Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第484号(2020.10.05発行)

海の民話を語り継ぐ意義

[KEYWORDS]民話/海ノ民話のまちプロジェクト/地方創生
(一社)日本昔ばなし協会代表理事◆沼田心之介

海の民話には、海の学びや備え、危機回避などの海での慣習から、海の恵みに対する感謝、海への信仰など道徳観念の育成まで、海との関わり方が含まれています。
また、一方でその物語を通して、地域への帰属意識の醸成という役割も担っています。
「海ノ民話のまちプロジェクト」を通して、観光資源としての活用や、企業との連携や全国的な広がりも視野に入れ、運動化を目指していきたいと思っています。

民話の役割

民話には様々な側面があります。原点を辿ると、村のおじいちゃん、おばあちゃんが子どもたちを集めて物語を語り聞かせたエンターテインメントの一つではありますが、民話の中には、教訓であったり、タブーであったり、その集落で生きていく上での共通のルール、生き方のようなものが含まれていました。いわば、共同体のルールを共有する道しるべとしての役割があり、またそれがアイデンティティーでもあったと考えています。
民話を「心的な合意形成をするための装置」であったと仮定すると、テレビやインターネットの普及により、一般化され、その地域固有のものではなくなったために「民話」が失われつつあると感じています。前述の通り、民話には多くの要素が含まれているので、民話を失うことは文化、文明を失うことと言っても過言ではないと危惧しております。民話は繰り返し伝えていくことが必要で、例えるならお経に近いと考えます。繰り返し繰り返し伝えることで日々気づきなおす、学びなおすことが大切なのです。
テレビ東京で約8年間放送してきた「日本の昔ばなし」シリーズ※1も、筆者は第一話から制作に関わり2017年以降は監督を務めましたが、2019年に終了してしまいました。民話を語り継ぐ機会を失ってしまったので、日本財団「海ノ民話のまちプロジェクト」※2が令和の語り部として、昔ばなし継承の一役を担っていると考えております。

海ノ民話のまちプロジェクトとは

海ノ民話のまちプロジェクト『おたるがした』アニメーションより 『おたるがした』アニメーション上映会でのワークショップ(愛媛県松山市)

「海ノ民話のまちプロジェクト」は、日本財団が推進する「海と日本プロジェクト」の一環として実施するもので、海と深く関わりを持つ日本という国の「海との関わり」と「地域の学び」を、子どもたちに伝え語り継ぐことを目的に、2018年度に発足しました。筆者は、本プロジェクトのアニメ監督兼認定委員長を務めています。
本プロジェクトでは、日本中に残された海にまつわる民話を発掘し、その民話のストーリーとその民話に込められた「思い」「警鐘」「教訓」を、親しみやすいアニメーションで、次の世代を担う子どもたちへ、そして、さらに次の世代へと語り継いでいきます。また、海ノ民話のまちに選定することで、アニメーションをきっかけに、地域づくりとして町の人の機運を高め、二次的波及、三次的波及を狙い、全国的な展開を目指しております。
2018年度は『おなべ岩』や『海の神と陸の神』など5作品、2019年度は『甚助の板子』や『一里島』など5作品を選定しました。2020年度は「海ノ民話のまち」に認定する地域を7エリアに拡大し、新たに岩手、神奈川、新潟、富山、愛媛、和歌山、島根の7作品を選定し、公式サイトで公開するアニメーションを制作中です。
海の民話には、海での慣習、海でのタブー、海の恵み、海への信仰などが含まれており、その地域性が強く出ているものが多いと思われます。島国であるこの国にとっては、より身近でよりリアルな内容が物語に描かれています。
実際に津波の被害があった村には津波にまつわる民話が伝承されています。2019年度の選定エリアの中で印象深かった民話に愛媛県松山市に伝わる『おたるがした』があります。まさに、こちらも津波が題材のお話です。制作開始当初、おたるがしたと呼ばれていた辺りの現地に伺わせていただきましたが、現在は港や民家、みかん畑があり、ここまで津波が来たのかと言葉では表現しづらい不思議な感覚を覚えました。
『おたるがした』のあらすじは次の通りです。ある時、地鳴りと共に島が揺れ、津波が襲ってきたので村人たちは一斉に山へ登って逃げました。村人たちは助かったのですが、家や畑は全て流されてしまいました。途方に暮れていると、人間の物とは思えない大きな樽が転がっているのを見つけ、子どもがトンマな巨人の忘れ物という表現をします。一人の村人が笑いだすと、いつの間にか全員で涙を流しながら笑いました。大声で笑うと、不思議と勇気と力が湧いて、新しい村づくりを始め、やがて復興していくというお話です。
一見、単純なお話で、教訓が含まれているようにはとらえ難いのですが、このお話こそ日本人の自然信仰や復興に関する考え方が凝縮しているように感じておりました。実は、「日本の昔ばなし」シリーズを制作している中で、一度このお話が候補に挙がりましたが、何を教訓とするかわかりづらいという意見がでて、制作するには至りませんでした。しかし、この海ノ民話のまちプロジェクトで候補に挙がってきたときには是非この話をやりたいと推薦をしました。
このお話には津波対策として、地震発生時における素早い避難行動の重要性や、被害にあった後の心構えが書かれています。畑は無くなってしまったけれど、海には肥料となる海藻があり、食料としての海産資源に恵まれていることをはじめ、復興へ向けて、海との付き合い方を学びとることができるのです。
また、完成後の地元の上映会では、実際に樽が用意され、その樽に子どもたちの願いや想いを描くというワークショップも開催され、子どもたちも楽しみながら海について学ぶことができました。
さらに今回は『おたるがした』が海ノ民話のまちプロジェクトに選定されたことがきっかけとなり、地元の有志の方々で演劇「おたるがした」も上演されました。このプロジェクトとは別の軸で自主的に企画されたものです。このような事例が増えていき、全国的な広がりとなることを目指していきたいと考えております。

恩返しで巡る世界を実現

海ノ民話のまちプロジェクトを通して、各地の美しい自然や生産物など地方の魅力を改めて再認識したことや、素直でまっすぐな子どもたちが真剣にアニメを見て学んでいる姿を見たときに感動を覚えたことがきっかけとなり、2019年12月に、本プロジェクトの実行団体として(一社)日本昔ばなし協会を設立しました。地域の人口減少に伴う村の統合などにより民話が消失してしまうという事実を目の当たりにする中で、アニメーションの制作だけではなく、民話(昔ばなし)を通して地域に貢献する地方創生事業を展開することができたらと考えております。(了)

  1. ※1東日本大震災の復興を願って旭化成ホームズ(株)が提供した「ヘーベルハウス劇場 ふるさと再生 日本の昔ばなし」(2012~2017年)および後続の「ヘーベルハウス劇場 ふるさとめぐり 日本の昔ばなし」(2017~2019年)等
  2. ※2日本財団「海ノ民話のまちプロジェクト」 https://minwa.uminohi.jp/

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