市民科学─変革を目指すアプローチと海に関わる事例紹介

[KEYWORDS]科学の社会化/個人と社会の変容/分野統合的アプローチ
東京都市大学環境学部特別教授◆小堀洋美

市民科学は市民が科学研究のプロセスに関わることを通じて、科学、教育、社会の変革を同時にもたらすことをミッションとしている。
歴史的な転換期を迎え、個人や社会も今まで通りではない変容が求められている。
市民科学はそのための有効なアプローチである。
市民科学を自分事、みんな事として活用する意義とその手法および海に関連する優れた実践事例を紹介する。

市民科学の新たな時代

1960年代以降、人間活動が急速に拡大し、いまや新たな地質年代「人新世」の提案もされている。地球の環境収容能力と回復力が限界に近づき、「今まで通り(business as usual)」の私たちの価値観や社会経済システムからの脱却が求められている。この歴史的転換期に、持続可能な社会を目指す新たなアプローチとして注目されているのが「市民科学」である。
市民科学とは、「科学を職業としない一般の人々(市民)が自分の知力、余暇時間を用いて科学研究のプロセスに関わること」で、多くの場合は、研究者や多様な組織との連携で行われる※1。市民科学における市民には、生徒・学生、研究者以外の全ての社会人が含まれる。市民科学は市民が研究に貢献するだけでなく、研究プロセスに関わることで、科学的な知識・技術の習得、価値観や行動の変化、問題解決への意欲などの教育的な学びを通じて、個人の変容をもたらす。また、得られた成果は、課題解決や持続可能な社会の形成などの社会変革に資する。これらにより、科学、教育、社会の変革を同時解決することを目指している※2。過去20年間のICTの進展により、特に欧米で市民科学の対象分野、規模、データ精度、手法は格段に飛躍した。さらにスマホの普及は科学の社会化をもたらした。また、市民科学の分野統合的アプローチは、研究者や多様なセクターとの新たな連携やボトムアップの政策提言にも活かされている。
市民科学のアプローチは多様であり、それに基づきさまざまな分類がされている。図1は、科学研究の7つのステップの市民の関与の度合いによる分類を示している。貢献型では、市民はデータの収集や調査のみに参加し、多くの場合、プロジェクトの企画者は研究者、自治体、NPOなどである。協働型では、市民はデータの収集に加え、データの整理と結果の公表に参加する。共創型では、市民は研究者や研究機関との対等なパートナーとして、図1に示す7つ全ての研究ステップに参加する。図2は、Dillonら(2016)が提案する市民科学の目標と得られる成果に基づく分類例である。科学主導型は、科学を主な対象とし、多くは科学者が主導する。政策主導型は、政策立案者が政策目標の達成のために、市民の巻き込みにより政策への理解を促す。個人の興味・関心型は、市民の内発的な動機に基づく環境観測や生き物調査などが含まれる。社会課題への関心型は、環境や社会課題への懸念やその解決のための挑戦を目指している。

■図1 科学研究のステップへの市民の関与による市民科学の分類
薄い緑色は一部のプロジェクトでは、市民参加で行われることを示す

社会革新のための市民科学

最近では、持続可能な社会の実現を目指し、個人と社会の変容を目指す市民科学のフレームワークが提案されている。フレームワークは、①指向性(行動指向と科学指向)、②図2に示した目標、③図1に示したプロジェクトへの市民の参加の程度、④期待される成果からなる。行動指向の市民科学には、政策主導型と社会課題への関心型が含まれ、新たな知の創造のために多様な組織との協働や共創のアプローチをとることが多い。プロジェクトの成果は信念や価値観の変化を含む場合がある。科学指向の市民科学は、科学主導で、市民はデータ収集のみに貢献し、プロジェクトの成果は大量のデータの作成と知識の拡大に焦点を当てることが多い。市民科学のプロジェクトは、目標と市民参加の程度により多様な組み合わせが可能で、2つの指向性は連続的である。市民科学のフレームワークを活用し、目標やゴールに適した市民科学のプロジェクトをデザインし、また、適した既存のプロジェクトを選択することで、個人、仲間、組織、社会などのさまざまなレベルで変革の成果を得ることができる。

