Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第498号(2021.05.05発行)

世界の海を巡る伝統航海カヌー「ホクレア」

[KEYWORDS]海洋文化/環境保全/SDGs
海の学校主宰◆内野加奈子

コンパスなどの計器を一切使わず、星や波、風など、自然の力だけを使って水平線の彼方の島を見出すハワイの伝統航海カヌー「ホクレア」。
星の航海術とも呼ばれる伝統航海術の概要、これまでの取り組みや人と自然の関係性などを紹介する。

ハワイの伝統航海カヌー「ホクレア」とは

ポリネシア伝統航海カヌー「ホクレア」

「ホクレア」は、コンパスなどの計器を一切使わず、星や波、風など、自然からのサインを読みながら数千kmの海を渡るハワイの伝統航海カヌーです。カヌーといっても、一般的なものよりかなり大きく、約20mの細長い船体を2つ横に並べ、デッキでつなぎ、そこに大きなマストを立てた双胴船型の航海カヌーです。エンジンはなく、動力は風のみです。2つの帆で受けた風の力を、櫂によって左右に振り分けることで、進行方向をコントロールしていきます。私は2000年からホクレアのクルーとしてさまざまな航海に参加してきました。
太平洋の真ん中に位置するハワイ諸島は、地理的に世界で一番孤立した場所といわれています。ハワイに、最初に人が辿り着いたのは、今から約1,300年前とされているのですが、羅針盤(コンパス)も海図もない時代、人々は一体どのように数千kmの海を渡ったのでしょうか。
神話や伝承では、遠い昔、人々は星や太陽、月の動きを頼りに海を渡り、島々のあいだを自由に行き来していたと伝えられ、18世紀にポリネシア(北太平洋のハワイ諸島、南太平洋のニュージーランド、イースター島の3カ所を結んだ海域)を訪れたキャプテン・クックも、航海術について記述しています。しかしそうした伝統は1970年代には、失われてしまっていました。その伝統航海を現代によみがえらせるために造られた船が、ホクレアです。
ホクレアは、歴史学者であり画家でもあったハーブ・カネ氏が、タヒチやニュージーランドに残っている伝承をもとにデザインを描き、1975年に建造されました。翌1976年、ハワイからタヒチへの約4,000kmの初航海を成功させました。
当初、文化人類学的な実験航海として行われた航海は、ポリネシアの文化再生の大きなきっかけとなり、ホクレアはその後も数々の航海を行うことになります。ホクレアの航海の成功は、ポリネシアの祖先が高度な航海技術で、はるか水平線の島々を見出していったことを実証し、人々の誇りを深い部分から呼び覚ましました。それがニュージーランドやタヒチなど太平洋中に伝播し、ポリネシアには現在、20艘以上の新たな航海カヌーが誕生しています。1976年の初航海から40年ほどの間で、失われていた伝統航海の文化はその息吹を取り戻しました。
ホクレアに代表される伝統航海カヌーはまた、人類の歴史のシンボルとしても注目されています。東アフリカで誕生した私たちの祖先が、数十万年かけて世界各地に拡散していく過程で、太平洋の島々への拡散を支えたのが伝統航海の技術でした。東京・上野にある国立科学博物館には、人類拡散の歴史のシンボルとして、ホクレアの4分の1の模型が常設されています。

星の航海術

航海中、太陽の動きを計る航海術師

ホクレアの航海では、方位磁石や六分儀、速度計といった近代計器は一切使いません。その代わりに、星や太陽、月の動き、うねりのパターン、風や雲の変化、野生動物の動きなど、自然から得られるサインを読み解きながら、航路を導いていきます。
航海中、方位磁石の代わりに使うのが「スターコンパス」です。スターコンパスは、星を使って方角を見出していくために、航海カヌーを中心とした巨大なコンパスを想定していく手法です。航海カヌーに乗る自分自身がコンパスの中心で、周りを取り囲む水平線がコンパスの外縁となります。コンパスの目盛りは、星が水平線から昇る位置と沈む位置から割り出していきます。星の動きを予め記憶し、観察していくことで、航海カヌーを中心とした海の上の巨大なコンパスが、カヌーと共に海を移動していく、というイメージです。
星は確実に方角を知る方法のひとつではあるものの、雨天や雲の多い夜など、観察することができない場合も多く、また日中には見ることができません。航海中は、星以外のサインをどのように読み取っていくかが大切になってきます。
太陽や月の動き、うねりのパターン、風の向きや天候の変化、空や雲の色、野生動物の動きなどをサインとして用いることができます。航海術師は、観察能力と身体感覚を研ぎすましながら、こうした自然のサインを一日に数千ほど観察し、読み解きながら、針路を見出していきます。

人と自然の関係性

伝統航海術は、大海原で針路を見出すための技術であると同時に、私たちが自然との関係を再構築するきっかけを与えてくれます。
現代社会で、膨大な量の情報に囲まれている私たちは、無意識のうちに人として本来持っている感覚を閉じているのではないでしょうか。おそらくそれは、情報過多から身を守るための自然な反応なのかもしれません。伝統航海で、自然から得られるサインを最大限に読み取るために、感覚を研ぎすますプロセスは、人が本来持っている身体感覚を呼び覚ましてくれます。
さらに自然という対象と膨大な時間を共に過ごすと、そこに「関係性」が生まれます。すると、小さな変化や、「なにか違う」という状況を察知しやすくなります。私たちホクレアのクルー※が航海中に使う力は、そうした自然との関係性に支えられています。
世界中でSDGsが掲げられていますが、その目指すところを本当の意味で実現していくためには、私たちひとりひとりが、自分を取り巻く環境、そして地球上で何が起きているのか、目に見えない部分も含めて、感じとっていくことが必要です。人として与えられた身体感覚や感性を存分に活かし、変化を感じとる力を培っていくことは今後ますます大切になっていくはずです。
2007年、ホクレアはポリネシアの文化圏を越えた航海として、ハワイからミクロネシアを経て日本へと向かう5カ月の航海を行いました。さらに2014年から2017年には、太平洋から西へと航路を取り、世界を一巡する航海も行いました。世界航海を終えたホクレアは現在、次の航海に向けた準備を進めています。次の航海は、約3年半の歳月を掛けて太平洋を一巡する航海です。ハワイからアラスカ、西海岸を辿り、南米、タヒチ、ニュージーランド、オーストラリア、さらに北上してアジア諸国、そして日本にも寄港する予定です。
私たちがこれから、いかに自然と向き合い、この地球で生きていくのか。ひとりひとりが自然との関係性を見直し、次世代に向けて何を選択していくのか。ホクレアは世界の海を巡りながら、問いかけ続けます。(了)

  1. ホクレアクルー フェイスブック https://www.facebook.com/ホクレア-クルー-345566295637036
  2. 参考
    ポリネシア航海協会(ホクレア運営事務局)公式サイト: http://www.hokulea.com/moananuiakea/
    内野加奈子インスタグラム: https://www.instagram.com/kana_uchino/

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