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新型コロナウイルス対応関連情報 - 対談 No.6
対談『OPRIリレーメッセージ』
「海洋研究開発機構における感染症対策」
阪口 秀 氏(国立研究開発法人海洋研究開発機構理事)
新型コロナウイルス感染症の影響は世界に、日本に、そして海洋にどのような変化をもたらすのでしょうか。『OPRIリレーメッセージ』は、ポストコロナ時代を見据えて海洋の問題に造詣の深い専門家の方々にお話を聞くシリーズです。
今回は(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の阪口 秀 理事に、JAMSTECの研究船と研究活動における感染症対策を中心にお話を伺います。
(聞き手:角南篤 笹川平和財団・海洋政策研究所所長)
*この対談は2020年7月7日にオンラインで行われたものです。
角南: |
海洋政策研究所(OPRI)では、ポストコロナ時代を見据え、海の様々な分野の専門家の方々と共に考えていきたいという趣旨でOPRIリレーメッセージを実施しています。今回は、(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の阪口理事に御願いさせて頂きました。本日はよろしく御願いします。 新型コロナウイルス感染症の影響もあって、今はJAMSTECの研究者の皆さんも在宅が中心でしょうか。 |
阪口: | そうですね。実験研究者をはじめとして、どうしても勤務を要する人は優先的に勤務してもらい、とにかく人の密度を下げながら研究を進めているところです。 |
研究船の感染症対策
角南: |
JAMSTECの研究船もコロナウイルス感染症対策を講じておられるかと思いますが、もう観測航海に動き出していますでしょうか。 |
阪口: |
完全に動き出すのは8月1日からです。日本近海の観測は4日間で必ず戻ってこられる海域を対象として、乗船者については乗船18日前から健康観察、14日前から自主的隔離としていましたが、新たにPCR検査もすることになり、検査結果で陽性だった場合の対処もルール化されたところです。 |
角南:
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今まで研究船航海については感染症に関するルールがあまり議論されていなかったのでしょうか。 |
阪口: | そうですね…研究船航海における疫病対策というのはそれほど重視されていなかったので、見直す機会になっています。JAMSTECでも、船舶という密閉空間に長期間人間が滞在しつつ、様々な物や人を運ぶミッションがありますが、この機会に見直しております。ここ3-4か月の間、少し不自由はありましたが、決してネガティブには捉えず、これまでなかなかできなかったことも含めて色んなことを前に進めましょうと、研究者にお願いしています。 私はたまたま1月に中国への出張があったのですが、その間にアウトブレイクの警告が出されて、中国の海洋研究所の対応の様子を目の当たりにして、日本はその上を行く対応を取らなければと思いました。そして、シャットダウンに近いことが3月半ばからあるのではないかと予想して、対策を真剣に考えました。 |
一生に一度あるかないかの事態下で、できることを
角南:
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通常の研究活動が制約を受けるなか、JAMSTECではどのようにされたのでしょうか。 |
阪口: | こうした一生に一度あるかないかの事態の中で、日ごろの研究の延長線上では考えられなかったようなことを考えることができる機会になりました。例えば、「海洋分野は世間へのアピールが足りなさすぎる」という認識をずっと持っていたのですが、JAMSTECの研究者からの提案を受けて、科学者が幼少の頃からどんな本を読んで、どんなことを考え、学び、どんなふうに生きてきたのかを対談形式で紹介する『JAMSTECの探究者たち「海と地球を語る。」』というYouTubeコンテンツを作りました。実際に、研究者が映像内で紹介した本が書店で平積みになるなど、社会へのインパクトを実感しました。 その他にも、「海洋のファンを創出しよう」というスローガンのもと、実験ができない時期をフル活用しようと研究者たちが様々なことに取り組んでいます。海洋の機能、というものを、実は一般の人も、行政・政治家も、理解しているようでよくわかっていない部分が沢山あります。全球スケールの海洋循環からウイルススケールまで、海洋の機能にはどういうものがあるのかを、科学者の視点でまとめた「海洋機能カタログ」を作成しています。Webショッピングサイトのように、海洋の様々な機能・現象を色々な角度からみてリストにして、「私ならこの機能はこう使う」とか「この機能は絶対になくなってはいけない」などというふうに考えてもらって、最後は「購入」をクリックする代わりに意見を書いてもらえるようなサイトのプロトタイプを、研究者や広報担当と協力して作っています。政治家向け・一般向け・子ども向けの各バージョンを8か国語に翻訳して、最終的には世界中のカタログ利用者の声を集めて、「国連海洋科学の10年」に成果として提出・共有しようと考えています。 |

