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第446号(2019.3.5 発行)

東北沖地震津波の教訓と南海トラフ地震への対応

[KEYWORDS]地震津波/南海トラフ/東北地方太平洋沖地震
(国研)海洋研究開発機構地震津波海域観測研究開発センター長◆小平秀一

東北地方太平洋沖地震が予測できなかった理由の1つとして、過去の地震データに基づくモデルだけでは予測が不十分だったことがあげられる。
地震の発生の確率をより精度高く評価するためにも、プレート境界の固着状態の変化を示すデータとそれを使った数値モデルの開発が必要である。
JAMSTECでは海底での連続観察システムの開発をはじめ、観測データに基づく数値モデル構築の実現に取り組んでいる。

深海調査から見えてきた東北沖地震の姿

■図1 「しんかい6500」によって、東北沖地震震源域の水深5,351m海底で確認された亀裂。幅、深さともに約1m。亀裂は南北方向に走り、少なくとも約80m続く。東北地方太平洋沖地震を含む一連の地震活動で生じたものと思われる。(JAMSTEC2011年8月15日プレス発表資料より)

2011年3月の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震、以下、東北沖地震)発生直後三日目から(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の深海調査研究船「かいれい」は、巨大な地震・津波を発生させた震源域での調査を行った。未曾有の被害をもたらした巨大地震の発生メカニズムを深海底や海底下に残された痕跡から明らかにすることがこの緊急航海の目的であった。
その後実施された地球深部探査船「ちきゅう」による震源断層の直接掘削の成果も合わせた一連の調査航海から今回の巨大地震津波の原因に関するさまざまな発見があった(図1)。その中でも最も驚くべき発見は、今回の地震を起こした断層が水深7,500mのプレート沈み込み口ぎりぎりまで達し、その断層のずれは50mにも及んでいたことであった。東北沖地震発生以前は、プレート沈み込み口近傍は二つのプレートがスルスルとすれ違い、地震や津波を発生するようなエネルギーを蓄えないと考えられていた。しかしながら、今回の深海調査による発見はその考えを根本から覆し、沈み込み帯浅部でも巨大地震を起こす断層すべりが発生し大きな津波を生成しうることを示すものであった。
このような大変動が生じたプレート沈み込み口近傍は超深海に位置するために、これまで地震発生のメカニズムや発生履歴のデータが十分に取得されていなかった。しかしながら、東北沖地震の教訓も踏まえ、巨大地震・津波の理解と予測のために新たな取り組みが進められている。

東北沖地震津波の教訓

東北沖地震発生以前に地震研究者がプレート沈み込み口周辺では巨大地震が発生しないと考えていた原因の一つは、過去の地震の起こり方に基づいてモデルを作り地震発生の評価をしていたことが挙げられる。過去の事例に基づき普遍的なモデルを作り上げることは、科学の方法論としては間違ってはいない。ただし、その場合は現象の普遍性を導くのに足りうる十分多くのサンプルが必要である。しかしながら、地震研究の場合はモデルを作り上げてきたデータは、地震計による地震観測が行われるようになった長くてもせいぜい百数十年の記録であり、その間に日本海溝ではマグニチュード8クラスの地震は数えるほどしか起きていない。また、地震の歴史を知るために、古文書や津波堆積物の試料なども用いられていたが、その数には限りがあり、それらの記録から地震発生域を精度良く知ることは困難であった。
このように私たち地震研究者が東北沖地震から学んだ教訓のなかでもっとも大きな事実は、プレート境界断層の浅い部分が大きくずれるような地震が発生しうること、そして、私たちが知りうる過去の地震の情報には限りがあり、過去の地震の起こり方だけに頼っていると、現象を見誤る、ということであった。南海トラフ(駿河湾から日向灘にわたる、プレートの沈み込み口)では過去の地震や津波の記録から、100年から150年間隔で巨大地震が発生してきたことが知られている。この事実は私たちが知りうる過去のデータに基づく限り、正しい評価である。しかしながら、私たちは東北沖地震の教訓として、知り得る過去事例だけに基づいた地震発生の評価には問題があることを学んだ。さらに、国の中央防災会議が設置した南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応検討ワーキンググループでは、南海トラフの地震発生予測の現状を踏まえ、1)地震の規模や発生時期の予測は不確実性を伴う、2)現時点において、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法はない、3)南海トラフ地震の想定震源域であるプレート境界の固着状態の変化を示唆する現象を検知すれば、定性的には地震発生の可能性が高まっていることは言える、という見解を示している。では、南海トラフ地震に対して、私たちはどのように取り組んでいくべきであろうか。

