Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第539号(2023.01.20発行)

新たな「海洋政策」の在り方─「経済安全保障」の視点から

[KEYWORDS]海洋政策/トリレンマ/持続可能性
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員◆小森雄太

経済安全保障への関心が高まる中で、経済―環境―安全保障の均衡的な発展という海洋政策におけるトリレンマを無視することはできない。
本稿では海洋政策におけるこれらの関係性に注目しつつ、持続可能性という視点からいわゆる「経済安全保障」を概観し、新たな海洋政策を見つめる足掛かりを得る。

わが国における新たな安全保障への関心の高まり

昨今、わが国において、「経済安全保障」への関心が急速に高まっている。例えば、2021年10月に成立した岸田文雄内閣は、経済安全保障政策を成長戦略の柱の一つに位置付け、2022年6月に経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)を成立させた。しかし、このような動きは歴史上決して珍しいものではなく、いわゆる冷戦初期には、西側諸国では北大西洋条約機構(NATO)と欧州復興計画(Marshall Plan:EPR)が、東側諸国ではワルシャワ条約機構(WPO)と経済相互援助会議(COMECON)がそれぞれ形成あるいは運用され、安全保障と経済成長が密接に繋がりながら展開していた。これらの歴史は安全保障と経済成長が密接な関係を有していることの証左である。

海洋ガバナンスにおける新たなテーマの現出

さて、本稿の主題である海洋政策の在り方に目を向けてみると、この分野においても、安全保障と経済成長は密接な関係を有している。加えて、環境保全も無視することはできない。しかも、これらはどれかを優先して進めることは望ましくなく、いずれのテーマも均衡的に進めることが求められるという性質を有している。そのため、海洋政策の推進、あるいは海洋ガバナンスの構築といった視点から考えてみると、安全保障や経済成長、環境保全はトリレンマ※1とも言うべき関係性が見えてくる(図参照)。

■図 海洋安全保障におけるトリレンマ(Trilemma)問題
秋元一峰(2017)「海のジグソーピース No.15<海洋のトリレンマが巡り巡るメビウスの帯>」(https://blog.canpan.info/oprf/archive/1643)(アクセス日:2022年7月1日)。

さらに、近年の大きな流れとして、前述の安全保障と経済成長、環境保全は個別的なテーマではなく、相互に密接な連携を有していること、そして、包括的に対応する必要がより顕著になっている。例えば、経済成長と環境保全については、海洋における持続可能な経済、即ち「ブルーエコノミー」として具体的なテーマとなりつつある。また、環境保全と安全保障についても、気候変動に伴う風水害の激甚化への対応という言わば「気候安全保障」としてこれもまた具体的なテーマとなる※2。そして、安全保障と経済成長についても、包括的に取り組むことが求められている。

海洋分野におけるこれまでの経済安全保障

海洋分野における経済成長、あるいは安全保障に係るテーマとしては、たとえば、国連海洋法条約(UNCLOS)成立後には排他的経済水域における資源をめぐる争い、海底鉱物資源をめぐるさまざまなレベルでの争い、また、2017年に取りまとめられた総合海洋政策本部参与会議の『「海洋の安全保障小委員会」報告書』において注目されたように、国家管轄権外区域における海洋生物多様性(BBNJ)の在り方も遺伝子資源という観点から経済成長と安全保障に係るテーマになりつつある。
これらのテーマはいずれも限られたものを獲得するために争うという性質を有している。そのため、実力行使を伴ったものとなる傾向がある。しかし、前述の「限られたもの」という表現には「限られた資源の有効活用」という意味も含まれる。そのため、経済安全保障において最も重要なことは、持続可能性をいかに担保するのかということである。

新たな経済安全保障~持続可能な海洋ガバナンスへの貢献を目指して~

前述の議論で指摘した持続可能性の担保について、これまでの議論においては対象となる資源に注目が集まることが多かった。しかし、最も重要なことは、例えば捜索救難(SAR)のような活動に従事する人間の安全確保であろうことは論を俟たない。しかも、SARに係る取り組みは関係国の対立を超越して進むことが期待される分野である。実際にわが国と旧ソ連は1956年に「日ソ海難救助協定」を締結しているが、冷戦下というある種激烈な国際関係であっても、人道的見地であれば、連携し得ることを示している。一方で、気候変動による海洋環境の変化は、例えば、これまで主に特定の海域における課題であった違法・無報告・無規制漁業(IUU漁業)が北太平洋や北極海などへ拡大し得る要因となっている。そのため、違法漁業をはじめとする違法行為に対する法執行も水産資源をはじめとする海洋の持続可能性を担保する上で必須の取り組みである。
海洋ガバナンスの目的が持続可能な海洋を担保することは周知の事実である。そのため、海洋における経済の分野においても、限りある資源の獲得以上に安定的な経済活動を営むための取り組みを進めることがより重要である。本稿で提示した視座は、いわゆる「人間の安全保障」の亜種にして、既存のものを組み合わせたものであり、必ずしも真新しいものではないかも知れない。しかし、海洋環境の激変への迅速な対応が求められているという現下の状況では、その価値や意味はより重要性を増している。本稿で提示した視座や知見がこれらの取り組みに幾らかでも資することを期待している。(了)

  1. ※1秋元一峰「オーシャニック・トリレンマへの取り組み~安全保障と海洋管理の融合を糸口として~」本誌第6号(2000.11.05) https://www.spf.org/opri/newsletter/6_3.html
  2. ※2『気候安全保障:地球温暖化と自由で開かれたインド太平洋』 (公財)笹川平和財団海洋政策研究所編/阪口秀監修(2021)東海教育研究所

第539号(2023.01.20発行)のその他の記事

ページトップ