Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第531号(2022.09.20発行)

次世代に繋げるシーマンシップ~海の環境を守るためのセーラーからの提言~

[KEYWORDS]SDGs/クリーンレガッタ/環境教育
プロセーラー、日本ヨットマッチレース協会会長◆伊藝徳雄

地球は80億人の人間と共存するすべての動植物を乗せ、今後も航海を続けていかなければならない私たちの大切な船である。
船の上では時には命の危険を感じるような場面に遭遇することがある。
その度に仲間たちと助け合って困難を切り抜ける必要がある。この地球という大切な船を次世代へ継承するためにも、海での環境教育を通じて子どもたちに地球環境を守ることの大切さを教えていきたい。

自分は世界と繋がっている

セーリングをする筆者(インターナショナル・モスクラス)

インターネットを介して世界中のニュースを瞬時に知ることができる現代は、人々の意識をも大きく変えつつある。筆者は、あまりにも頻繁に目にする情報は時に人の気持ちを「マヒ」させるのではないかと危惧している。世界のどこかで起きている自然災害や有事、そして悲惨な事件や事故のニュースをデジタルデバイスから閲覧することが日常化すると、本当の衝撃や悲惨さを感じなくなり、いつしか感情が鈍感になってしまうのではないか。
こうした情報は有益ではあるが、同時に、遠くで起きていることを他人事としてではなく、自分事として考える意識を強く持たなければいけないと強く感じる。もっと大切なのは足元を見失わないようにすること。世界とは遠い国や違う言葉を話す人々のことではなく、自分自身と手に届く身近な人々から始まり、繋がって、そこから世界へと拡がっていることを決して忘れてはならない。
このように考えるのは、筆者がセーラーとして常に海と接しているからだろう。「シーマンシップ(seamanship)」という言葉がある。広辞苑で引くと「海上で船を操船し、運航する船乗りの業(わざ)および能力」と書かれているが、筆者はスキルだけはなくマインドもその意味に含まれると考える。すなわち、太古から続く海で生きる人々の技術・知恵、船を守るための操船技術や道具への理解、整備技術、取り扱いの知識、さらに気象海象の知識、日々の鍛錬や習慣といった、洋上に出た時に船と自分自身の身の安全と仲間を守るためのスキルとマインドと解釈している。
ヨットの上では日が沈む前にやらなきゃいけないこと、海が荒れる前にしておかなければならないことがある。それはすべて安全に航海を続け、無事に帰港するためだ。そのために日常的に行っているルーティンもある。掃除の徹底や整理整頓もその一つで、掃除はきれいにすると同時に不備がないか確認するために行っている。また、整理整頓をしなければ、夜暗くなってから何かが必要になった時、決まった場所に置いておかないと探し出せない。その一つ一つが命に関わるかもしれない事柄なのだ。海は文字通り世界へと繋がっている。しかし世界と繋がるためには、まずは自分の身の回りを整え、自分と仲間が乗る船を安全に航行させるスキルが必要というわけである。

身近な環境を守ることが地球環境を守る

(一社)セーラーズフォーザシーにて実施した体験セーリングと合わせて行ったワークショップ参加者。ヨットのセールを海に見立て海の上(波風)海の中(波、海中体験)を疑似体験しながら生物について、海に流出しているプラごみについて学ぶ

シーマンシップの原則に従えば、SDGsなど世界が抱えている問題の多くが実は目の前にあることに気がつくはずだ。自分が直接関わっていること、友人が困っていること、仕事や趣味で強く関心のあることなど、身の回りの小さいけれど放って置いてはいけない問題に注意が向くようになる。自分にできることはないか? そう考えるだけで意識が変わり、すぐには動き出せなくても、行動を起こすきっかけにはなるはずだ。
筆者がアンバサダーを務める(一社)セーラーズフォーザシー(Sailors for the Sea)※1では、活動の3本柱の一つとして「クリーンレガッタ」というプログラムを実施している。これは海洋スポーツにおける環境保全の基準設定やプラスチックゴミの削減などを目指すもので、葉山ヨットクラブ(神奈川県葉山町)や関西ヨットクラブ(兵庫県西宮市)が主催するヨットレースでは、参加セーラーや運営スタッフと共に使い捨てのプラスチックボトルの利用廃止やゴミの適切な管理などを2017年から継続して行っている。
次世代への継承も大人の大事な役割だ。今、幼稚園の年長ぐらい以上であれば「なぜ海にゴミを落としちゃいけないか?」と問うと、「だってプラスチックをお魚やカメが食べて死んじゃうから」と答える。今の子どもたちはすでにそういう知識を持っている。 地元、葉山の幼稚園児にヨットを体験してもらう活動を続けているが、ヨットに乗る前に全長40フィートのセーリングクルーザーの追い風用の帆、スピネーカーを使ったワークショップを体験してもらっている。空き地に広げたスピネーカーを海にみたてて、大人が端を持ち上下に揺らし波を立て、小さい波からわっと大きな波を作ると中に入った子どもたちは大喜び。その中にわざとゴミを置いておき「海の上だけじゃなく、海の中にもゴミがあるんだよ」と教える。ゴミを通して、見えている以外のことも大事だと伝えると、付き添っている保護者のほうが納得してくれる。
体験セーリングの日には「ゴミが出ないお弁当を作ってもらってね」と子どもたちにお願いする。すると子どもが一所懸命、家族にそのことを伝える。そして当日には、ゴミが出ないお弁当を子どもたちは持参してくれる。家庭での会話を通して、大人たちも考えてくれるようだ。大人は、筆者自身のことを考えてみても、便利なものはなかなか変えられない。個々人で小さな努力はしていても、劇的な変化は難しい。しかし、今の時代の子どもたちなら大きなムーブメントを起こせる可能性があると感じている。大人は子どものためなら不便も我慢できるし、お金も出す。子どもが関わることで、変化のスピードは間違いなくぐっと加速するはずだ。
そのために現状を理解し、改善に向けての取り組みや意識改革を子どもと共に、大人が考えるきっかけを作ること。まずは筆者が住む葉山という海辺の町で地域交流をしながらお互いのことを理解し、助け合える仲間を築くことが大切だと考える。

海からの学び

海では、ヨットという限られた空間の中で過ごし、常に変化する環境に柔軟に対応しないと、時には命の危険を感じるような場面に幾度となく遭遇した。その度に仲間たちと助けあい、お互いをリスペクトし合って困難を切り抜けてきた。そして自分一人だけでは決して生きていけないことを痛いほど学んだ。それは人生という航海でも同じだろう。だから自分にとって最も身近な家族、生活の拠点となる地域、さらに国、そして地球という船に同乗する人々と助け合わずにはいられない。
この地球号は、80億人の人間と共存するすべての動植物を乗せ、今後も航海を続けていかなければならない私たちの大切な船である。地球号に対するシーマンシップとは何か。環境問題など、大人が作ってしまった負の遺産を次の世代に何とかしてもらうことほど無責任なことはない。もちろん黙ってそのままにしておくこともできない。自分への戒めという思いも込めて、せめて次の世代のために役立つことをしていきたい。私たち乗組員はお互いを思いやり、船を守り、環境を整え、人生という航海を続けていかなければならないのだから。(了)

  1. ※1(一社)セーラーズフォーザシー(Sailors for the Sea)アメリカに本部を置く海洋環境改善を目的とするNGO。
    日本支部のウェブサイトはこちら( https://sailorsforthesea.jp/)。

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