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オーシャンニュースレター

第435号(2018.09.20発行)

広がる海洋生物の毒

[KEYWORDS]マリントキシン/食中毒/環境変化
新潟食料農業大学教授◆長島裕二

海洋生物のもつ毒素をマリントキシンと総称する。
マリントキシンはさまざまな海洋生物のさまざまな部位に分布しており、毒素の化学構造や作用機序は多彩である。
人への健康被害影響から、刺毒・咬毒と食中毒原因毒に大別される。
本稿では、食中毒にかかわる主なマリントキシンを紹介するとともに、地球温暖化はマリントキシンの分布を地理的にも生物種間においても拡大させ、食の安全に大きな影響を与えていることを指摘したい。

マリントキシン

海洋生物の中には毒をもつものがあり、これらの毒をマリントキシンとよぶ。マリントキシンは魚介類だけでなく、海洋(広くは水圏)微生物やプランクトンなどの微細藻類あるいは海藻にも存在している。
マリントキシンの種類は多く、化学構造や作用機序(仕組み)は大きく異なるため、系統立てた分類はむずかしいが、魚介類では、ミノカサゴ、エイ、クラゲ、イモガイなどのように人を刺傷させて被害を与える毒素(刺毒・咬毒)と、フグ毒や貝毒のように食中毒を起こす毒素(食中毒原因毒)に分けることができる。刺毒・咬毒は公衆衛生上の問題となり、食中毒原因毒は食品衛生上の問題となる。したがって、刺されたり咬まれたりして被害を受ける魚介類あるいは毒素と、食べて危ない魚介類あるいは毒素とでは、対処の方法から安全上の管理やリスクに対する管理が異なる。

マリントキシンと食中毒

魚介類は良質なタンパク質を供給する食料として重要で、四方を海に囲まれている日本では多くの種類の魚介類が大量に消費されている。このため、魚介類による食中毒も多い。日本でマリントキシンによる食中毒といえば、多くの人がフグ毒中毒を思い浮かべると思われる。実際、マリントキシンによる食中毒で最も多いのがフグ毒によるもので、2000年から2016年に485件のフグ毒中毒が発生し、695人が中毒し、このうち26人が死亡した。
日本では認知度が低いが、今後注意を払いたいのがシガテラである。シガテラは世界で最も多く発生している魚介類食中毒で、毎年数万人が中毒している。中毒は主に熱帯・亜熱帯海域で起こり、日本では沖縄県や南九州で中毒事例が多いが、地球温暖化の影響のためか本州沿岸にも広がり、関西および関東で漁獲されたイシガキダイでシガテラが発生した。シガテラの原因毒素シガトキシンは、海藻に付着したある種の渦鞭毛藻が産生し、これを体内に取り込んだ魚介類が毒化するため、シガテラ毒魚の種類は多い。日本では、バラフエダイによる食中毒が多く、ドクウツボ、バラハタ、イッテンフエダイ、オニカマスなどでも発生している。中毒症状は、消化器系、循環器系、神経系に及び、特徴的なのはドライアイスセンセーションとよばれる知覚異常で、水や冷たいものに触れたとき、ドライアイスを触ったときのような電気ショックを感じる。神経系障害は長期間続くことがあり、一度中毒すると次に中毒したとき症状が重くなることがある。しかし、フグ毒中毒とは違い致死率は低い。
二枚貝類のマリントキシンは貝毒とよばれるが、貝自身が作るのではなく、有毒な微細藻類によって産生される。プランクトンを餌とする二枚貝類は、生息海域に有毒藻類が発生すると、食べたプランクトンから毒素を取り込み蓄積する。貝自体は毒素で危機にさらされることはない。毒素によって食中毒症状が異なり、麻痺性、下痢性、記憶喪失性、神経性貝毒に分けられる。このうち、日本で問題になるのは、麻痺性貝毒と下痢性貝毒である。
麻痺性貝毒による中毒症状は、フグ毒中毒と酷似しており、食後30分から数時間以内に口唇のしびれが起こり、その後麻痺が広がり、重篤な場合、呼吸停止により死亡する。下痢性貝毒中毒は激しい下痢を起こし、吐き気、腹痛、嘔吐を伴うことが多いが、死亡例はない。麻痺性貝毒や下痢性貝毒の毒化は、二枚貝類すべてで起こる可能性がある。このため、日本ではアサリ、ホタテガイ、マガキなど食用貝類の安全確保のため、貝類を毒化する有毒プランクトンを監視し、有毒プランクトンの出現がみられたら貝類の毒性を検査し、基準値を超えた場合には貝類の出荷を規制する厳密な貝毒モニタリング体制が整備されているので、市場に流通している貝類で中毒が起こることはない。
巻貝では、フグ毒とテトラミンに注意したい。肉食性巻貝はフグ毒を高濃度に蓄積することがあり、これまでにボウシュウボラ、バイ、キンシバイでフグ毒中毒が発生した(図1)。ボウシュウボラとバイでは、毒化個体の割合は低く、毒素は中腸腺に局在しているので、筋肉部を食べている分には問題ない。これに対し、キンシバイは私たちが調べた限りでは、ほぼ全個体が有毒で毒性は高く、その上、毒素は中腸腺だけでなく筋肉部にも存在するので、食用は禁止すべきである。テトラミンは、一般にツブとよばれる寒海性巻貝のエゾボラモドキ、チヂミエゾボラ、ヒメエゾボラなどの唾液腺に存在する毒素である。中毒すると、頭痛、めまい、船酔い感などの症状が食後30分~1時間程度で表れるが、数時間で回復し、死亡例はない。テトラミンをもつ巻貝は限られ、テトラミンは唾液腺に局在するため、貝の種類を正しく鑑別し、唾液腺を除去することがテトラミン中毒防止に重要である。
マリントキシンのリスク管理がむずかしいのは、毒素によって毒化機構が異なるため、それぞれにあった対応が必要となる点である。毒化する生物種が多い貝毒では、貝が毒化する時期と海域で貝類の採集を禁止することが効果的なリスク管理となる。フグ毒やテトラミンでは、毒化する生物種や有毒部位が限られるので、それらの食用を禁じることでリスク管理されている。しかし、一般の人々が魚介類を正確に鑑別することは実際には困難なので、キノコで言われているように、食用可能と確実に判断できない場合や見慣れない魚や貝類は「食べない、売らない、人にあげない」ことが、私たちにできる確実な食中毒防止法といえる。

■図1 フグ毒をもつ巻貝(左:ボウシュウボラ、右:キンシバイ)

地球温暖化とマリントキシン

前述のように、元来熱帯・亜熱帯海域の食中毒であったシガテラが日本沿岸でも起こるようになり、これは地球温暖化による南方産魚類の北上をあらわしている。魚類だけでなく、南方系の海洋生物が潮流等で運ばれ、これまでみられなかった有毒微細藻類も報告されることがあり、マリントキシンの地理的分布は明らかに広がっている。毒保有動物イコール毒産生動物というわけではなく、魚介類のもつ毒素は外部由来のことが多い。このため、毒化原因生物の分布拡大は、毒化される生物種の拡大を引き起こし、毒のなかった生物が毒化したり、毒化が強化されて高毒性化を招く。陸上とは違い、こうした海の中の出来事は見えづらいが、地球温暖化はマリントキシンにも大きな影響を及ぼし、その結果、マリントキシンのリスクを拡大し、魚介類の食の安全を脅かす由々しき問題となる。(了)

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