Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第426号(2018.05.05発行)

国際海事機関の構成と審議

[KEYWORDS]安全基準/国際交渉/議長
(国研)海上・港湾・航空技術研究所海上技術安全研究所国際連携センター長、第10回海洋立国推進功労者表彰受賞◆太田 進

国際海事機関(IMO)では、地球温暖化ガスの削減といった大きな課題から、各種装置の試験法といった細かな事項まで、実にさまざまなことが審議されている。
そうした中でわが国は、多くの場面で審議を主導し、各種規則や基準の策定や改正に貢献してきた。
これらの活動の将来を担う方々が一人でも多く登場することを期して、具体的な審議の様子を紹介する。

ビッグベンとカプチーノ

国際海事機関(IMO)はロンドンのテムズ川の畔にある。この辺りでは、テムズ川は概ね南北に走っており、IMOは東岸にある。
IMOに着いて荷物を置いたら、5階のカフェテリアに行き、ベランダでカプチーノを飲む。これが著者のルーティンである。天気が良ければ、朝陽を浴びた対岸のビッグベンが美しい。

ビッグベン(IMOのベランダより)

IMOの委員会構成

IMOは海事に係る唯一の国連の専門機関であり、船舶の設計・建造・運航・解撤等に係る多数の条約等国際基準について審議している。IMOの決定は、わが国海運・造船業にも多大な影響を及ぼすため、国土交通省が中心となって、その審議に対応している。
IMOは小委員会を再編し、2014年から図に示す通りの委員会構成となった。総会は二年に一回開催され、理事国の選出等、重要事項を決定する。理事会は40カ国からなる理事国で構成される。わが国は1958年のIMO設立以来、理事国の地位を維持している。理事会の下に5つの委員会があり、技術的事項は主として海上安全委員会(MSC)と海洋環境保護委員会(MEPC)で審議される。MSCとMEPCは、それぞれ安全と環境に関する事項を審議する。MEPCの議長は、今年から国土交通省海事局船舶産業課長の斎藤英明氏が務めている。
委員会/小委員会は、次の年の議長および副議長を選挙で選出する。ほとんどの場合、議長および副議長は満場一致で選出される。議長は、会議においては議論を総括して決定を下す。また、IMO事務局が発出する文書の内容を確認するなど、会議が無い時でも作業や判断を求められる。

わが国の貢献

わが国はIMOの設立以来、理事国の地位を維持し続けており、条約策定等に係る多くの議論をリードしてきている。また、2012年から2016年の間に、5年間で334本の提案文書を提出している。これは、IMOの全加盟国・機関の中で一番多い。
このように世界有数の海運・造船大国として積極的な貢献を果たすとともに、国際基準作りをリードすることで、わが国海事産業の国際競争力の向上を図っている。例えば、過去には国際海上固体ばら積み貨物コード(IMSBC Code)の策定を主導し、2009年に採択されたシップリサイクル条約でも主導して条約を作成している。また、地球温暖化対策においても、EEDI(エネルギー効率設計指標)や燃料消費実績報告制度の条文をドラフトするなど、IMOの議論を主導している。

本会議、作業部会、起草部会、時間外

春のMSCは週末を挟んで8日間開催されるが、MEPCおよびその他の小委員会は一週間で開催される。MSCとMEPCは2年に3回、小委員会は概ね1年に1回開催される。小委員会の本会議は、通常木曜日を除く4日間開催される。最終日の金曜日には、来年の議長選挙、作業計画の審議、作業部会等の報告書の審議および、小委員会の当該会合の報告書案の審議が行われる。そのため、多くの議題の本会議における審議は、基本的には月曜日から水曜日の3日間で済ませる。本会議は、基本的には1日当たり5時間である。そこで、本会議の指示に基づき、特定の議題について詳細に審議するための作業部会(Working Group:WG)や、規則の改正案や指針案と言った文書の仕上げを行うための起草部会(Drafting Group:DG)が適宜設置される。基本的には、WGは同時に三つまで、WGとDGの合計は五つまでと決められている。DGは、文書の内容は審議しない建前であるが、「内容」と「仕上げ」の境界は曖昧で、内容的な審議になることもある。なお、MSCおよびMEPCでは、条約改正案等の義務的要件の仕上げのためのDGが毎回設置される。WGやDGの開催時刻は自由に決定でき、審議が深夜に及ぶこともしばしばある。
MSCやMEPCでは、本会議場が満員となることもあるが、基本的に本会議の冒頭には、各国代表団全員は本会議場にいる。WGやDGの設置に伴い、多くの人がWGやDGの会場に移動し、本会議場は閑散としてくる。そして、すべてのWGやDGが終了した後の最終日には、再び本会議場が一杯になる。本会議には、英語、フランス語、スペイン語等の通訳が付くが、日本語は無い。WGとDGは、英語のみで行われる。
著者は貨物運送(CCC)小委員会において、2016年には、ガスキャリアに関するWG議長として液化水素タンカーの暫定勧告案等をまとめ、2017年には、固体ばら積み貨物に関するWG議長として液状化する恐れのあるボーキサイトの運送基準案等をまとめた。また、2014年からは船舶設備(SSE)小委員会の議長を務めている。本会議、WG、DGのみならず、会議の前後、休憩時間にも、会場の内外を問わず、活発な意見交換や根回しが行われる。

通信グループ

会議と会議の間にも審議を進めるため、MSC、MEPCおよび小委員会は、通信グループ(Correspondence Group:CG)を設置して審議を進める。昔はCGもFAXや郵送で実施していたが、今はもっぱら電子メールが使われる。
CGは、何らかの文書をまとめ上げるのに、非常に有効な手段である。CGを実施する際には、付託事項が決定されるとともに、コーディネータが指定される。CGのコーディネータは、各種文書案を含むコーディネータとしての見解をCGメンバーに送付し、その見解に対するCGメンバーの意見を整理して、再度、修正した見解をメンバーに送付するといった作業を3~4回繰り返し、報告書をIMOに提出する。よって、CGコーディネータの作業量はかなりのものになる。著者はこれまでにCGコーディネータを20回経験しているが、それでも大変な作業である。

交渉と協力

IMOの会議は国際交渉の場であり、IMOの会議に参加する者は、少しでもわが国が有利になるよう務める必要がある。まず、関連する事項について学習し、相手の言うことを良く聞き、広く情報を収集した上で、何を言うかを決めねばならない。コミュニケーションが重要であり、自国の意見を主張するだけでは、恐らく相手にされない。味方を増やすことが必要であり、時には、相手の主張の実現に協力することも大切である。それには、ある程度の経験が必要である。また、IMOでは、一つの規則を策定するにも、概して5年程度を有する。そのため、継続的な対応も重要と言える。こうした活動の将来を担う方々が、一人でも多く登場することを期待している。(了)

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