Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第531号(2022.09.20発行)

ウナギの産卵場所予測と観察

[KEYWORDS]ウナギの生態/海洋調査/産卵場所
(国研)海洋研究開発機構アプリケーションラボ気候変動予測応用グループ副主任研究員◆Yu-Lin Eda CHANG

ウナギの漁獲量減少は、生息地の激減や乱獲といった様々な人為的影響を受けているのは明らかだが、海洋大気システムの変化もウナギの生態に影響を及ぼしている可能性があると考えられている。
ウナギの産卵場所特定のためにはより広い海洋調査が必要であり、生育場から産卵場所までのウナギの海洋移動についても十分な観察が必要になる。

ニホンウナギの産卵

■図1 水深0~200mの平均海洋循環と、篠田(2011年)が1度刻みにプールしたウナギ仔魚の実際の採集場所。ウナギの成長段階の違いを色で表す。点線は産卵場所への推定回遊ルート

ウナギは、河川や湖、河口、沿岸海域など、世界中の様々な生息環境に広く分布している。その中の一種であるニホンウナギ(学名:Anguilla japonica)は主に、西太平洋に分布している。過去数十年の間にその生息数は減少し、国際自然保護連合(IUCN)絶滅危惧種レッドリストでは、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いとされる絶滅危惧IB類に現在指定されている。北半球に生息するウナギはすべての種で減少しているが、なかでもニホンウナギは最も早く、1970年代からその回遊漁獲量の減少が始まった。2010年以降、ニホンウナギの年間回遊漁獲量は、1960年代の漁獲量と比べると90%も減少している。ウナギの漁獲量が大幅に減少したため、近年、市場価格が急上昇し、20年間で10~20倍値上がりしている。一方、ニホンウナギやヨーロッパウナギ(学名:Anguilla anguilla)などの種が、生息地の激減や乱獲といった様々な人為的影響を受けているのは明らかだが、海洋大気システムの変化も、ウナギの回遊漁獲量を減少させる可能性があると考えられている。海洋生産性の変化のために、餌不足による初期の仔魚の死亡率が増加したり、産卵場所や海流パターンの変化のために仔魚輸送がうまくいかなくなったりする可能性がある。
ニホンウナギの分布は東アジアの西太平洋に隣接する地域(台湾、中国、韓国、日本;図1)にわたっているが、産卵場所は、西に向かって流れる北赤道海流(NEC)中の西マリアナ海嶺沿いに位置している。生殖期のウナギは、産卵場所に到達するために数千kmの距離を移動する。ニホンウナギの産卵場所は、塚本勝巳東京大学名誉教授のチームの長年の調査によって発見された(1991年7月)。ウナギの仔魚(レプトセファルス)は透明で、葉のように面積が広くて薄い体形なので、浮きやすく流れに乗りやすい。仔魚の捕獲場所を辿り、産卵場所から東アジアの淡水域や河口域の生育場に移動することが明らかにされた。この産卵場所を探す海洋調査は、2009年に卵が採取されるまで60年以上かかり、しかもその結果は、初期に提唱されていた日本近海から何百、何千㎞も離れた海域であった。さらなる調査の結果、産卵は、4月から8月の新月の数日前で、西マリアナ海嶺の南端付近で行われることがわかっている。
産卵と生育場の間の海流は大きく変動する(図1)。NECは主に北緯8~16度に位置する西向きの海流で、フィリピンの東で北向きの流れ(黒潮)と南向きの流れ(ミンダナオ海流)に分岐する。亜熱帯反流(STCC)はNECの北側、北緯17~27度にある弱い(~2cm/秒)東向きの流れで、150~300kmの大きさの中規模渦を多く生み出す。STCCの渦は伝播速度よりも回転速度が大きいため、ウナギの仔魚が渦の内部に取り込まれる可能性が高いことが推測される。西向きに伝播する渦は最終的に黒潮に合流する。黒潮の速度は1~2m/秒と速く、フィリピンと台湾の東岸を流れて東シナ海に入り、日本の南岸付近を通過する。黒潮やメキシコ湾流のような強力で速い海流を大量のレプトセファルスが受動的に通過してできるような海洋物理学的プロセスは存在しないことが指摘されている。したがって、この強い海流を渡ったり、そこから離れるには、泳ぐ必要がある。

大西洋のウナギの産卵

デンマークの漁業生物学者ヨハネス・シュミットの20世紀の有名な発見以来、サルガッソ海が、大西洋におけるヨーロッパウナギ、およびアメリカウナギ(学名:Anguilla rostrata)の産卵場所であると広く認識されてきた。シュミットは、レプトセファルスを採集する海洋調査を何度も実施し、大西洋のウナギはサルガッソ海で生まれ、海流に乗って、アメリカウナギの場合はカリブ海および北アメリカの沿岸海域に、ヨーロッパウナギの場合は地中海および欧州の沿岸に運ばれるとする説を提唱した(図2)。
サルガッソ海に産卵場所があるというシュミットの結論は、さらなる仔魚の採集によってその後裏付けられた。しかし、仔魚および卵の調査は比較的限られた海域で行われたのみで、シュミット仮説による産卵場所から更に南方や東方へは及んでいなかった。1世紀以上にわたるサルガッソ海の仔魚調査の多大な努力にもかかわらず、サルガッソ海の中でより正確な産卵場所を知るための直接的な証拠となる卵や産卵親魚は採集されていない。この意味で、正確な産卵場所や月周期のタイミングなど、ヨーロッパウナギおよびアメリカウナギの産卵生態はまだ十分に解明されておらず、間接的な証拠に頼っていると言わざるを得ない。そのため、サルガッソ海における正確な産卵場所の発見には至っていない。

■図2 北大西洋の水深0~200mの平均海洋循環。赤紫色の円は大西洋ウナギの仔魚が観測された区域を、白い点線で囲まれた四角は新たに提唱された産卵場。黄色の破線の曲線は、推定の移動経路、実線の曲線は観測された移動経路。

ウナギの生態研究の最前線

われわれの最近の研究では、過去の観測に基づく議論を提示することで、大西洋のウナギの産卵場所に関して新たな知見を紹介した※1。われわれは、レプトセファルスの遊泳行動と定位行動を含む数値シミュレーションを用いて、大西洋のウナギの別の産卵区域を検証した。仮説の産卵区域はサルガッソ海の東部、大西洋中央海嶺と海洋フロントの交差する場所に設定された。シミュレーションの結果、仮想仔魚の出発地が今まで言われてきたサルガッソ海の産卵区域の内外どちらに含まれていても、観測と同様の仔魚分布が示された。サルガッソ海の外では、卵や成魚だけでなく、レプトセファルスより未熟な孵化したばかりのプレレプトセファルスすら採集されていない。こうした明らかな「偽陰性」は、サルガッソ海および大西洋中央海嶺付近におけるサンプリングが不十分だったことによるのかもしれない。正確な産卵場所特定のため、特定の海域に限定しない、より広い調査が必要だろう。
大陸沿いの陸地に近い生育場から始まり、産卵場所で終わるウナギの海洋移動はこれまで十分に観察されていない。現場の観測と数値的方法を合わせて、実際の移動戦略を解析できれば、よりウナギの生態が明らかになるだろう。(了)

  1. ※1大西洋ウナギの産卵場は大西洋中央海嶺か(2020年10月6日) https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20201006/

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