Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第392号(2016.12.05発行)

EEZにおける洋上バンカリング

[KEYWORDS]洋上バンカリング/国際海洋法裁判所(ITLOS)/ヴァージニアG号事件
早稲田大学法学学術院教授◆河野真理子

2009年、西アフリカのギニアビサウ共和国のEEZ海域においてパナマ船籍のヴァージニアG号が漁船に給油したとして、ギニアビサウは国内法に準拠してヴァージニアG号の拿捕と漁船没収を実行した。
国際海洋法裁判所は本件のパナマの訴訟を基本的にしりぞける結審を下している。
今後は、洋上バンカリングの安全性の確保のためにも各国の国内法による規制とともに国連海洋法条約の諸規定との整合性の観点から検討していく必要がある。

はじめに

2014年4月14日に、国際海洋法裁判所(以下、ITLOS)は、ヴァージニアG号事件の判決を下した。この事件では、ギニアビサウ共和国によるパナマ船籍のヴァージニアG号の拿捕と、同船および販売のために搭載していた燃油等の没収が、国連海洋法条約の関連規定に違反するか否かが問題となった。ギニアビサウは、同国の漁業資源の保存・管理に関する法を適用して、排他的経済水域(以下、EEZ)におけるヴァージニアG号の洋上バンカリングに対して拿捕等の執行措置を行った。この事件は、国連海洋法条約に明文の規定がない、EEZにおける洋上バンカリングの規制に関する沿岸国の権限の行使が論点となった事案である。本稿では、洋上バンカリングに関する論点のみに着目して、ITLOSの判決と残された課題を論ずる。

事件の概要

■洋上バンカリング概念図

ヴァージニアG号は石油タンカーで、拿捕された時点でパナマ船籍であった。同船は、漁船に洋上で燃油を供給する業務(洋上バンカリング)を行っているアイルランド法人・ロータス社にチャーターされた。同船による洋上バンカリングは、2009年8月7日付の契約に基づき、バルマール社が運営することとなった。ギニアビサウ法では、EEZでの洋上バンカリングを行うために、国家漁業検査管理サービス庁(以下、FISCAP)から認可を受けなければならない。バルマール社は、ヴァージニアG号の洋上バンカリングについてこの認可を申請したものの、最終的な認可書の受領前に、業務を開始させた。同年8月21日に、ギニアビサウ沖約60海里の地点で洋上バンカリングを行おうとした際、FISCAPが、同船および燃油の供給を受けようとしていた2隻の漁船を拿捕し、ビサオ港にえい航した。2隻の漁船は8月28日に釈放された。その後、ヴァージニアG号および積載されていた燃油等の没収が決定された。2010年10月6日、ヴァージニアG号は釈放された。乗組員の一部は、それよりも前に釈放されたが、他の者は、同船とともに釈放された。

洋上バンカリングに関するITLOSの判断

国際海洋法裁判所(ITLOS)

ヴァージニアG号の拿捕および同船と積み荷等の没収が国連海洋法条約に違反するというパナマの主張の根拠は以下の通りである。沿岸国のEEZに対する主権的権利または管轄権についての規定である国連海洋法条約第56条には、EEZにおける洋上バンカリングについての明文の文言が置かれていないため、この活動は沿岸国の主権的権利の行使の対象となるものではなく、公海自由の原則、とりわけ航行の自由の原則が適用されるべきものである。また、ギニアビサウの国内法により、EEZでの洋上バンカリングに料金が課されることは第58条に違反し、さらに、同国の国内法に基づいて採られた措置は、第73条1項に違反する。
これらの主張に対し、ITLOSは、EEZにおける洋上バンカリングは、漁船が港に寄港することなく継続的に漁業活動を続けることを支援する活動であり、漁業活動と直接に関連するとし、第62条4項と併せて読むと、第56条に規定される生物資源の保存および管理に関する沿岸国の措置に、外国籍船による漁船に対する洋上バンカリングついての沿岸国による規制が含まれるとの立場を示した。そして、EEZでの外国籍船による漁船に対する洋上バンカリングについての沿岸国による規制は、第58条によって妨げられないとした。さらにITLOSは、EEZでの外国籍船による漁船に対する洋上バンカリングについての規制に関するギニアビサウの国内法は、国連海洋法条約第56条と第62条4項に違反するものではないと述べた上で、その違反に対して没収を含む法執行措置が規定されていることについて、それ自体が第73条1項に違反するものではないと述べた。
ただし、ITLOSは、ヴァージニアG号に対する没収措置は事案の特別な事情から見て、合理的ではないと判断した。ITLOSは、第73条の下での法執行措置には合理性の原則が適用されるべきであり、事案の特別の事情および違反の程度の適切な考慮の上で、合理的な法執行措置が採られなければならないと述べている。

洋上バンカリングに対する沿岸国の権限の行使

この事件でITLOSは、EEZでの外国籍船による洋上バンカリングについての規制に関する沿岸国の権限に関し、この活動を漁業活動と直接に関連するものと位置づけ、国連海洋法条約のEEZにおける生物資源の保存および管理に関する沿岸国の主権的権利の行使の一部として論じた。同様の事案については、サイガ号(第二)事件(セント・ヴィンセント・アンド・グレナディン対ギニア)ですでに問題になったところである。サイガ号も石油タンカーで、ギニアのEEZで漁船に洋上バンカリングを行っていた際、ギニアに拿捕され、その後、同船の押収と積み荷の没収が決定された。1999年7月1日判決で、ITLOSは、ギニアが税法違反を理由として刑事責任を問うために上記の措置を取ったことについて、EEZにおける沿岸国の課税権限は、第60条1項に明文で規定されている人工島、施設および構築物に対するものに限定されるとし、ギニアのサイガ号に対する措置は、国連海洋法条約に違反すると判断した。この事件で、両当事国はEEZにおける洋上バンカリングの規制についての沿岸国やその他の国の権利についての宣言を要請したが、ITLOSは、この要請に応えなかった。
同様の活動にもかかわらず、執行措置の根拠となる国内法の違いによって、国連海洋法条約の違反に関する判断が異なる結果になった点は注目されなければならない。国際裁判所の判決が、特定の事件とその当事者限りで法的拘束力を持つものであり、本質的にそれぞれの事案の具体的な事情を勘案して当事者間での紛争の解決に資するべきだと考えれば、このような結論の違いは十分に理解できる。しかし、国際裁判の先例が国際法の解釈や内容の明確化に寄与してきた歴史を考えれば、こうした意見の相違のもたらす結果を考えなければならない。
洋上バンカリングは、海洋における新たな経済活動の一つである。漁船が長い間EEZにとどまって漁業に従事するために不可欠となっている。その限りではこの活動は漁業に付随するものと考えることができる。しかし、洋上バンカリングはそれ自体が独立した営利活動であるし、また、一定の安全の確保や海洋環境の保護および保全を目的とした規制を要することも事実ではないだろうか。その場合、旗国主義による規制だけで十分なのか、あるいは沿岸国にも何らかの規制およびその履行確保のための執行措置を認めるべきかについて、国連海洋法条約の諸規定との整合性の観点から検討していく必要がある。(了)

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