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オーシャンニューズレター

第444号(2019.02.05発行)

東京オリンピック・パラリンピックに向けてホテルシップをレガシーに ~大型クルーズ船のさらなる活用~

[KEYWORDS]ホテルシップ/クルーズ/東京オリンピック・パラリンピック競技大会
(一財)みなと総合研究財団クルーズ総合研究所副所長◆石原 洋

ホテルシップとは、クルーズ船を一定期港湾に停泊させて宿泊施設として活用するものである。
政府では、東京オリンピック・パラリンピック競技大会時に、東京およびその周辺地域における宿泊施設の供給を十分に確保する一つの方策として、2017(平成29)年6月、関係行政機関等からなる「クルーズ船のホテルとしての活用に関する分科会」を設置し、必要な制度改正等を行なった。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会のレガシーとしてクルーズ船のさまざまな活用が期待されている。

ホテルシップとは

中国の上海発着を中心とする東アジアのクルーズ市場は、2006年にコスタ・クルーズ社(伊)が参入して以来、欧米のクルーズ船社が年々、大型のクルーズ船を投入することで急激に拡大している。現在、九州の博多港や長崎港などでは、大型のクルーズ船が毎日のように寄港するなど、日本でも大型クルーズ船は身近になっており、アジアにおいても、カリブ海や地中海で定着している3~4千人乗船可能な超大型クルーズ船での旅行が、格安で身近に楽しめる環境になっている。
ホテルシップとは、大型クルーズ船などの船舶を一定期間港湾に停泊させ宿泊施設として活用するもので、ホテルシップ自体は国際的に珍しいものではない。代表的な活用事例として、過去のオリンピックが挙げられる(表参照)。
また最近では、2018年11月、太平洋の島国パプアニューギニアで、21の国と地域が参加するアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開催され、その際首都ポートモレスビーの港に、米国のクルーズ会社P&Oクルーズ社のクルーズ船など3隻が、政府のチャーターで1週間ホテルシップとして活用された。この国で首脳級の国際会議を開くのは初めてで、格式高く、またセキュリティの高いホテルも足りなかったことから、大型クルーズ船が活用された。
国内では、過去の東京オリンピック(1964年)や横浜博覧会(1989年)など、東京湾で少ないながらもホテルシップの活用実績はあったが、当時の各種国内法の適用に関する整理がされておらず、また、当時から約30年が経過し法規制自体に変化が生じていることから、ホテルシップにおける国内法の適用と運用の整理が必要となっている。

政府におけるホテルシップに関する取り組み

過去のオリンピックにおいても実施された事例があるように、ホテルシップは、東京オリンピック・パラリンピック競技大会時に、東京およびその周辺地域における宿泊施設の供給を十分に確保する一つの方策として、有効な手段になると考える。
そのため政府では、2017(平成29)年6月、関係行政機関、関係地方公共団体、船社等からなる「クルーズ船のホテルとしての活用に関する分科会」を設置し、検討を進めた。そして2018(平成30)年3月の分科会において、ホテルシップを実施する場合の旅館業法や出入国管理及び難民認定法等の規制の運用についての整理を行い、関係行政機関により必要な制度改正を行うとともに、東京湾でのホテルシップの利用可能性のある埠頭を選定した。
一例として、これまでは旅館業法上、窓のない部屋を客室として使うことができず、ホテルシップの障壁となっていたが、当該分科会の結果、厚生労働省がイベント期間中に限り、窓のない部屋を客室として使うことも可能とする通知を出すなど、必要な制度の見直しが行われた。
政府は、今後に向けても関係機関と連携し、クルーズ船を宿泊施設として活用するために必要となる事項をガイドラインとしてとりまとめ、2018年度中を目途に公表するなど、ホテルシップの利用に向けた環境整備に取り組むこととしている。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての動き

ホテルシップの実施についてはさまざまな課題があるが、特に、長期にクルーズ船を岸壁に着岸させた場合、船内での乗客や乗組員の活動から生じる生活排水の処理が課題となる。クルーズ船は、航行中に一定の基準を満たした処理水を海に排水するが、停泊中は排水できないことから、一定量を超えれば着岸中に処理水を陸側で受け入れなければならない。
現在、ホテルシップを誘致したい地方自治体などが2020年競技大会に向けて、クルーズ船社との間で排水処理をどのようにして受け入れるかなど、さまざまな調整を行っている。一方クルーズ船社では、宿泊施設としてのチャーターの選定など多くのプロセスが必要となる。
このような中、実施に向けての第一弾として2018年6月に、(株)JTBが2020年東京五輪の期間中(2020年7月23日~8月9日)、横浜港山下埠頭においてプリンセス・クルーズ社の「サン・プリンセス」(総トン数約7万7千トン、1,011客室)でホテルシップを実施することを決定した。横浜市は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会では野球とソフトボール、サッカーの会場となっており、横浜港は多くのクルーズ船受け入れの実績があったことから、横浜港山下埠頭が選ばれた一因となっている。
なお、横浜市としては、クルーズ船をホテルシップとして活用するだけでなく、横浜市民や観光で横浜を訪れる人にも、オリンピックの雰囲気や熱気など賑わいを体験できる場として、係留する山下埠頭周辺の地域活性化も目論んでいる。

JTB「ホテルシップ」発表(左からJTB(3名)、横浜市長、国土交通省港湾局長、プリンセス・クルーズ社)

競技大会のレガシーとしてのホテルシップ

そもそも全国各地において、大規模なMICEや世界規模のスポーツイベントの際、宿泊施設の確保は大きな課題となっていた。クルーズ船は、単に宿泊施設だけでなく大劇場や会議室を有するなど、会議、研修や招待旅行などMICEに適した施設となっている。クルーズ船を活用したホテルシップはエンターテイメント付きのユニークな施設として、さまざまな活用が期待できる。今後、ホテルシップを実施するにあたっては、国内法令に基づく手続きが必要とされる。今回の実施でさまざまな課題がガイドラインで整理され、今後、多様なイベントでクルーズ船が容易に活用できるようになることが、東京オリンピック・パラリンピックのレガシーとして期待されているところである。(了)

  1. MICE:Meeting(会議・研修・セミナー)、Incentive tour(報奨・招待旅行)、 Convention またはConference(大会・学会・国際会議)、Exhibition(展示会)の頭文字をとった造語で、ビジネストラベルの一つの形態

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