Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第428号(2018.06.05発行)

海老菓子にかける「夢と心」

[KEYWORDS]えび/菓子/漁業
桂新堂(株)代表取締役社長◆光田敏夫

桂新堂(株)は、創業150余年、初代光田慶助が日本で初めて海老せんべいを完成させて以来、一筋に味を極め続けてきた。
自然や四季の移り変わり、歳時を大切にする日本人の心、先人たちが育んできた和の伝統や文化を大切にしてきた。
これからも美味しい海老菓子を創りながら、えび漁業が今後も永続できるように応援しつつ、日本の心を後世に伝えていきたいと考えている。

後継者不足の「えび漁業」

この問題に触れる前に、桂新堂(株)の生い立ちについて説明をします。創業当時、愛知県知多半島では「アカシャ」と呼ばれる小型えびが、「湧く」と表現されるほどたくさん獲れていたようです。そのえびを魚のすり身と一緒に焼いて天日干しにした、地元でチンカラと呼ばれる「保存食」を、美濃から移り住んだばかりの初代が、おいしく食べやすいように改良したのが始まりで、お菓子とは無縁のものだったようです。考えてみれば、海産物を原料にしたお菓子は、世界を見渡してもほとんど見つかりませんし、国内においても「えびせんべい」の生産量は、愛知県が約95%をしめるほどローカル色の強いお菓子です。
さて、表題の「えび漁業」の現状ですが、愛知県のえび類の水揚げ高は、2005年には1,114tあったものが、2015年では815tと10年で約73%に減少し、漁業就業者数は、2003年には5,304人が2013年には4,319人とこちらも10年で約80%に減少しています。また、年齢別内訳を見ると、50歳以上の層が約70%を占め、中でも70歳以上の占める割合が全体の約25%に達し、漁業就業者の高齢化が年々深刻となっています。主たる原材料調達先の北海道余市でも人材不足から、甘えび漁船の廃業が相次でいます。一方、栽培漁業でも、わが国の車えび養殖業生産量のピークは1988年の3,000tで、現在までに約47%減少しています。
桂新堂は、初代とえびの出会いにはじまり、日本の豊饒な海のめぐみと漁師さんの支えによって、150年以上、七代にわたって襷をつないできました。当社では、年間約300tのえびを使用しています。今後も漁師さんとの信頼関係を大切にし、支え合って互いの事業を永続させていきたいと思っています。

素材の都合に合わせること

桂新堂には「甘えび踊り焼き」というお菓子があります。魚介類を活きたまま食べる「踊り食い」から名付けました。冬の限定品として、美しく色鮮やかな「甘えび」の姿を、そのままお菓子にできないか?という想いから生まれました。「車えび」を材料にした同様のお菓子を数年前から生産している実績もあり、焼成データも蓄積されていたので、比較的簡単に完成できるだろうと高をくくっていました。ところが試験をはじめると、お菓子にはできるものの、求める素材感、色や食感など、どれをとっても理想には及びません。原料のサイズ、雌雄、産地など、考え得るファクターをひとつずつ潰していっても、明白な理由は見つけられませんでした。あとは鮮度くらいしか考えられなかったのですが、原料の甘えびは、温度管理の下で北海道から名古屋までの空輸により、最大限の配慮をはかっていましたし、実際に、魚の生鮮度を表すK値や破断強度、色調などの指標は、自社基準に照らしても悪い数値は示していませんでした。それに工場は名古屋で産地は北海道か北陸、これ以上なにができるだろうか。諦めかけたとき、「産地に工場を造りませんか?」という開発スタッフの一人が発した言葉にびっくりしました。早速、少量ながら、北陸から活きたまま甘えびを輸送し、産地に工場があると仮定しての焼成試験を開始。結果、「活き」にこだわることが一番重要なファクターであるという結論に達し、最適な場所として北海道余市郡余市町に、甘えび加工の専用工場を9年前に新設することとなりました。
「地産地消」、少し意味が違うのかもしれませんが、「私たちの都合に合わせるのではなく、素材の都合に合わせること」の大切さを実感した体験でした。

甘えび素材

甘えび踊り焼き。

えびせんべいからえび菓子へ

当社では、お菓子のことを商品ではなく作品と呼んでいます。それは、ひとつひとつのお菓子に込めた物語や作り手の想いを大切にしているからです。きっかけとなったのは、新規出店に向けての新商品開発に行き詰まったときのことでした。それは同時に「えびせんべいとはこういうもの」という固定観念を打ち破ることのできた瞬間でもありました。「おいしいえびせんべい」という一心だけで試作を繰り返してはいるものの、満足のいく結果がなかなか得られずにいました。何かヒントをいただけないかという気持ちもあり、百貨店の担当者に開発状況の報告に伺ったところ、
「味覚だけのおいしさを追求していても世界は広がっていかないよ。季節感や物語性といった和菓子の世界観を取り入れてみないか」
という言葉をいただき、目から鱗が落ちました。
このアイデアは、例えるなら、生物が魚類から両生類に進化することで陸上進出をはたしたように、「味覚」のおいしさに加えて、見た目や素材に季節感や歳時記を取り入れた「味覚+α」のおいしさを追求することで、「えびせんべい屋」から「えび菓子屋」へと進化した、現在の桂新堂の姿を決定づける出来事でありました。
「最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びる訳でもない。唯一生き残るのは変化に最も適応できるものだ」とダーウィンは進化論で語っていますが、これからも老舗としての伝統を守りながらも、変化をおそれず、時代にあったお菓子づくりをしていこうと思っています。最後になりましたが、日本の「美しい四季の移り変わり」や「豊かな海の幸」に感謝申し上げます。(了)

季節ごとにそれぞれの季節にちなんだ限定商品が企画される。こちらは以前に販売された「夏祭り」

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