Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第441号(2018.12.20発行)

海域の安全利用と離岸流の理解 ~世界や日本の水難事故を減らしたい・尊い命を救いたい~

[KEYWORDS] 海の安全利用/離岸流調査/啓発教育
鹿児島大学水産学部教授、第11回海洋立国推進功労者表彰受賞◆西 隆一郎

毎年、多くの尊い命が水辺で失われており、海浜事故を減らすには、事故発生海域で現地調査を行い現場の知見を蓄積する必要がある。
全国各地で海浜事故が発生した砂浜やサンゴ礁そして河口やインレット(湖口)を対象に、海域利用者にとり危険な沖向き流れ(離岸流やリーフカレント等)の調査を海上保安庁等の組織とともに行い、救難関係者向けに全国20カ所で講演会や現地説明会等を行ってきた。
海域の安全な利用のための取り組みと活動を紹介したい。

海域の安全利用研究の背景

海で仕事をする研究者として、国民の皆様、あるいは、外国からの観光客の皆様ができるだけ安全・安心にサンゴ礁や砂浜を含む海岸を利用し、美しい海の思い出を持ち帰って頂きたいと思っている。そして、成長中の子どもたちを含めたもっと多くの方々に、海に親しんで欲しいと思っている。海(海岸)での親水活動は心身の癒しや楽しい思い出作りに役立つだけでなく、地域の経済活動を支える意味でも大事である。一方、海(海岸)で海浜事故に遭遇すると死亡・行方不明率が4割程度以上となり陸上の事故とは桁違いにリスクが大きいことを知る研究者としては、海を利用するための啓発教育(海で命を守るための啓発教育)がとても大切であると感じている。個人で、家族で、あるいは友人と海に行く場合に、少しの知識と注意力があれば自他ともに海浜事故を起こさずに海の環境を楽しめるはずである。
小峰 力中央大学教授によれば世界中で約30万件とも言われる水難事故(海浜事故)が発生している。国内での水難事故状況は海上保安庁や警察庁のウェブページで確認でき、毎年、多くの尊い命が水辺で失われていることが分かる。海浜事故を減らすには、事故発生海域で現地調査を行い現場の知見を蓄積する必要がある。現場の知見が無ければ、「安心で安全な海域利用」に対する市民向けの本当の啓発教育や、救難関係者に対する有益なアドバイス等が行えないとの思いで、全国各地で海浜事故が発生した砂浜やサンゴ礁そして河口やインレット(湖口)を対象に、海域利用者にとり危険な沖向き流れ(離岸流やリーフカレント等)の調査を海上保安庁等の組織とともに行ってきた。

現地調査

砂質性海浜での離岸流に限れば、米国により軍事機密的な研究が第二次世界大戦時に行われ、ある程度のことは分かっている。そして、現在では海岸工学の教科書や専門書にも海浜流系として記載されているので、研究者であれば知っているはずと思われるかもしれない。しかし、海浜事故を予見して事故を防ぐ、あるいは、救難活動を効果的に行い海域利用者や救難関係者自身の生命を守るという観点での経験や知見を持つ研究者はほとんどいない。離岸流に関しても、研究者自身が実体験してはじめてその道の専門家と言えるのである。そこで、砂浜で生じる離岸流に関するある程度の実測データの取得と離岸流の実体験を積むために、やや強めの離岸流の中に手作りのGPSフロートを携帯し入水したことがある。そして、その時は見通しが甘く、良い離岸流データが得られたと思った後に、自力で砂浜に帰還することができなかった。サンゴ礁海域で発生する沖向き流れのリーフカレント調査を行った別の現場では、サンゴ礁に計測器を設置する予定のダイバー達と現場打ち合わせ中に、流れが危険なそこには行きたくないと作業を拒否されたこともある。また、同行した職員や民間技術者と流れの中で命綱をつけ機材設置作業を行うようなこともあり、安全管理を考え徐々に学部生(卒論学生)を調査から外し、その後、大学院生(博士論文学生)も外し、現地調査は主に民間技術者と組んで行うことになった。海域利用者の生命を守るという観点では非常に公益性の高い研究であるが、危険性と困難さを考えると学生に行わせる研究ではないと考えたためである。そして、多くの困難な調査を基にして、砂浜で発生する離岸流や河口域の流れ等の特性を解明し、サンゴ礁内で発生するリーフカレントの発生個所と発生時間が特定できるようになった。やがて、観測者自身が生命の危険を感じる現地調査を基にした啓発教育や公益増進活動を、大学の一研究者が行うことは不可能であるという情けない言い訳を用意し、離岸流調査から暫く遠ざかった。しかし、東日本大震災の災害支援を通して身に着けたドローン運用技術をもとに、安心で安全な海域利用の促進を図るという公益増進のために、ドローンを応用することで離岸流観測者のリスクを低減し、「海域の安全利用」に関する現地調査と啓発教育を継続することが近年可能となった。
なお、「海域の安全利用と離岸流の理解」という公益増進的な海の研究活動は、時間をかけ日本一あるいは世界一レベルの研究成果に達しつつあるが、研究資金もスタッフもいない状況が継続している。海域利用者の目の前で発生する離岸流やリーフカレントを直接目で見ることは困難であるが、沿岸域での物質輸送にとり、とても重要な自然現象である。例えば、ゴミの海洋流出や海岸漂着現象を理解するためには離岸流(海浜循環流)の理解が必要である。また、サンゴの白化現象を把握するためには、サンゴ礁内の高水温の水を外洋に流出させ、外洋側の比較的低温な海水をサンゴ礁内に流入させる機能を持つリーフカレントの理解が重要である。自然科学的には、流れるのが人かそれ以外の物質かと言う違いでしかないので、「海域の安全利用促進」そして、「沿岸環境の保全」のために、もう少し本研究にチャレンジできればというのが科学者としての本音である。

離岸流調査;山口県萩市菊ヶ浜海水浴場で人工構造物と海底地形が原因で生じる
離岸流を緑色の着色剤(ウラニン)で可視化し、流れの様子をドロ-ンで空撮した。

海域の安全利用啓発教育の状況

本活動により海浜事故発生海域を対象とした現地調査で得られた知見は、教育関係者や一般市民、そして、救難関係者向けに全国20カ所で講演会や現地説明会等を行い、啓発教育の資料として役立っただけでなく、離岸流啓発教育用のウェブページ※を介しいつでも誰でも情報を得ることが可能となっている。また、教育関係者への啓発教育は、生徒やその家族そして地域社会に対する波及効果が高いものと考え、これまで宮崎県(2校)、鹿児島県(2校)、北海道(1校)の小学校と高校でそれぞれ数十人規模、また、横浜市教育委員会主催の講演会では学校管理職数百人規模の講習を行った。そして、2017(平成29)年から教員免許更新者向けに『水辺の安全教育』と題した講習を開始し、参加した先生方からは、教員としてそして保護者としてもぜひ知るべき内容であったとの評価を頂いている。加えて、各海上保安本部等が主催する全国各地での講演会や現地説明会(計14回)ではそれぞれ数十人から100人程度に参加していただいた。国内外で発生している海浜事故を減らしたいという思いに対し十分な活動を行っているとは言い難いが、上記したような活動に対して「海洋立国推進功労者表彰」を2018(平成30)年8月31日に受賞することになった。本活動に関係した海上保安庁を始めとする総ての皆様方に深甚の謝意を表させていただく。(了)

第441号(2018.12.20発行)のその他の記事

ページトップ