Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】最新号

第507号(2021.9.20 発行)

家事と外交が併存する太平洋島嶼国の漁業

[KEYWORDS] VDS(隻日数)/ツナ漁業/キリバス
大東文化大学経済学部教授◆山下東子

広大なEEZを有する太平洋島嶼国の陸地面積は狭小で、経済基盤は脆弱である。
そのため、国民の食料としても外交の舞台としても、漁業への依存度が高い。
沖合ではツナ漁業への入漁料配分を外交カードとして使い、国家財政を潤わせている。
ただし雇用創出と社会の安定が政策上優先され、沖合漁業は国内産業化に向かっている。
沿岸漁業は家事の1つに位置づけられ、慣習的な漁業権制度の下で資源が管理されている。

沖合漁場でツナ外交

太平洋島嶼国(以下、島嶼国という)は広大なEEZ(排他的経済水域)を有しているが、多くの国で陸地面積は日本の1県にも満たないほど狭小で、経済基盤は脆弱である。そのため、国民の食料としても、外交のカードとしても、海洋と水産資源に依存している。他の漁業国や発展途上国にありがちな乱獲・過剰労働力などの問題はあまり見られないが、その代わり、小島嶼国ならではのユニークな特徴と悩みをかかえている。
沖合漁業から見ていこう。図1に、15の独立国を含む24の国・地域を示した。国連海洋法条約の規定は、小島1つから日本の国土面積を上回る43万km2ものEEZを創出させる。中西部太平洋は、わずかなポケット公海を除けば各国のEEZで埋め尽くされている。この中でも、特に太枠で囲んだ9か国のEEZはカツオとマグロの通り道になっている。Williams他(2020)※1によると、2019年にはこの地域にフィリピン・インドネシアを加えた海域からの漁獲量が296万トン、金額にして58億米ドル(約6,380億円)にも上った。漁獲量の69%、水揚金額の51%がカツオで、他に、キハダ、メバチ、ビンナガが漁獲される(以下、ツナと総称する)。漁獲しているのは日本、韓国、台湾、米国、中国などで、日本が刺身・鰹節用に持ち帰る以外は、タイなどのツナ缶工場へ輸出される。
まき網漁船が島嶼国のEEZへ入漁する際には、VDS(隻日数:Vessel Day Scheme)と呼ばれる入漁料を支払う。価格は1日1隻あたり11,000米ドル以上である。ツナが通過する9か国・地域はPNA(ナウル協定加盟国:The Parties to The Nauru Agreement)を組織して、協調行動を取っている。PNAがVDS総数と各国への配分量を決め(2018-2020年漁期は年間45,005日分)、島嶼国は漁業国にVDSを割り当てる※2。常に需要超過状態にあるため、島嶼国は配分の際、自国に利益をもたらすような諸条件を追加する。VDSを外交カードにした援助交渉である。島嶼国は、自国船籍化、自国での転載・加工、自国民の雇用を迫る。要求は着々と実現し、まき網船の数は2019年、漁業国籍124隻に対して、島嶼国籍133隻と勢力が逆転している※1。土地と水資源があるパプア・ニューギニア、フィジー、ソロモン諸島では国内加工場も作られている(図2)。
国の規模が小さいほどVDS収入がもたらすインパクトは大きい。人口11万人、1人当たりGDP1,694米ドルのキリバス共和国では、2020年度の政府予算2.23億豪ドル(キリバスの通貨は豪ドル、約163億円)のうち、VDS収入が1.45億豪ドル、その他の手数料収入を含めると、政府予算の67%をツナ資源がもたらしている(キリバス政府ウェブサイト)。

■図1 太平洋島嶼国のEEZとPNA 加盟国
図2 2000 年の大洋漁業(株)合弁解消後、漁業公社で国内生産を継続するSolomon Blue(2018年8月、ソロモン諸島ホニアラの小売店で筆者撮影)

沿岸漁業は家事の1つ

ツナ資源がキャッシングされる沖合漁業と対照的なのが沿岸漁業である。たとえばキリバスの2015年『人口と住宅の国勢調査』における、「あなたは家で主にどの仕事をしていますか」という問いに対する選択肢に「漁業」があるが農業はない。15歳以上の7万人の回答のうち、漁業は5,430人だった。この他の選択肢として、「金をかせぐ(1.3万人)」、「地域資源の管理人(5,457人)」、「料理」、「洗濯」・・・「水の確保」がある。つまり、キリバスでは魚を獲ってくるのは家事労働の1つであり、漁獲物はキャッシングされない。別の質問の答えにおいても、漁業者は1.2万人で、うち9,089人が自家消費用、販売のみはわずか503人だった。網、釣り、突き棒、手摘みなどの漁法により、熱帯域の魚やサバ類、貝類を漁獲しているのである。ちなみに、日本は国際協力として永年ナマコ、シャコ貝などの養殖を指導している。
自家消費が主なので漁獲量の統計は取られていない。年間1人当たり消費量は72~207kgと推計されていることから、年間漁獲量は11~20万トンと推察される。Adams(2012)※3は、島嶼国の漁業は慣習法上の漁業権に基づいており、魚市場も発達していないことからさほど獲りすぎてはいないという。これは地域の首長の家系が代々、土地と接続する水域を所有・管理し、地域住民は許可を得て使わせてもらうという島嶼国の土地利用制度に基づいている。

経済効率より社会の安定

筆者は、(公財)海外漁業協力財団ならびに(株)KDDI総合研究所の協力のもと複数の島嶼国政府に漁業担当官を訪ね、「自国船籍だとVDS 価格が割引になる。外国船に獲らせて入漁料収入を最大化し、その上がりを国民に分配したほうが経済効率が良いのではないか」と投げかけ、意見を求めた。答えは判で押したように、「それはできない。雇用を創出して社会を安定させることが最重要だから」であった。再びキリバスの国勢調査をひもとけば、15歳以上の人口7.2万人のうち求職中が1.7万人と、何らかの仕事がある人(1.4万人)を上回り、求職者比率55%は失業率と呼ぶには高すぎる。仕事に興味がないことを働かない理由に挙げる人も8千人いる。こうした社会構造のもとでは、ツナ資源からキャッシュフローを得られるチャンスを多少棒に振ってでも自国に産業と雇用を、という社会政策が優先される。VDSという強力な外交カードが社会の安定のために使われていることもまた、島嶼国漁業の特徴である。(了)

  1. ※1Williams, P. and T. Ruaia (2020), Overview of tuna fisheries in the Western and Central Pacific Ocean, including economic conditions-2019
  2. ※2中前 明著「海外まき網漁業と資源管理」本誌第411号も参照ください。 https://www.spf.org/opri/newsletter/411_1.html
  3. ※3Adams, T. (2012), The characteristics of Pacific Island small-scale fisheries, SPC Fisheries Newsletter (No.138)
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