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【開催報告】国連海洋科学の10年 ECOP Japan シンポジウム
2024年3月7日に、笹川平和財団海洋政策研究所(OPRI)の主催により、シンポジウム「国連海洋科学の10年 ECOP Japan シンポジウム」がハイブリッド(同時通訳付き)で開催されました(シンポジウムの様子はこちら(日本語版、英語版)をご覧ください)。対面・オンラインを含めて約300名の参加申し込みがありました。
国連海洋科学の10年(以下海洋10年)は、国連が掲げる持続可能な開発のためのアジェンダ2030を達成するために、海洋科学を駆使して持続可能に海洋を利用し管理する国際的な枠組みです。その中で、海洋10年では海洋若手専門家(ECOP: Early Career Ocean Professionals)の取り組みに関する公式プログラムが結成されています。2022年1月に行われた国内初のECOPシンポジウム(オンライン)では、日本におけるECOPのネットワーク構築を目的として、大学や研究機関、NPOなど様々な分野で活躍しているECOPを招待し、現在行っている活動や抱えている課題、海洋10年への期待などについて、意見交換を行いました。
前回のシンポジウムやその後のアンケート調査で明らかになったECOPの課題(活動資金、雇用、メンターの不足など)について、本シンポジウムでは、海洋10年が掲げる7つの海の目標に関わる活動をしているECOPの方々を招待し、どのように課題を解決して活動につなげているか、国内の実施例を紹介することとしました。また、7つの海の目標に関するポスター作りを通して、日本のECOPが重要と考える海の課題や対策などを明らかにし、海洋10年の達成に向けてECOPの間で共通認識を深めることを目指しました。
シンポジウムを通して、JAMSTEC 主任研究員かつECOP Japan コーディネーターの一人である森岡優志氏が総合司会を務めました。開会挨拶では、笹川平和財団海洋政策研究所の阪口秀所長から、海洋10年のそもそもの目的と未だ国内での認知度が低いことへの懸念が述べられた後、長期的な目標を達成するためには目標設定時の意思決定者だけでなく若手世代の巻き込みが必要不可欠であることが強調されました。その中で、海洋という非常に多様な分野の中で、バラバラに取り組みを行うのではなく、総合的な海洋の理解のためにはゆるやかかつ深いネットワークを作っていくことが重要であるという旨が述べられました。

続く第一部では、海洋10年やECOPプログラム、ECOP Japanの活動など、全体像に関する講演がなされました。
東京大学大気海洋研究所の道田豊教授からは、海洋10年の重要性とビジョン、現在の取り組みならびに公認アクションが紹介されるとともに、海洋10年の推進において中心的役割を果たすIOC-UNESCOに関する説明がなされました。現状や助言委員会(Decade Advisory Board)、社会的目標に関しての紹介の場面では、ECOPの参画が増えてきていることや、若手に対する期待についても触れられました。最後に、One Planet, One Ocean の認識のもとでは、ありとあらゆる立場の人々が協力していくことが必要不可欠であると述べられました。
ECOP Asiaのコーディネーターを務めるIOC-UNESCOのRaphael Roman 氏からは、ECOP Programme の目的と現状が述べられたのち、その中の地域ノードの一つであるECOP Asia について、これまでの活動と実績、2024年の展望と戦略についてプレゼンテーションが行われました。ECOP コミュニティは拡大を続けており、シンポジウム実施時点において4つの地域ノード、46のナショナル・ハブ、4つのタスクチーム、9つの承認されたプロジェクトが存在しています。その中でECOP Asiaでは8つのナショナル・ハブが立ち上がり、各国のECOPの現状を調査したレポ―トの発行や、シンポジウム・ワークショップなどが積極的に実施されています。2024年にはさらなるナショナル・ハブの発展や、新たなパートナーシップの構築などを通した「ネットワークのネットワーク」拡大という抱負が語られました。
OPRI研究員かつもう一人のECOP Japan のコーディネーターである田中広太郎氏からは、ECOP Asiaに属するナショナル・ハブの一つであるECOP Japanについて、目的とこれまでの活動に加え、先日実施されたアンケート調査の結果について紹介がなされました。プレゼンテーションを通して、ECOP Japanが目指すものは海洋に関する分野横断的な、「ゆるやかな」ネットワークであり、明確な義務や成果物を設けないことによって幅広い繋がりを生み出したい、という目標が繰り返し述べられました。オンラインで行われたアンケート調査からは、回答者が主に科学コミュニティで構成されていること、海洋10年について聞いたことはあるが具体的な参加方法が分からないこと、ECOP間の交流ができるようなウェビナーが期待されていることなど、今後の活動方針を検討する上で非常に重要な情報が得られたと述べられました。最後に、本シンポジウムがいままでになかった連携を生み出す端緒としたいという言葉がありました。

