Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第515号(2022.01.20発行)

国内外の水産養殖の現状と展望

[KEYWORDS] 人口増加/気候変動/共生
長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科教授◆萩原篤志

世界人口の増加と経済発展に伴い、食料需要の増加が予測されているが、同時に地球の健康を損なうことのない対応が求められている。そして、人類に栄養豊富な食料を供給し続けていくため、水産養殖には大きな期待が寄せられている。一方わが国では、人口減少が始まり、過疎化が進む地域の振興の手段として養殖が注目されている。これらの二極化した状況について考察する。

養殖への期待と制約

魚介類は人類に良質のタンパク質、脂肪酸、ミネラル、ビタミンを供給している。天然の持続可能な漁業資源は減少傾向で、世界の漁獲量は過去30年、ほぼ横ばいである。一方、養殖生産は急速な伸びを示し、全漁業生産量の50%を超えるに至った。今後もこの傾向が続けば、世界人口増加に見合う魚介類の需要は、すべて養殖によって供給することになりそうである。
また、地球温暖化を招いた主因は人類の活動であることが2021年のIPCCレポートで報告された。海洋では、過剰な漁獲、海水温上昇、酸性化、難分解性有害化学物質の蔓延により、生物多様性の減少を招くことが懸念されている。水産養殖でも、生態系の損失を抑え、省エネルギー化を推進する必要があり、その制約の中で増産を図る必要がある。これはきわめて難しい課題である。
筆者は動物プランクトンを用いた研究と、魚類種苗生産や環境毒性評価への応用に携わってきたが、魚類養殖を中心に国内外の生産者を訪ねる機会にも恵まれた。それらを通じて考えたことを述べてみたい。

世界から見た養殖

■ケニア・ビクトリア湖のナイルパーチ・小割式養殖(2016年)■バングラデシュのコイ科魚類・稚魚育成池(2019年)中央は筆者

日本の養殖生産は海水養殖が多くを占めるが、世界では全養殖生産の60%以上が、コイ科魚類を中心とした淡水養殖である。広い養殖池で自然の生産力を利用しながら粗放的に育てる方法と、造成した池や網生け簀等を用いて、人為的管理下で高密度の量産を図る集約的な方法とが一般的である。自然の地形を利用した養殖池の確保には限界があるので、森林や自然を伐採して多くの養殖池が作られてきたが、今後は生態系の損失を招く養殖池の造成ではなく、省エネルギー、省コストに支えられた、持続可能な集約養殖を推進しなければならない。これに対応すべく、IoT、ロボット技術、太陽光発電などを導入したスマート養殖は、日本のみならず、世界でも急速に広まっている。飼料についても、漁獲した小魚を原料とする魚粉の代替として、植物や昆虫を原料とした飼料開発が進んでいる。世界のどこでも生産者は飼料価格の高騰に苦しんでおり、代替飼料の低コスト化が進めば、広く普及が進むだろう。生物サイドでも、高成長、高ストレス耐性など、優れた形質を有する養殖魚の遺伝育種が進んでいる。生き物から食べ物を作ることには限界があるので、人工的に食べ物を作ろうと、魚介類の培養肉の技術開発も進められている。遺伝子の編集技術や培養肉の安全性については、慎重な議論と規制が必要となるが、それ以上に食料問題が逼迫しつつあることも事実である。
今後進むべき方向は、粗放養殖から集約養殖への転換というよりはむしろ両者の融合だと思う。粗放養殖には生態学の原理を用いた重要な方法論が含まれており、集約養殖の持続可能性に対して多くのヒントを与えてくれる筈である。水耕栽培と養殖を掛け合わせたアクアポニックスや水田養殖もその例と言えよう。今後、科学技術の力によって、世界人口の増加に見合った養殖魚の増産は可能であると筆者は考えている。一方、これらの食料がカロリーや栄養を真に必要としている地球上の多くの人々に行き渡るかどうかは、科学技術の手に負えない、人間社会の問題となる。実はここが一番大きな問題ではないだろうか。

国内から見た養殖

■熊本県天草のマダイ養殖生簀(有)田脇水産(2021年)

日本の養殖生産は全漁業生産の約1/4であるが、刺身文化の中心となるマダイ、ブリ類、クロマグロ、シマアジ、トラフグ、クルマエビ等の生産量は、養殖魚の方が天然魚より多い。養殖は、安全な魚を計画的かつ安定的に生産できる点で漁船漁業よりも優位性がある。一方、天然魚の味や形に対する強いこだわりが、日本独特の問題として常に立ちはだかってきた。いかにして養殖魚を天然魚に近づけるか、長年の検討を経て、養殖魚の品質と評価を大きく向上させてきたことは賞賛に値する。最近では100%養殖の大西洋サケが若い世代を中心に人気である。
経営体によっては生産から消費地まで養殖魚を一貫して扱う場合もあるが、多くの養殖魚は市場に出荷されている。生産者と話をすると、薄利多売という言葉がよく聞かれる。消費者の需要が分かった上で生産を始める例は少なく、多くは見込み生産である。養殖魚の生産期間は複数年にわたるので、飼料価格の高騰に加え、突発的な魚病、赤潮、台風被害など、生産コストが一定しない中で、魚の小売価格がまず設定され、逆算的に出荷価格が決められる状況は、厳しいと言わざるを得ない。最近は消費者の需要に応える形でマーケットイン型の生産・流通システムへの転換が重視されており、生産者が抱える問題解決に役立つことが期待される。一方、消費者には、沿岸環境の状況を見ながら生産を行っている養殖業者の姿が見えていない。養殖に携わる人々はそれぞれの浜の環境に気を配り、海守としての役目も果たしてきた。海のSDGsを誰よりも真剣に遂行してきたと言っても過言ではない。ノルウェー式の省力化した大型養殖施設の導入は、経済性の観点で意義は大きい。一方、魚の導入から出荷まで、全てを自分の責任として、消費者の喜ぶ顔を思いながら一尾一尾を大切に育て上げようとする強い気持ちと、それに裏付けられた、きめ細かなサービスが、日本文化の和食の素材としての魚介類の原点であることを忘れてはならない。
世界の養殖では粗放型と集約型の両生産方式の共生を提起したが、国内の養殖経営についても、一つの方向だけを目指すのではなく、それぞれの経営方式の良さの相互理解と、共存、共生が重要なテーマになるであろう。技術的な問題に対して科学が着実に成果を挙げていくことには楽観的になれても、人間や社会の関係がもたらす問題解決は簡単ではない。日本を含め、都市部への人口集中が世界で生じ、食料は地域に住む少数の人々が生産し、都市の多くの人々に供給している。人や動物の食料はすべて生き物である。生命の世界を豊かにすることによって、初めて栄養豊かな食料が得られるという当たり前のことが、人工的な環境で生活する人々には肌で理解しにくくなっているのではないだろうか。海洋の食料生産を担っていく人材育成のみならず、一般社会の人々を啓発していくことも、農学、水産学の重要な使命である。(了)

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