南海トラフ地震に対する取り組みと課題

自然現象の現状把握や将来予測の成功例として、天気予報があげられる。天気予報では、時々刻々と観測される気象データに基づき、気圧配置の現状を示す実況天気図を作成する。そして、観測データと数値モデルを用いて将来の気圧配置を予想し、天気予報を行う。この際、観測データやモデルの不確定さを加味して、多くの予想気圧配置を求めそれを統計的に処理している。この考え方を地震発生に適応してみると、まず地震の原因となるプレート固着状況を観測データ(地殻変動等)に基づき把握する。そして、観測データと数値モデルによって、将来のプレート固着状況を求め、その時間推移を予想していくことになる。しかしながら、天気予報に比べ地震発生予測では、多くのデータや情報が欠落している。例えば、海域では時々刻々の地殻変動データは得られていない。また、現実的な地震発生帯の数値モデルは不十分であり、それを用いたプレート固着状況計算手法なども確立されていない。
そこで、これらの問題を克服するために、JAMSTECでは海底観測・探査技術や計算手法の高度化によって、モデルベースのプレート固着の現状把握と推移予測の研究開発に取り組んでいる。具体的には、1)海底での地殻変動データをリアルタイムで連続的に取得するためのシステム開発、2)現実的な地震発生帯モデルを構築するためのプレート構造・断層調査、3)上記データを活用したプレート固着の現状把握とその推移のための計算手法開発、の三つの取り組みからなる(図2)。1)の実施に向けては、すでに海底の掘削孔を利用した地殻変動観測システムを開発し、南海トラフに展開されているDONET(地震・津波観測監視システム)に接続したリアルタイム海底地殻変動観測を開始している。このシステムは現在までに三点が構築され、得られたデータは気象庁や国の地震調査推進本部で活用されている。2)に関してはJAMSTECが運用を開始した海底広域研究船「かいめい」による地下構造探査や海底堆積物採取を実施しており、今年度は南海地震と東南海地震の境界部で三次元地下構造探査を計画している。また、3)に関しては、観測データに基づく数値モデル構築を進めるとともに、地球シミュレータや京などのスーパーコンピュータを用いた計算手法の開発を進めいている。
JAMSTECでは今後5~7年間にわたって上記プロジェクトを推進し、最終的には現在の南海トラフプレート固着状況を広く情報発信していくことを目指していく。このためには、まだ多くの技術的・科学的問題に挑戦していく必要がある。またそれと同時に、成果として得られる地震発生の確率予測をいかに正しく、適切に一般の人々に周知していくかも、私たち研究者と国・自治体等が協力して検討していかなければいけない重要な課題となってくる。(了)

■図2 プレート固着の現状把握と推移予測に向けて、課題と今後の研究の方向性

図2内の引用図の出典は下記のとおりです。

  1. Agata, R., T. Ichimura, T. Hori, K. Hirahara, C. Hashimoto, M. Hori, (2018). An adjoint-based simultaneous estimation method of the asthenosphere's viscosity and afterslip using a fast and scalable finite-element adjoint solver, Geophysical Journal International, 213, 461-474.
  2. Bangs, N. L., McIntosh, K. D., Silver, E. A., Kluesner, J. W., & Ranero, C. R. (2015). Fluid accumulation along the Costa Rica subduction thrust and development of the seismogenic zone. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 120(1), 67-86.
  3. Hori, T., M. Hyodo, R. Nakata, S. Miyazaki, Y. Kaneda, (2014). A forecasting procedure for plate boundary earthquakes based on sequential data assimilation, Oceanography, 27, 94 -102.
  4. Yamaguchi, T., T. Ichimura, Y. Yagi, R. Agata, T. Hori, and M. Hori, (2017).Fast crustal deformation computation method for multiple computations accelerated by a graphic processing unit cluster, Geophysical Journal International, 210, 787-800.
  5. Yokota, Y., Ishikawa, T., Watanabe, S. I., Tashiro, T., & Asada, A. (2016). Seafloor geodetic constraints on interplate coupling of the Nankai Trough megathrust zone. Nature, 534(7607), 374.
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