Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第448号(2019.04.05発行)

黒潮大蛇行とその影響

[KEYWORDS]黒潮大蛇行/海洋予測/海洋科学
(国研)海洋研究開発機構アプリケーションラボ主任研究員◆美山透

黒潮大蛇行と呼ばれる現象が2017年8月末に始まり、1年以上たった2019年2月現在もまだ続いている。
2004~05年の前回から12年ぶりに発生したこの黒潮の流れは、海が日本沿岸環境に与えている影響について見なおす機会になるだろう。
黒潮予測を利用し、社会に情報を提供していきたい。

黒潮大蛇行とその影響

黒潮大蛇行と呼ばれる現象が2017年8月末に始まった。黒潮大蛇行が発生するのは2004/2005年の前回から12年ぶりのことである。黒潮大蛇行は、紀伊半島から東海沖で黒潮が大きく南まで蛇行する流路が長期間継続する現象である。一度始まると1年以上にわたって続く。
図1は、黒潮大蛇行になる以前の2017年と大蛇行中の2019年1月1日の海面温度と流速を比較した図である。黒潮大蛇行中には暖流である黒潮が位置を変えることで、離岸が大きい紀伊半島沖では水温が下がる一方、関東から東海沖では黒潮が直撃するようになり温度が上昇している。
黒潮大蛇行時には図1のように温度分布や流れが大きく変わり、海洋生態系や気候に変化があらわれる。黒潮が日本周辺の自然環境に与える影響は大きいが、黒潮が大きく変化して初めてその大きさを実感することになる。
黒潮が直撃する東海沿岸では黒潮が通常より潮位を最大で20〜30センチほど押し上げ、2017年台風21号による東海地方での高潮・高波の一因になった。また、黒潮大蛇行時には南岸低気圧により東京で雪が降りやすくなるという研究があり、それを裏付けるように、2018年1月22日から23日未明にかけて東京に20cmを越える積雪があり、交通に混乱をもたした。
生物にも影響がある。紀伊半島では黒潮が遠ざかり、2018年冬期のサンゴ大量死の一因になったと考えられている。黒潮に乗るカツオの漁場が遠ざかるなど漁にも影響があった。一方で黒潮が近づいた関東から東海沿岸では、シラスの不漁や東京湾でしばしばクジラが見られるなど、こちらにも黒潮の影響が指摘されている。

■図1 海洋予測モデルJCOPE2Mで推定した海面温度(色:℃)と流向流速(ベクトル:m/s)
(a) 2017年1月1日(接岸流路)
(b) 2019年1月1日(大蛇行流路)

海岸・沿岸地形が生む多様な流路

日本の独特の海岸・沿岸地形は、世界の他の海流に類を見ない多様な黒潮の流路を生む。図2に日本南岸の海底地形をしめしている。黒潮の流れる先には伊豆海嶺と呼ばれる海底山脈が南北にのびている。1,000メートル以上の深さに及ぶ流れである黒潮は、海嶺の切れ目で深くなっている所をなんとか通り抜けようとする。その通り抜ける道によって接岸流路や離岸流路という異なる流路が生じ(図2a)、大蛇行を抜きにしても、常に黒潮は大きな変化している。
さらに黒潮大蛇行である(図2b)。その引き金は九州南東沖で生まれる。九州南東沖は、黒潮が浅い東シナ海から深い太平洋に飛び出しつつ、海岸線によって急角度で曲がって北上するところである。このような海岸・海底地形のため、黒潮流路に点線のような膨らみ(小蛇行)が生まれやすい。この小蛇行は好条件が揃うと、黒潮で東に流されながら成長し、大蛇行となる。蛇行は大きくなると地球の回転と丸みを感じることで西に進もうとする性質(β効果と呼ばれている)が強くなる。この西に進もうとする力と黒潮が東に流そうとする力が釣り合うことで、大蛇行は一旦始まると1年以上の長期にわたって続く。さらに東に伊豆海嶺があることから、これも蛇行が東側に流されるのを妨げ、大蛇行の長期化に寄与している。

■図2  海底地形(色:メートル:青色が深い)と黒潮の流路
(a)接岸流路と離岸流路
(b)大蛇行流路

黒潮大蛇行の予測と情報発信

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の日本沿海予測可能性実験(JCOPE)のグループは2001年から黒潮流路の予測をおこなっている。上述した小蛇行から大蛇行への成長を追っていけば、黒潮大蛇行の発生の予測は可能である。実際、2004/2005年大蛇行に引き続き、2017年から始まった黒潮大蛇行も予測に成功した。さらにJCOPEグループは、ウェブサイト「黒潮親潮ウォッチ」(http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/kowatch/)を開設し、予測と、それに関連する最新の研究についての解説もおこなっている。黒潮大蛇行についてもJAMSTECの研究に限らず多数の記事で解説しており、メディアにも多く取り上げられたことで、黒潮大蛇行に関する知見の普及に貢献できた。たとえば黒潮と雪の関係については、2004/2005年以後の鹿児島大学の中村啓彦教授らによる新しい研究である。これにより、黒潮と気候の関係についての研究が広く一般に知られるようになったことで、海だけの影響にとどまらない黒潮大蛇行に関する関心が今回広がることにつながった。

黒潮のこれから

海洋研究者にとって黒潮大蛇行は条件がそろえば発生する黒潮の流れの1パターンであり、異常な現象だとは考えられてはいない。過去の黒潮大蛇行の期間を見ると(表1)、1980年代などはむしろ黒潮大蛇行である期間の方が長いし、1970年代の事例のように4年以上続いた場合もある。しかし1990年代以降の過去の二十数年間をとれば、2004/05年の1年間に見られただけであり、黒潮はこんなに変化するものなのかと認識を新たにした人も多かったのではないか。2014年のOcean Newsletter第323号で宮澤泰正氏は、地球温暖化のさらなる進行とともに、黒潮が東に押し流す力が相対的に増大し、長期間継続する安定した黒潮大蛇行は生じにくくなるという見方もあることを紹介している。しかし今回の黒潮大蛇行は2019年2月現在で約1年6カ月継続しており、すでに前回、前々回の黒潮大蛇行の期間を上回り、長期間続きそうである。このことから、今後も黒潮の流路は大きく変化し、長期間続く場合があることが再認識された。上記で述べたような影響があることを踏まえて、漁業政策や高潮対策に加えて、海上輸送や現在進められている海流エネルギー発電の立地選定などにおいても念頭に置く必要がある。
ただし漁への影響や気象への影響は、複雑な自然の中で証明するのは難しく、さまざまに絡み合う要因の一つであることには注意が必要である。たとえば2018年のウナギの不漁が黒潮大蛇行と関係しているのではないかという見方もあるが、JAMSTECのユリン・チャン研究員らの研究によれば関連について否定的である。黒潮大蛇行の影響や、今回の黒潮大蛇行は何故長くなっているかなど謎はまだ残されているが、今回の大蛇行を機会として黒潮が日本の自然・社会環境に何をもたらしているか研究が進むだろう。JCOPEグループでも、さらに黒潮予測を活用し、社会に情報を提供していきたい。(了)

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