Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第531号(2022.09.20発行)

海洋波の研究を発展させた人々

[KEYWORDS]海洋波/近代的研究の発展/W.H.ムンク
九州大学名誉教授、スベルドラップ・ゴールドメダル受賞◆光易 恒

われわれが海岸で眺める海の波は、ほとんどが風で発生したものである。
海面上に風が吹くとさざ波が発生し、風からエネルギーを吸収して次第に発達する。
発達した巨大な波は、海岸構造物の破壊や船舶の転覆を生じさせるので、昔から研究が行われてきた。
ここでは海洋波の近代的研究を推進し、海洋波の特性を飛躍的に明らかにした天才的な研究者たちを取り上げ、彼等の背景と研究成果をたどることによって、発展期における研究の姿を示した。

海洋波の研究

われわれが海岸で眺める海の波はほとんど風で発生したものである。海面上に風が吹くとさざ波が発生し、風からエネルギーを吸収して次第に発達する。発達した巨大な波は、海岸構造物の破壊や船舶の転覆を生じさせるので、海洋物理学の分野に留まらず、海岸工学や海洋工学の分野でも重要なテーマとして、昔から研究が行われてきた。しかし海洋波の非常に複雑な性質に対し、統計的にも力学的にも的確な解析手法が無かったため、20世紀半ばまで研究はあまり進展しなかった。突破口を開いたのは、第2次世界大戦中に行われた米国の戦時研究で、戦後はその結果を出発点として20世紀後半に非常に多くの研究が行われた。その結果、海洋波の複雑な性質は次第に明らかになり、世界全海域の予報も可能となった。
ここでは、このような海洋波の研究がどのような人たちによってどのような背景のもとに行われたかを代表的な研究者を取り上げて示す。

研究を発展させた人々

1980年10月25日、筆者が北西大西洋(ノースカロライナ沖)で波の方向スペクトルの観測中、偶然に撮影した巨大波(ログ波)。波高は大雑把に10m程度と推定された。なお、撮影当時は、ログ波の写真はおろか、記録や名称すら無かった。

