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オーシャンニュースレター

第471号(2020.03.20発行)

IPCC海洋・雪氷圏に関する特別報告書のメッセージを探る

[KEYWORDS]温暖化分析/環境と社会の将来像/社会の対応
国立極地研究所副所長、IPCC「海洋と雪氷圏特別報告書」第1章主要執筆者◆榎本浩之

IPCC「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関する特別報告書」が公開された。
本報告書は、海洋と雪氷圏で起きている氷床氷河や海氷の融解、海面水位上昇や海洋に起きている変化を探り、海に近い巨大都市から高山で暮らす人々への影響をまとめている。
そして将来に向けて、それに取り組むタイムリーで野心的かつ協調的な対策を優先課題とすることの緊急性を強調しているが、どのようなことが可能か。報告書のメッセージを紐解く。

特別報告書の構成

海洋は十分に広く多くを吸収する能力があり、雪氷圏は極地や高山などわれわれから遠いところにあり、気候変化の影響が出る未来はまだまだ先といえるだろうか。
2019年9月24日に公開された「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関する特別報告書(Special Report on the Ocean and Cryosphere in a Changing Climate、以下SROCC)」は、海洋はすでに多くの歪みに満ち、極地の影響は世界の海岸に及びつつあること、そして変化は間近に迫っていることを示している。SROCCは、変動の実態をまとめるWG Iと影響評価を調べるWG IIが合同で執筆した。自然環境の変化から社会・文化や人々のアイデンティティまで、考える空間スケールや時間の見方、用語も異なる内容を一つの報告書にまとめ上げることは大きな挑戦であった。

なぜこの報告書が作成されたか

SROCC作成の動機として、雪氷圏と海洋に影響を受ける人口の分布が挙げられている。高山地域に6億7,000万人、低平地沿岸域に6億8,000万人、北極圏に400万人、小島嶼開発途上国に6,500万人がそれぞれ暮らしており、各域の気象と気候、食料と水、エネルギー、貿易、輸送、娯楽や観光、健康と福祉、さらには文化やアイデンティティなど、多くの点で海洋や雪氷圏の直接的、間接的影響を受けている。図にSROCCが扱う領域を示す。
SROCCは、「かつてない海洋と雪氷圏の永続的変化に取り組むタイムリーで野心的、かつ協調的な対策を優先課題とすることの緊急性」を強調し、「持続可能な開発に向けた野心的で実効的な適応がもたらす利益と、その逆に、対策を遅らせることによるコストとリスクの増大」に注目し(国連プレスリリース)、その上でCO2排出シナリオの違いによって異なる将来像を示している。

雪氷圏の変化と海洋への影響

20世紀に全世界で15cm程度海面水位が上昇したが、その上昇ペースは極地と山岳地域の氷河と氷床の融解により加速しており、今後長期間上昇は続く。温室効果ガス排出量が大幅な増加を続ければ、2100年には上昇幅は60~110cmに達するおそれがあるとして、前回の第5次報告書(AR5)の数値を上方修正し100年以内に1mを越すとする予想を示した。時間軸を2300年まで伸ばした長期予想は、変化はすぐには止まらないことを示唆している。
南極大陸で氷床が温暖化にどのように反応するかに関しては、大きな不確定性が残っている。氷床縮小のメカニズムとして、海洋に接する氷床の不安定性が取り上げられた。これらの地域では、厚さ1,000m以上ある氷床の底面が海水面以下の高さにあるため、いったん氷床縮小が始まると、薄くなった氷床の下に海水が入り込むことで氷床が浮き上がって不安定化し、次々と連鎖的に流出する危険性が予想された。南極だけでなく北極域の海氷の縮小変化の増加も述べている。温暖化が1.5℃で落ち着いた場合は100年に1度だけ夏季に北極海から海氷が消える、2℃まで進んだ場合は10年に1度から最大3年に1度の割合で海氷消失が起きるおそれがあるとしている。また、このような状態は過去1,000年間の記録には見当たらないとしている。
海洋は、世界全体で昇温し、気候システムにおける余剰熱の90%を超える熱を取り込んできた。その昇温速度は2倍を超えて加速しているとされるが、吸収から排出に動く時の影響が危惧される。その一つとして、海洋熱波が注目された。海水温の高温異常が長期化する海洋熱波は、沿岸域の生態系にダメージを与えるとされ、1982年から発生頻度が2倍に増大した可能性が非常に高く、その強度は増大している。海洋が昇温した結果、表面が温かく軽い海水で覆われたことにより循環が弱まり、海面から水深1,000mまで酸素の損失が起きていることも報告された。海洋は熱だけでなく、大気中で増加し続けるCO2も吸収してきたが、それが海洋の酸性化をもたらしている。大気の変化を受け止めていた海洋にも限界がある。
世界平均海面水位は、グリーンランドおよび南極の氷床から氷が消失する速度の増大、氷河の質量の消失の増加だけでなく、温まった海洋の熱膨張により、加速化して海水面が上昇している。熱帯低気圧による風および降雨の増大、ならびに極端な波の増加は、海面水位の上昇と組み合わさって、極端な海面水位の現象および沿岸域のハザードを悪化させる。100年に一度といわれるような現象が、数十年後には毎年起こるようになる可能性が示された。SROCC公開後すぐに、台風19号の大雨や洪水の被害があった。日本のすぐ南まで高温の海水域が留まっていたことが強力な台風となった原因とされている。SROCCで危惧された状況が、身近で生まれつつある。

IPCC海洋と雪氷圏特別報告書で扱われる主な要素と海洋・雪氷圏の変化、そして水、エネルギー、炭素循環を通しての地球システムとの関連(IPCC, 2019: IPCC Special Report on the Ocean and Cryosphere in a Changing Climate [H.-O. Pörtner et al., eds.]. In press.)

リスクとレジリエンス、対応の選択

SROCCでは、温暖化による高山や極地の変動が陸域の生活や生態系に及び、海洋でも変化を起こし、これらが組み合わさって海面水位上昇や海洋循環、海洋生態系への影響、極端現象や災害にいたるなど、各領域が複合して起きる変化が報告された。その影響は、人口の集中する沿岸の大都市や、より抵抗力の少ない人々に及ぶことも言及されている。一方、各地で伝統的に蓄積された先住民および地域住民の知識の中に、変化への対応や行動の有効な規範があることが記載された。自然科学の情報とこれらの知識を合わせることにより、気候変動のリスクを管理し、レジリエンスを高めることができると述べている。そして、避けられない変化に取り組み、生活を改善することで今後、全世界の生態系と人々の持続可能性を達成できる能力が高まる、とまとめられている。すでに多くのデータが集められ、多くの警鐘が鳴らされている中で、生活や社会が実際どう反応していくか、どの選択肢や組み合わせを選ぶか、今後の大きな議論・転換が必要であろう。COPなどで議論されている政府の取り組みの進捗への要請は大きく、国や国際社会のガバナンスの問題である。さらにSROCCはコミュニティという表現を多用し、政府の動きだけでなく、地域の考えや取り組みを行なっている例を紹介している。そしてIPCC 報告書としては初めて、気候変動や海洋、雪氷圏に関するリテラシーを高める教育の重要性に触れている。そのような個人や社会の意識を高めるところから、気候変動対策は進展すると期待している。
極地は近い、大きな海洋にも限界がある。これらの影響が社会に及ぶ時期は近い、あるいはすでに始まっていることをSROCCは示している。空間を超えたグローバルな問題の知識や意識を共有することの緊急性のメッセージがこの報告書にある。(了)

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