Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第465号(2019.12.20発行)

台湾から与那国への実験航海を終えて

[KEYWORDS]実験航海/3万年前/ウォータークラフト(水上航行具)
海工房代表◆門田 修

国立科学博物館により「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」が実施され、目的であった台湾から与那国島への実験航海が成功した。
なぜ3万年前の舟として丸木舟が選ばれたのか、どんな成果があったのか、実験航海とは何かを公式記録班として関わった筆者が振り返ってみる。

6年がかりのプロジェクト

近年、琉球列島で3万年前の人骨が次々と発掘されている。最終氷期であったそのころ、海面は今よりも80mは低かったと推定されるが、それでも琉球列島は海に囲まれて孤立していたようだ。太古の昔、琉球列島に居住したホモ・サピエンス(わたしたちと同じ現生人類)は海を渡って来たことになり、ウォータークラフト(水上航行具)をすでにもっていたことになる。いったいどんな舟で、どんな推進具と航海術をもっていたのか、すべてが謎に包まれている。3万年前の舟に関する考古学的遺物はなにもないのだ。
この謎を科学的に解明しようと立ち上げられたのが「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」※1だ。国立科学博物館の海部陽介・人類研究部人類史研究グループ長の主導のもと、考古学者・人類学者や海洋や生物などを研究する学者、海洋冒険家などが集まり、2013年に最初の研究会が開かれた。2016年には草束舟、2017年と2018年には竹筏舟を実際に作り、実験航海をした。そして2019年7月にプロジェクトの最終目的であった台湾から与那国島へ丸木舟で挑戦し、見事に成功した。筆者はプロジェクトの立ち上げから参加し、公式記録映像班として関わってきたが、終わった今、フリーな立場で実験航海を振り返ってみる。

すべてを記録する

初めての映像記録は、汗を流しながら与那国島で草(ヒメガマ)を刈るところから始まった。草を束ねて、固く縛りあげて舟の形に成形するためだ。草を貝殻で切ってみる。現地で手に入る材料を3万年前に利用することができたであろう道具で加工して、ウォータークラフトを作るのだ。何しろ3万年前のウォータークラフトがどんなものであったかは全くわからないのだから、いろいろな可能性を試してみる必要がある。その第一弾が草を束ねた舟だった。
草刈りは、実際はほとんどが鉄鎌で行われた。カメラはすべてを記録した。編集では貝殻や石で植物は切れて、3万年前の技術を強調することになるのだが、それは編集のレトリックであり実際の作業工程とは違う。
すべての工程を撮影するのが記録班の役目だ。現場で取材対象を評価、取捨選択する必要はない。それは海部リーダーの意向であり、後に検証するためにも必要なことである。この点では良心的に全てが記録できたと思う。それと編集の過程を経てでき上がった映像は別モノである。記録された素材は編集意図により取捨選択される運命にある。

なぜ丸木舟か

黒潮を越えた丸木舟。台湾を出てから45時間漕ぎ続けた。ヤシの実を1,000個集めて浮かぶ物体を作ってみた。

3万年前に丸木舟があったという証拠はない。日本もそうだが世界的にも発掘された最古の丸木舟は今から7,000年から1万年ほど前のものだ。ではなぜあえて丸木舟を選んだのか? 草束舟は与那国島から西表島に渡ろうとしたが、海流と風に流され針路を大きく外れてしまった。それを修正するには草束舟は重すぎた。台湾で実験した竹筏も目的の島に渡る途中で黒潮に流されてしまった。
2度の失敗で得た結論は、黒潮を越えるには、黒潮の流速2ノット前後よりもスピードがでる舟でないと無理ということだった。水の抵抗が少ない丸木舟が候補に上がり、3万年前に丸木舟が存在した、あるいは作る技術と道具があったという確たる証拠がないまま、消去法として残ったのが丸木舟だった。
草や竹を束ねた筏と丸木舟には大きな違いがある。筏は素材そのものがもつ浮力により水に浮かび、バラバラになることはあっても沈まない。丸木舟も素材の木は沈まないが、浮力の多くはくり抜いた空間の大きさによる。そのため空間に水が浸入するとバランスを失い転覆したり、ほとんどが水に浸かってしまう「水船」の状態になる。製作技術としても、素材を切断して縛るという単純な技術ではなく、くり抜き、バランスをとるという作業が必要となる。筏の単なる浮力体としての存在から、淦(あか)を汲み出しバランスをとるという手間が必要な舟へと大きく飛躍しているのだ。
イカダと丸木舟の間を埋める、いわばミッシングリングの存在が、おそらく3万年前のウォータークラフトの姿ではないだろうかと筆者は考えている。たとえば、それ自体が浮力をもつ流木などを束ねたものだ。プロジェクトとは別に、個人的に台湾の海岸に漂着しているヤシの実を1,000個拾い集めて、竹のカゴに詰めて浮かべてみた。ヤシの実は名も知らぬ島から日本列島に漂着しているではないか、という想いだ。結果、ヤシの実舟は浮力体としては十分だが、目的の場所に進めるという舟の能力はなかった。

実験航海とは

航海が成功すれば実証され、失敗すれば荒唐無稽の試みであると、そう単純に言えないところが実験航海の奥深さだ。今回は、3万年前のスポーツカーのように洗練された丸木舟で見事にやり遂げることができた。
いくつかの制約が実験航海には課されていた。推進具として帆は使わない、船体は縄文時代以降のものは参考にしない、航海器具はもたないなどだ。ただし、食糧や飲み水については徹底再現とはいかなかった。航海中に補給を必要としたからだ。
その結果得られた次の3点を強調したい(あくまでも筆者の感想であるが)。①石斧で丸木舟はできる。②天候に恵まれ、海況が穏やかであれば、丸木舟で数百キロは渡れる。③帆に頼らなくとも人力の漕ぎだけで遠距離航海は可能。人間の体力は3万年前と比較のしようもないが、30時間ぐらいは漕ぎ続けることができるようだ。
この先、先島から沖縄本島への航海、神津島から黒曜石を運んだ3万8,000年前の航海など、実験航海で確認すべき場所はいくつも残っている。いろいろな条件でやってみるといい。情熱と余力のある人は海を渡ってみよう。一歩ずつ太古の海に近づくことができる。(了)

  1. ※1海部陽介著「3万年前の大航海を再現する実験プロジェクト」Ocean Newsletter 第404号(2017.06.05 発行)参照

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