(左下)OPRI 田中研究員、(右下)シンポジウムの様子。
続く第二部では、海洋10年の「7つの目標」に沿って、7人のスピーカーからそれぞれの活動紹介、ならびに若手として感じる課題や今後の期待について話題提供がなされました。
「きれいな海」をテーマとして、株式会社マナティの金城由希乃代表からは、「サンゴにやさしい日焼け止め」や「プロジェクトマナティ」といった活動の紹介がなされました。沖縄を拠点として行われるプロジェクトマナティは、地域のパートナーと連携することで、観光客がワンコインでごみ拾いに参加できるという取り組みです。海ごみに関する現状の課題として、拾おうと思う人はいても分別や処理のために自治体で手続きが必要であり、良かれと思って拾っても処理ができずかえって迷惑になってしまうという状況が紹介されました。プロジェクトマナティを通して、人と人との新しい出会い・繋がり、そしてごみを拾うという地域貢献を両立させることで、「きれいな海」を目指したいという想いが語られました。
商船三井の香田和良氏からは、「健全かつ回復力の高い海」と関係して、インドネシアにおけるマングローブの再生・保全事業について話題提供がありました。モーリシャスの座礁事故を契機に同事業を開始され、現在は南スマトラ州で現地企業・コミュニティとの協力のもと、マングローブの植林と保全活動を行っています。今後の課題として、CO2の固定量という比較的計測しやすい価値だけでなく、生物多様性や地元住民への貢献といった社会的な価値をどうやって測っていくか、それを示すことでこういった取り組みに賛同してくれる方々をどうやって増やしていくか、といった項目が述べられました。
ざっこClub代表の佐藤達也氏は、三重県鳥羽市を拠点としてフリーランス学芸員・水中カメラマン・漁師など様々な活動を実施されています。取り組みの一つとしてイセエビの活け締め技術の開発や、鳥羽市 海のレッドデータブックの作成について紹介がなされました。レッドデータブックについては、多くの若手も含む多様な分野の専門家と協力したことで包括的な情報収集と執筆が可能になった、という発言がありました。緑が無くなった鳥羽の島をECOPの連携によって環境保全・経済成長・文化的価値を両立させて復活させたいという将来構想が語られたのち、「生産的な海」という目標について、貨幣価値であらわされる生産効率だけではない価値も見出していきたい、との言葉がありました。
株式会社オーシャンアイズの代表取締役を務める田中祐介氏からは、「予測できる海」ならびに「開かれた海」をキーワードとして同社の取り組みと今後の事業展開について話題提供がありました。海洋シミュレーションと画像解析をコア技術とする「海の天気予報」により、海をより安全・効率的・持続的に利用するための情報を提供することを同社は目指しています。今後は、海で活動する人だけでなく、海での活動を陸から支える人や間接的に海の影響を受ける人も含めてデータとバリューチェーンを繋ぎ、「開かれた海」を目指していきたいという目標が述べられました。

