Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第392号(2016.12.05発行)

つながることから始まる豊かな漁村づくり

[KEYWORDS]持続可能な漁業/アサリ養殖/技術共有
鳥羽磯部漁業協同組合浦村アサリ研究会代表◆浅尾大輔

カキの養殖の漁閑期を利用するために、鳥羽市浦村のカキ養殖の若手メンバーによって始まったアサリ養殖。
カキ殻による栄養材と砂利を入れたネットを利用するこの新しい養殖技術を浦村だけが独占するのではなく、できるだけ多くの人が共有できるようにすべてオープンにした。
漁業に係わる人たちとつながることでより利益を生み、同時に環境保全や資源を増やすことができる漁業にシフトできると信じている。

大阪から来て漁業者になる

カキ養殖が終わった漁閑期にできるアサリ養殖

大阪生まれ寝屋川育ちで、結婚を機に漁業者になって8年目。もともと海への憧れがあって漁業者になったものの、当初は一からなので何もわからなかった。はじめは親戚のカキ養殖を手伝い、そのカキを焼いて食べさせるカキ小屋の経営からはじまった。はじめは忙しい日が続いたけれども、カキ養殖が終わり作業も終了した春から、次のカキシーズンに向けて、作業はあるものの収入となる仕事がなくなった。また勤めに戻るのではなく、この地域から出荷できるものが何かできないかと考えた。
そんな折、(国研)水産研究・教育機構増養殖研究所とケアシェル(株)が地元の浜でアサリ養殖をしているところに出くわした。何をしているのか聞くと、ネットの中にアサリが勝手に入ってきた、とのこと。ケアシェル(廃カキ殻を活用した貝養殖用栄養剤)と砂利を入れたネットの中を見たらアサリがじゃらじゃら入っていた。周りの浜を掘ってもアサリはまったく出てこなかった。
実験していた浦村町の浜では10年ほど前はアサリ堀りをしていたが、近年全く採れなくなったと聞いていたので、その結果に大変驚き、ぜひ一緒に取り組みたいと思った。春から夏場にできるアサリ養殖を実践すれば漁閑期に出荷でき、収入になるのではないかと思い、カキ養殖の若手メンバーで「浦村アサリ研究会」を立ち上げた。
春と秋に産卵するアサリ稚貝を採苗のため潮間帯にネットを置いたところ、アサリの浮遊幼生がネットに入り、食害に合わずに伸び伸びと成長した。浦村の浜は酸性化や食害などアサリにとって棲みにくい環境になりつつあり、その改善策としてネットでの天然採苗は適していたと思われる。現在浜には約2,000ネットを設置しており、1ネットあたり400~500個、多いものでは800個以上のアサリ稚貝が年2回安定して採れる。取り出した稚貝をコンテナに入れ、筏から垂下し養殖する試みも同時に行っている。カキシーズンが終わる春先に出荷を始め、カキシーズンが始まる10月までにアサリを売り切ってカキ養殖に突入するという流れをとっている。

