに、河川管理をはじめとしたわが国の防災・減災のための取り組みを考えるのは果たして十分だと言えるでしょうか。これからの自然災害への効果的な対策を講じる上で、海はまさに鍵を握っていると言えます。(了)

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