(左下)ざっこClub 佐藤氏、(右下)オーシャンアイズ 田中氏。
日本ライフセービング協会の上野凌氏からは、「安全な海」というテーマでライフセーバーの実際の活動の紹介、ならびにライフセービングの現状と課題について発表がなされました。ライフセーバーと聞くと救助活動がイメージされがちですが、最も重要なことは事故を未然に防ぐことであり、そのためにビーチクリーンや教育活動、スポーツなどが行われています。水辺の事故は減らない一方ライフセーバーの配置は限定的であるというのが現状である中、市民への情報発信や安全教育といった未然防止、ならびに海岸の安全体制や環境の整備といった再発防止の両軸について、国・自治体・利用者といった様々なステークホルダーが連携していくことが重要であると述べられました。
「夢のある魅力的な海」という目標に関して、下関市立しものせき水族館海響館の井上美紀氏からは、同館の取り組みとして海洋教育プログラムと魚食普及が紹介されるとともに、課題と海響館がめざす水族館像について講演がありました。「下関らしさ」として世界一のフグ展示種数を誇るほか、フグと地域との関わりを学ぶプログラムの実施、また煮魚教室のように「魚離れ」を防ぐことを目指した活動が行われています。水族館が学びの場と認識されづらい現状ある中、来館者の楽しみの中に学びを盛り込んでいくこと、それも含めて社会における水族館の役割をバランスよく果たしていくことという目標が述べられました。
「7つの目標」において、「価値(=お金)」に関する目標は直接的には含まれていませんが、重要なファクターの一つであることは間違いありません。みずほ第一ファイナンシャルテクノロジーの土橋司氏からは、金融分野という立場から、この「価値のある海」に絡めてブルーカーボンとインパクトファイナンスについての発表がなされました。定量的なインパクト評価の普及が進むと海洋関係プロジェクトによる経済効果、すなわち「価値」を比較できるようになり、競争が進むことによってよりお金が回るようになるのではないか、という意見が述べられました。また、その分析・設計のためにECOPはじめ海洋関係の人々との結び付きを大切にしたいとの言葉がありました。

第三部では、総合討論として、第二部での発表に対する質疑応答やECOP Japanポスターの紹介、そのほか全体を通したディスカッションが行われました。
まず、シンポジウムの成果物として、司会の森岡氏からECOP Japan ポスターの案が紹介されました。本ポスターは7つの目標のそれぞれについてどういったアクション・事例があるかということを、日本のECOPの視点からまとめたものです。本シンポジウムの講演者がメールベースでアイデアを出し合い、シンポジウム直前にも議論を重ねて案を作成しました。日本の若手が思う海の魅力や理想をイラストとして描くとともに、それらを輪で表すことによって7つの目標の繋がり、そしてECOP Japanの活動を通した人と人との繋がりが表現されています。2つのデザイン案を提示し、それぞれ同数程度の賛成が得られたことから、折衷案を作成することとなりました。

ECOP Japan の今後の活動について、ECOP が交流できるようなウェビナーの実施やSNSの利用、また国際会議の場での海外のECOPとの情報交換などが紹介されました。その他、同日午前中に講演者が議論して挙げられた内容として、海洋に関する新たな表現方法の模索(音楽、庭園、絵画など)や海洋の「価値付け」を考えていくこと、そして海洋科学との間で相互によいフィードバックができるようにすること、などが述べられました。
質疑応答では、ECOPの次の世代に対してどうやって接していくべきか、という質問に対して、初等・中等教育における海洋教育の重要性について議論がなされました。また、世界と比べた時のECOP Japanの今後について、Roman氏から日本でよく利用されているソーシャルメディアを使って交流・情報交換を進めていってほしいという期待が述べられました。
最後の閉会挨拶では、道田豊教授から、防災というテーマならびに価値の定量化という二点をピックアップしつつ総括がなされました。『「安全な海」について、海洋10年では津波や高潮に関する備えという比較的スケールの大きい「防災」が注目されがちである一方、上野氏の発表にあったライフセービングのように身近な「防災」という視点が欠けているのかもしれないということに気づかされた。また価値の定量化について、海洋10年の評価の際には感覚的な評価ではなくて定量的な評価ができることが理想であり、今後の課題として考えていきたい。』との言葉がありました。最後に、できるところから、「ゆるやかな」ネットワークの拡大に向けてノンプロフェッショナルの人々にも遡及していってほしいこと、そして自らは今後も応援団として参加していきたいことなどが述べられ、閉会となりました。
(文責:海洋政策研究所 研究員 田中 広太郎)