Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】最新号

第501号(2021.6.20 発行)

新しい深海科学掘削計画と気候変動問題への貢献

[KEYWORDS]掘削科学/海底堆積物/環境復元
大阪市立大学大学院理学研究科教授◆益田晴恵

50年以上の歴史を持つ国際深海科学掘削計画は2023年から新しいフェーズに進む。
深海底コアは海洋と地球で起きた様々な現象を記録している。
なかでも堆積物コアの分析により、気候変動の歴史を詳細に復元できる。
気候変動問題への貢献を中心として、新たな深海科学掘削の目標を記したThe 2050 Science Frameworkを紹介する。

国際深海科学掘削の経緯

深海科学掘削は、1968年にDeep Sea Drilling Project(DSDP)として米国で開始された。日本は、国際共同研究計画となった1975年からこの計画に参加している。名称変更しながら計画は継続され、2003年には統合国際深海掘削計画(Integrated Ocean Drilling Program:IODP)が始まった。この時から、米国の「ジョイデス・レゾリューション号」に加え、日本から「ちきゅう」を、欧州連合(EU)から「ミッション・スペシフィック・プラットフォーム」を提供して、3船体制で実施されてきた。現在は、2013年に始まった国際深海科学掘削計画(International OceanDiscovery Program、略称は以前と同じIODP)の枠組みで、22カ国が参加して計画が遂行されている。この計画は2023年に終了するが、後継計画について、2019年から国際コミュニティで議論が進められてきた。ここでは、新たな研究計画の概要と意義を、特に、海洋・地球環境問題への貢献という観点から紹介したい。

掘削から読み解く地球環境変動

深海科学掘削によって得られる海底堆積物のコア(柱状試料)は、「地球の記録媒体」である。鉱物・堆積相・化石・堆積物の物性・間隙水の化学組成など、様々な分析結果から、地質時代から近過去に起こった様々な事象を読み解くことができる。
海底堆積物コアでは白亜紀末期の約7,000万年前まで遡って、詳細な気候変動パターンが復元されている。海底堆積物中の有孔虫の酸素安定同位体比によって復元された海水温変動パターンは、地球環境変動の標準記録として用いられている。この変動パターンを物差しとすることで、年代測定値を得ることが難しい地質試料の年代を知ることも可能である。また、環境変動のきっかけとなる事件を明らかにし、地球システムの限界点を知ることができる。例えば、アジアモンスーンの変動とそれに伴うアジアの環境変動に関して、アラビア海・インド洋・南シナ海・日本海で系統的に掘削調査が行われてきた。2013年には、日本海で日本人グループを中心とした掘削調査によって得られた120万年前までの堆積物から、氷期の海水準低下に伴って、対馬海流の流入がなくなり、日本海が無酸素化する時期が繰り返されたことが明らかになった。2015年のアラビア海の掘削では、800万年前にインド洋での湧昇が活発化し、アジアモンスーンの発生につながったことが明らかにされた。この時、後背地のヒマラヤ山脈の侵食が活発化したことが明らかになっており、地殻変動が海洋深層循環や気候変動と関連を持つことが示された。これらの成果は、深海科学掘削が、気候変動のきっかけとなる事件や、気候変動の結果起こり得る環境変化に対する示唆を与えることを如実に示している。

これからの掘削科学と国際連携への期待

現在の枠組みでの国際深海科学掘削計画は2023年に終了する。その後の研究計画をさらに発展させるために、計画に参加している各国では、2019年から国内外でワークショップや意見交換を行いながら、将来計画を練り上げてきた。この結果は、2020年に「The 2050 Science Framework」として公表された。掘削計画は10年単位であるが、タイトルにある通り、2050年を到達点とした壮大な計画である。原文は英語であるが、日本国内に向けて、趣旨を整理した説明書が準備された(図)。この計画には研究の柱が4つある。第1は、マントルに到達する掘削を行い、固体地球内部での物質循環を明らかにし、表層環境を作る地球深部での現象を理解することである。第2は、津波を発生させる大規模地震や巨大火山噴火など、未曾有の災害を起こし得る現象の本質的メカニズムの解明である。第3は、生物生存の限界を明らかにし、地球上の生物がどこで発生して進化してきたのかを特定することである。第4は、地球環境変動に関する課題である。人類を含む生物の生存に関わる環境指標の閾値を知ることと、地球環境や生物の生存が保全される海洋環境とはどのようなものであるかを評価することがその課題である。これらの課題の解決は、人類の存続に関わる危機的な現象の理解につながる。

日本版サイエンスフレームワークの概要版チラシ。J-DESC(日本地球掘削科学コンソーシアム)が制作。

近年は、比較惑星科学の発展により、地球環境の特異性や他の天体と共有する普遍性を宇宙から俯瞰することが可能となっている。一方で、異なる宇宙空間に位置する他の惑星の知見からは、地球環境変動の真の理由を明らかにすることはできない。「他山の石」を持たない地球を理解するためには、過去の地球で起こったことに学ぶしかない。ここに、掘削科学研究の意義がある。地球表層は、様々な現象が相互に関係性を持ちながら、わずかな揺らぎの中で安定的な環境を保っている。揺らぎの振幅が大きくなり、安定状態が崩れて環境変動が生存環境の閾値を超えた時(ティッピングポイント:分岐点)の状態、その後に加速された変化、いかなるフィードバックが働いてそこから回復したかなどは、コアに残された記録から詳細に読み取ることができる。全球での気候変動を捉えるために、今後はより困難な海域での深海科学掘削も計画に組み込まれている。例えば、極圏の自然環境は環境変動に対して脆弱であり、極海洋での海底掘削コアは地球環境変動に対する初期の変化を観察する重要な試料である。しかし、極海洋での掘削は海氷に阻まれて困難であった。近年では少しずつそのような海域での掘削計画も増えている。より広い海域からのデータが集積されれば、時間軸を含む地球環境変動の4次元的記録の復元が可能となる。それらの結果は、将来の気候変動予測のための全球気候システムモデルの構築や検証に貢献できる。
日本は国際コミュニティに地球深部掘削船「ちきゅう」を提供して、より深い試料の採取を試みてきた。環境変動に関しては、深く掘るほど古い時代の試料を得ることができる。今後も、この強みを生かして、日本が国際コミュニティの中で存在意義を示すことが期待される。(了)

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