Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第515号(2022.01.20発行)

持続可能な漁業環境を創出する貝殻利用技術

[KEYWORDS] 漁場環境/貝殻リサイクル/豊かな海づくり
海洋建設(株)代表取締役社長◆片山真基

貝殻は炭酸カルシウムを主成分とした有害物質を含まない天然素材であり、「海で生まれた貝殻を海で活かす」を原則に貝殻利用技術を開発し、普及させてきた。
本技術は持続可能な漁業にも大いに貢献し、SDGsにおける目標14「海の豊かさを守ろう」などにも合致しており、新たな取り組みも進めている。

貝殻利用技術とは

貝殻は貝類がその成長にともない身を守るために作り出すもので、炭酸カルシウムを主成分とした生体鉱物の一つです。太古より装飾品や日用品、貨幣などにも使われているほか、その成分により化粧品や肥料、薬品などに利用されています。このように用途が多岐にわたる貝殻ですが、私たちはその形状と海で生産される自然素材であることから、「海で生まれた貝殻を海で活かす」をモットーに、魚介類を中心とした海の生き物を増やすために活用しています。
その代表的な例が、貝殻を使用した人工魚礁である「JFシェルナース」になります。シェルナースでは、主にカキ養殖やホタテ養殖、真珠養殖で発生する貝殻を使用します。貝殻を目合が2~3cmほどのメッシュ状の筒に詰めた「貝殻基質」を鋼材に組み込み、パネル状にしたパーツを組み上げて作るもので、対象とする海域の水深や増やしたい魚種などに合わせて自由な形状、大きさにすることができます。貝殻基質には、複雑な形状の貝殻が詰められているため、その重なりによってできる隙間に、小さなエビ・カニ類やゴカイ類などの動物が住み着いて増え、それを直接食べる小魚が定着するようになり、さらにその小魚を食べる大型の肉食魚が集まることによって、魚礁を中心とした新たな生態系が創出されます。その結果、釣りや刺し網などの漁業の対象となる魚介類が増えるほか、生物多様性にもプラスに作用します。こうした効果は、岡山県倉敷市沿岸で開発時から行っている実証実験や長崎県平戸市の漁業者の協力の下で行った標本船調査、広島県三原市沿岸で実施した潜水・刺網調査などにより証明されており、これまでに水産・海洋関係の学会や学術誌での公表も積極的に行ってきました。また、貝殻基質は貝類養殖に携わっている漁業者らが、比較的手の空く春~夏の間に製作しており、漁業者自らが海を豊かにする取り組みに携わりつつ、ちょっとした副収入を得ることができるため、シェルナースの導入は一石二鳥ならぬ一石三鳥、一石四鳥にもなる事業となっています。
この他にも、全国各地では海域の実情に合わせて、カキやホタテガイ、サルボウガイなどの貝殻を海底に敷設する漁場造成が行われており、それぞれに環境改善や漁獲資源の増加などに効果のあることが示されています。

貝殻利用技術の開発と普及

さて、この貝殻利用技術ですが、もともと漁業者だった当社の創業者である片山敬一が、高度経済成長に伴う開発による地元瀬戸内海の急激な変化を肌で感じていた中で、生まれた発想です。漁業者仲間の間ではカキ殻が堆積した海底には餌虫(魚の餌となるゴカイやエビ・カニ類など)が多く発生することが知られていました。また、当時からカキ養殖などでむき身出荷した後に発生する貝殻の処理は、各地の漁協が頭を悩ませている問題でした。こうしたことに着目し、貝殻をより価値のあるものとして人工魚礁に使用できないかという考えに至りました。そして、1985年頃より岡山県の研究者らと協力して開発を進め、1994年にシェルナースの実用化を達成、その後全国の水産関係の公共事業などで普及が進み、現在も全国各地の海域で新たな漁場造成に活用されています。開発当初より継続して実施している効果調査(潜水による目視観察やテストピースを使用した餌料動物の培養試験など)では、これまでに約380種の魚介類によるシェルナースの利用状況が観察され、貝殻のテストピースからは660種を超える動物の生息が確認されています。
また、公共事業の対象とならないような小規模な取り組みでも使用しやすい小型貝殻ブロックや、貝殻を海底に敷き詰めて活用する技術開発も進めてきており、各地の漁港や港湾などでの普及が進んでいます。さらに、2018年には、(独)国際協力機構(JICA)と協力し、メキシコのカリフォルニア湾ラパス近海で、現地の貝殻を利用した小型貝殻魚礁の実証試験を実施し、生態系と生産性に顕著な効果があることが示されました。

■図1 JFシェルナースの特徴と役割

持続可能な漁業の発展に向けて

■図2 小型貝殻ブロックと貝殻マット

世界の漁業生産量および水産物の消費量は、中国を筆頭に著しい増加傾向にありますが、海面における漁船漁業の生産量は1990年代から頭打ちとなっています。わが国の漁業生産量についても200カイリ以前の遠洋漁業が隆盛を極めた時期をピークに激減しており、最近も毎年のようにサンマやスルメイカ、サケの不漁が紙面を賑わせています。このような状況下において漁業生産を持続していくためには、科学的根拠に基づく徹底した資源管理と同時に、沿岸域における生息環境の改善は不可欠な取り組みとなります。また、2050年までにカーボンニュートラルな社会を構築するための一大事業として洋上風力発電が注目されています。洋上風力発電施設は良好な漁場となっている海域での計画も多く、こうした施設と良好な漁場との共存も重要なテーマとなってきます。貝殻利用技術は沿岸域の生息環境の改善に貢献すると同時に、今後造成が進む洋上風力発電施設に付加することで、漁場や生物生息環境の維持、機能の向上にも貢献することが可能です。その他、利用の少ない小規模な漁港を活用した増養殖や自然共生型の漁港・港湾施設への活用など、生物生息環境の保全・創出に向けた取り組みへの普及も目指していきます。
現在、具体的に進めている事例としては、漁港のビオトープ(生物の生息空間)化の取り組みがあります。シェルナースの開発時から縁のある岡山県笠岡市の離島である白石島では、島東部の新漁港内で、タコつぼ付きの小型貝殻ブロックや貝殻を自然素材のネットに詰めたマットを試験的に設置し、その効果を検証する調査が行われています(図2)。水産生物、特に稚仔魚の生息場や産卵場としての価値が高い静穏な漁港施設において、防波堤のマウンド部やその法尻(のりじり)の海底などに貝殻利用技術を応用することにより、漁港内の生物生産性をより高めることが狙いで、直近の2020年度に実施した調査では、マダコの産卵やカサゴやメバル、マナマコなど様々な魚介類の生息が確認されています。ビオトープの漁港版と言える取り組みで、ゆくゆくは環境学習やレジャーなどとも連携し、持続可能な漁業に対する啓発活動の場として活用することもできると考えられます。(了)

第515号(2022.01.20発行)のその他の記事

ページトップ