■図2 目指す目標と成果による市民科学の分類
Dillonら、(2016)を基に筆者が作成

海を対象とした市民科学の先進事例

本稿では、日本発の主に海を対象とした3つの事例を比較的当てはまる型とともに紹介する。
1. 環境DNAを用いた魚類調査プロジェクト(協働型/科学主導・社会課題への関心型)
環境DNA※3を用いた魚類調査プロジェクトは、国内で急速に広がっている。NPO法人アースウォッチ・ジャパンでは、参加する市民が調査地点を定め、試料を研究機関へ送付し、研究者がDNAを分析する。また、日本郵船(株)など海運会社の船員は、2020年から営業航路上での海水試料を提供している。宮城県南三陸町では、温暖化による南方性魚類の探知に活用している。これらの調査は、温暖化による日本沿岸魚種の北上と回遊の変化の実態を明らかにした。
2. 拾って調べるゴミ調査の事例(協働型/社会課題への関心型)
NPO法人荒川クリーンエイド・フォーラム※4による調査は、流域の市民団体や自治体、学校、企業が主体となって実施し、用途分類ごとに回収したゴミの個数を記録する。2018年には、173会場にて延べ1.3万人が参加し、全体の分類別の割合が明らかにされた。飲料・食料の容器包装が61%、飲食以外の容器包装が17%と全体の約8割を占めた。また、37分類のうちトップ3は飲料ペットボトルが35%、食品のポリ袋と食品のプラスチック容器が各々16%で、生活者によるプラゴミが極めて多かった。
3. マイクロプラスチックの国際モニタリングプロジェクト(貢献型/科学主導型)
東京農工大学の高田秀重研究室では、「インターナショナルペレットウォッチ」のプロジェクトを実施している。市民が海岸に漂着したマイクロプラスチックの一種であるレジンペレットを採取、研究室へ送付し、研究室がレジンペレットに濃縮されている残留性有機汚染物質(POPs)の濃度を測定し、分析結果を公開する。現在までに世界50カ国、200地点の全ての試料から汚染物質が検出された。ペレットは生物の体内に取り込まれ、汚染物質が食物連鎖を通じて濃縮される。
以上3つの事例や日本財団が2020年から開始している「瀬戸内オーシャンズX」(沿岸4県の市民と協働する海ごみ調査)※5などから、市民科学の意義、多様な手法とその活用の一端をご理解いただけたかと思う。歴史の転換期を迎え、多様な個人が現在の緊要な課題や持続可能な未来社会の実現を自分事、みんな事として捉えて挑戦する上で、市民科学は大きなポテンシャルを持っている。しかし、日本では、市民科学の認知度や社会への浸透は十分ではない。特に、市民が主体的に参画する協働型や共創型の市民科学の事例は少ない。市民科学の特徴は、その多様性と柔軟な分野統合型のアプローチにある。「ありたい社会」の実現(市民科学×SDGs)、2050年までの「カーボンニュートラル」の実現(市民科学×気候変動)、2050年までの「自然と共生する社会」の実現(市民科学×生物多様性)などを通じて、市民科学の裾野が広がり、個人と社会の変容が加速されることを大いに期待している。(了)

  1. ※1オックスフォード英語辞典(2014)
  2. ※2小堀洋美 (2022)『市民科学のすすめ』文一総合出版
  3. ※3笠井亮秀「豊かな沿岸を育む森林の役割」本誌第528号(2022.8.5)
    https://www.spf.org/opri/newsletter/528_2.html
  4. ※4今村和志「荒川クリーンエイドで河川/海洋ごみソリューション」本誌第463号(2019.11.20)
    https://www.spf.org/opri/newsletter/463_2.html
  5. ※5https://setouchi-oceansx.jp/

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