海洋波の近代的研究の原点を構築したのは、W.H.ムンク(1917‐2019)である。ムンクは、オーストリア生まれの海洋物理学者で、1939年カリフォルニア工科大学を卒業後、スクリップス海洋研究所で研究を続け、1947年にカリフォルニア大学で学位を得た。特に、第2次世界大戦中、スクリップス海洋研究所において、若くして海洋波の画期的な推算法(Sverdrup & Munk 1947)を完成させたのは驚くべきことである。
この研究の優れた点は、不規則に変動する海洋波の記述に、統計的な平均波を導入したこと、海洋波の発生、発達、伝播、減衰といった一連の現象の全体像を把握して理論の枠組みを作ったこと、この枠組みをもとに従来の断片的データを統一的に整理し、波の予測法を導いた点にある。素朴な経験式以外に何もない時、この基本的かつ実用的な結果を得たことは驚嘆に値する。
しかもムンクの研究は、海洋波に限らず、海流、深海潮汐および内部波など、極めて広範囲に及び、たえず最先端の研究を手がけ優れた成果を挙げた。まさに天才と言えよう。これに関連し、彼は面白いことを述べている。「自分はある問題を10年間くらい研究し、ある程度見当がついたら、全く見当がつかない別の問題に転じる。」ある程度は謙遜だが、彼の研究のやり方はこれに近い。
ムンクの研究に引き続いて行われた、W.J.ピアソン(1922-2003)による海洋波のスペクトルの導入、M.S.ロンゲット‐ヒギンズ(1925-2016)による統計的性質の解明、O.M.フィリップス(1930-2010)の力学過程の研究、K.ハッセルマン(1931-)の非線形相互作用の研究などによって、海洋波の研究は20世紀後半に飛躍的な進歩を遂げた。
波浪スペクトルを初めて導入したピアソンは、ニューヨーク生まれの海洋物理学者である。1944年シカゴ大学を卒業し、1949年ニューヨーク大学で学位を得た。その後同大学で、ドイツから来たG.ノイマンと共同で海洋波のスペクトルモデルの基礎を築くと共に、海洋波のスペクトルを用いた波浪推算法(PNJ法)を完成した。このほか、海洋波の方向スペクトルの測定、海洋波の標準スペクトル、ピアソン・モスコビッツ スペクトルの提案など、海洋波のスペクトルに関する研究を集中的に展開した。1963年以来、筆者は彼に会う機会が多かった。個性は強いが、非常に思いやりのある人物で思い出が多い。
海洋波の統計理論の生みの親ともいえるロンゲット‐ヒギンズは、英国生まれの応用数学者である。1946年ケンブリッジ大学を卒業し、1951年に学位を得た。1951〜1955年にかけては、米国のスクリップス海洋研究所において、その後は英国の国立海洋研究所およびケンブリッジ大学で、精力的に研究を続けた。とくに、不規則に変動する海洋波の統計的性質に関して数多くの明快な論文を発表した。この他、海洋波による大地の脈動、水面波の様々な非線形現象、風波の発達機構、後年は砕波と、海洋波に関した非常に多くの優れた論文を発表した。まさに海洋波の研究における巨人と言えよう。国際会議等で度々会って印象に残っているのは、無駄な時間を極力排して研究に集中する一方、英国紳士らしいユーモアに富む姿であった。
海洋波の力学を追求したフィリップスは、オーストラリア生まれの海洋物理学者である。1951年にシドニー大学を卒業後、英国に移り、1955年ケンブリッジ大学で学位を得た。その後同大学で乱流境界層等の研究を続けていたが、1957年米国のジョンズ・ホプキンス大学に移り海洋波の研究に転じた。同年J.W.マイルズと同時に発表した風波の発生理論は有名である。この他、風波のスペクトルの平衡領域や波の非線形相互作用など、海洋波の力学に関し数多くの優れた論文を発表した。一方、内部波、海洋乱流、海水の鉛直混合など、海洋における広範囲の現象を論じた著書、『The Dynamics of the Upper Ocean』(1966)は、名著として高く評価された。彼に初めて会ったのは、1974年メルボルンでの国際会議であった。1966年に筆者が行ったうねりによる風波の減衰の研究と同様な研究を、彼が行った直後であったので、この問題に話題が集中し、楽しい時間を過ごした。
海洋波の非線形相互作用を発見したハッセルマンは、ドイツ生まれの物理学者である。ハンブルク大学で物理学と数学を学んだ後、ゲッチンゲン大学で研究を続け1957年に学位を得た。その後、カリフォルニア大学に滞在し、波の非線形相互作用に関する画期的な論文を発表した。再びハンブルグ大学に帰ってからは、北海において大規模な共同波浪観測を推進し、JONSWAPスペクトルなどを得た。しかし1975年マックスプランク気象研究所の所長になってからは、気候変動の研究に転じ、強力な研究チームをつくり精力的に研究を進めた。1990年彼に会った時、もう波の研究は趣味で、研究の重点は気候変動にあると話した。2021年彼は気候変動の研究でノーベル物理学賞を得た。

次世代への期待

海洋波の基本的な性質は、今回述べた天才と言える人たちによって明らかにされた。さらに、続く世代の優れた研究者の活動により、われわれの理解はさらに深まった。その結果、現在では、海洋波の統計的性質、海洋波の発生、発達、伝播、減衰と言った一連の力学過程などは飛躍的に明らかになった。実用的には、世界全海域の波をかなりの精度で予報することができる。
しかしながら、海洋波の力学過程には、十分解明されていない問題が残されている。また、地球環境の変動にかかわる大気海洋相互作用では、海洋波の役割が十分に解明され、取り込まれているとは言えない。現在活躍中の、活力と創造力にあふれる世代の方々によって、海洋波の研究がますます発展すること、さらには全く新しい展開を見ることを期待する。(了)

  1. 追悼:この原稿の最終稿を終えた段階で、わが国で海洋波に関する世界的な研究を続けられた鳥羽良明教授が2022年5月24日に他界された。ここに謹んでご冥福をお祈り致します。

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