知識と技術を共有することでつながる想い

浦村のアサリ養殖方法を視察される様子

ネットによる採苗がうまくいったことから、こんないい方法を他人には知られたくない、自分たちだけでこの技術を秘密にしようという思いもあった。しかしアサリを取り巻く日本の状況──外国産稚貝が多く輸入されていることや、身近だったアサリが全く採れなくなり潮干狩りもできなくなってしまった産地もあることを知り、「自分たちの浜だけではなく、他の浜のアサリも増やしていかなければならないのでは?」と思いはじめた。というのも、自分たちのネットに入ってくるアサリの親貝は、伊勢湾の湾奥部に生息していると考えられ、そのアサリが絶えては、自分たちの浜に流れ着くアサリの浮遊幼生もなくなってしまう。そこで、「新しい技術を多くの人が共有することによってアサリ資源を増やすと同時に、自分たちだけでは思いつかない新しい方法やデータなども共有していけるのではないか」と考えた。今までの漁業は技術や経験を隠す傾向にあったのかもしれない。しかし新しく漁業を生業とした自分は、この技術と経験を研究機関、行政そして各地の漁業者と共有しチームとなり、一緒に取り組んでいくことがベストだと考えた。そこでこのアサリ養殖方法全てをオープンにすることとした。
以降浦村では、アサリ以外を含めると年間50〜60件の視察を受け入れており、今では日本各地でこの養殖が行われている。視察に訪れてくれた彼らは、同じ悩みを共有すると同時に、漁業活性化を担う仲間でもある。今後もその仲間たちと連絡を密に取り、刺激し合うことで「井の中の蛙」にならないようにしたい。また、次の担い手育成として地元の小・中学生にアサリの採苗、養殖、試食の体験を行っている。自分たちで育てたアサリを食べることで、地元で新しく始まったアサリ養殖への興味を持ってもらえたのではないかと思う。

シンプルに進化し続ける養殖方法

はじめはより大きなアサリを作るため、筏に吊るす垂下式養殖も幾つかの方法で試した。しかし、筏の設置やコンテナなど初期費用がかかること、操船技術や筏に縛るロープの技術、労力も必要になってくる。筏が浮かべられない地域もあるし、次の世代が重労働を嫌ったり、危険だったり・・と、新しく始めるにはハードルが高い。よりシンプルに、なるべく浜で出荷サイズまで成長させることを模索した。大粒ではなく殻長3〜4センチの中粒サイズのアサリを数多く出荷することを目指す。ネットの中である程度大きくし、年2回の産卵期をうまく利用し出荷するほうが回転率もよく、肉体の作業負担も軽く済むことがわかってきた。筏での垂下式養殖の場合、どうしても筏に移してから1、2年かかり、その間付着生物などの掃除も数回かかる。その間もどんどん浜のネットにアサリが入るため、筏や飼育箱をネズミ算式に用意しなくてはならない。試算すると単価が安くなっても、中粒サイズのアサリを数多く出荷するほうが、結果的には売り上げを伸ばすことができ、利益を残せることがわかった。
浜で完結することから、よりシンプルなアサリ養殖が可能となり、視察に来られた他地区の漁業者にも「こんなに簡単なら、導入してみよう」と思ってもらえるのではないか。小、中学生の子供たちにも「自分たちでもできる」と、思ってもらえるのではないか。しかも、ケアシェルや基質を入れたネットは繰り返し使用することができ、取り組み出した7年前の採苗ネットは今も使い続けられている。うまくいくと初期費用は1年で回収することができ、毎年採苗ネットから出してふるいをかけるだけで、お年寄りや子供たちでもアサリを手にすることができる。アサリ稚貝を購入する費用もかからず、純国産と胸を張って言え、カキやワカメ養殖などの空いた時間でも作業することができる。浦村では、漁業年間作業スケジュールにうまく当てはめることができた。今では浦村だけではなく他漁村でも簡単にアサリを手にすることができたという声を多々いただくようになった。

海はつながりひとつである

これまで全く漁業の経験がなかった自分は、アサリ養殖を通じ、カキ養殖以外でも経験や知識を得ることができ、他地区の漁業者と交流を持つことができた。振り返るとこのような環境の中で、今の自分の漁業経営スタイルが培われたと思う。これからの時代はお互いに技術や情報を共有することでより利益を生み、同時に環境保全や資源を増やすことができる漁業にシフトチェンジしていかなければならない。漁業をよりシンプルなスタイルにし、「純利益を生み出すか」という視点を持つことは、継続可能な漁業経営をしていくためにも大切である。加えて漁業種類を多く持つことは、危険分散効果があり、雇用を生み出すことに繋がる。
「海はつながりひとつである」ことを肝に銘じ、アサリで繋がった日本全国の仲間と共に、これからも持続可能な安定的な漁業の仕組みを研究し展開していきたい。(了)

  1. H25年度農林水産祭天皇杯受賞者

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