(左) 阪口 秀 氏 ((国研) 海洋研究開発機構理事), (右) 角南篤 (海洋政策研究所所長)
角南: |
研究者の集団らしい、ある意味新しい発想というか、イノベーションの力が、こういう時に出てきますね。 |
阪口:
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普段から考えていたけれど実行する時間やチャンス、話し合う時間がなかったことについても、リモートワーク中に「30分、研究と全く関係ないテーマで話し合おう」と呼びかけて、すぐに集まることができました。リモートワークは欧米などではすでに始まっていたものの、これまでJAMSTEC内ではなかなか理解が得られませんでしたが、今回のコロナ危機を受けて研究者のマインドと頭のリフレッシュメントと、健康状態をよくするために取り組むべき変革が、一気に進みました。 |
角南: | そういう組織がこれから増えると思います。仕事の効率を上げる取組み、新しい組織運営の在り方について、私も日々考えています。新しい働き方と研究成果を、どうやって繋げていくかがこれからの鍵ですね。 |
今後の観測・研究について
角南: |
その一方で、研究船の運航の仕方や、船上の人数についてなど、研究船のあり方も変わるでしょうか。 |
阪口:
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無人化に関してはかなり前から議論されていて、JAMSTECでも一昨年から昨年にかけてセイルドローンをレンタルして、太平洋上で観測を試行しました。今回の感染症対策をきっかけに、無人船を使えるようにするための環境づくり、法令づくりをはじめ、安全性を確認するための宇宙からの監視を含めた検討は加速するでしょう。各国で感染症を抑えても生物や人がキャリアになることは避けきれないですから、キャリアをいくらかでも減らす方法として船舶の無人化は重要です。ただ、減船といっても研究船をゼロにするのは、海洋の現場に人が行く機会が失われるので現実的ではないですね。パンデミックが起こっても観測ができる状況を作るべきだと思います。 角南:セイルドローンのようなプラットフォームが利用できるようになると、海洋観測の選択肢が増えますね。このほか、今回のコロナ危機を受けて出てきた新たな研究課題などはありますでしょうか。 阪口:直近の課題として、コロナウイルス感染症に人間が対応した結果、プラスチックごみが急激に増えました。イタリアの研究者なども、沿岸のみならず沖合の海底にもマスクがあると報告しています。パンデミックのような異常事態では海洋ゴミが増えても仕方がない、という考えもあるかと思いますが、それはレジリエンスが著しく乏しい考え方で、今の世界に持続可能性がないと証明しているようなものです。引き続き、SDG14(海洋の豊かさ)の観点からも海洋プラスチックごみについて点検・把握していていきたいと思います。また、たとえ爆発的に増えても環境負荷が上がらないよう、生分解性プラスチックの研究を鋭意進めているところです。 |
角南: | これほどの事態は人生で一度あるかどうか分からない状況ですから、この経験は研究者たちの非常にいいアセットになると思います。 |
科学者と政策決定者とOPRI
角南: |
最後になりますが、これからのOPRIの活動へのメッセージをお願い致します。 |
阪口:
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サイエンティフィックエビデンス(科学的証拠)を基にしっかりと政策が立てられるかという点においては、残念ながら我が国は立ち遅れていると思います。コロナウイルス感染症の問題でも、日本ではポリシーメーカー(政策立案者)側に科学者を入れる構造になってしまっていますが、本来ならばポリシーメーカーと科学者は、それぞれ独立し、かつ対等な関係にあるべきです。そして、両方の橋渡し、すなわちコミュニケーションやディスカッションが重要になるのだと思います。そのためには、政策立案者は科学者に「正しく」問い、科学界は独立した正直な研究成果を出す必要があります。双方の問いや答えを正しく翻訳して双方にきちっと伝える役割は、海洋の問題に限らず重要なことですが、わが国ではこの役割を担う組織が欠落しています。でも絶対になければなりません。OPRIにはぜひ、その役割を担っていただきたいと思います。 |
角南: | そう言って頂けるのは有難いです。OPRIの研究員も私個人も、そのことを共通の問題意識として持っています。OPRIが橋渡しという重要な役割を担えるよう、さらに努力して参りたいと思います。お忙しいところ本当に有難うございました。 |
阪口 秀 氏:(国研)海洋研究開発機構理事。神戸大学農学部助手、オーストラリア国立研究所CSIRO上席研究員、海洋研究開発機構地球内部ダイナミクス領域プログラムディレクターなどを経て現職。
(海洋政策研究所 情報発信課 小熊幸子)