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【参加報告】気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「海洋・雪氷圏に関する特別報告書(SROCC)」が採択

2019.09.26
 笹川平和財団海洋政策研究所は2019年9月20日から24日にかけて開催された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第51回総会(於:モナコ公国)にオブザーバーとして参加した。今次総会では、「海洋・雪氷圏に関する特別報告書」(Special Report on the Ocean and Cryosphere in a Changing Climate: SROCC)の政策決定者向け要約(SPM)が承認されるとともに、報告書本編が受諾された。本報告書は、気候変動による海洋と雪氷圏への影響、並びに気候への適応及び緩和に関する科学的知見を評価することを目的としている。報告書の執筆には36カ国104人の科学者が参加し、6981本もの研究論文が引用された。報告書作成過程においては政府・専門家から3万件を超えるコメントが寄せられ、それらをもとにドラフトの修正が重ねられた。モナコでは連日深夜にわたり最後の詰めの議論が行われ、総会最終(予定)日の翌24日昼、ついに参加国のコンセンサスで報告書が承認された。同報告書で紹介された海洋に関する重要な知見は以下の通り。
【写真1】モナコ公国、グリマルディ・フォーラムで開催されたIPCC第51回総会

【写真1】モナコ公国、グリマルディ・フォーラムで開催されたIPCC第51回総会

1.海洋の温暖化、酸性化、海洋熱波
 過去50年、海洋は世界全体で温暖化していることがほぼ確実であり、その速度は1990年代前半以降2倍の速さで進行している。また、この変化は人為的なものである可能性が非常に高い。海洋の温暖化は今世紀にわたって引き続き進行していくと予測されており、2100年までに、過去50年程度の間に蓄積された量の5~7倍(最も高い排出を想定したシナリオの場合、水深0~2000m)もの熱を吸収することが予測されている。また、海洋は1980年代以降発生した人為起源の二酸化炭素のうち20~30%を吸収しており、さらなる酸性化を引き起こしている。海洋熱波は、その頻度と威力を増しており、今後も増加すると予測されている。さらなる海洋の温暖化、酸性化、貧酸素化など、海洋は今世紀においてかつてない状態へと移行している。ただし、これらの変化の速度や規模は温室効果ガスの排出を抑えることで小さくなると考えられる。{SPMのA.2, A2.1, A2.5, B.2, B2.1, B2.4より}

2.海面上昇
 世界の平均海水準は上昇しており、グリーンランドや南極の氷床が融解する速度の増大や、氷河の消失および継続する海洋の熱膨張によってその速度を増している。この傾向は今後も続き、1986-2005年平均の海水準と比較して、最も高い排出を想定したシナリオ(RCP8.5)では今世紀末(2081-2100)には0.71メートル、2100年に0.84メートルの上昇が予測され、IPCC第5次評価報告書(以下AR5)の値よりも0.1メートル上方修正された。世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えたシナリオ(RCP2.6)においても今世紀末(2081-2100)には0.39メートル、2100年に0.43メートルの上昇が予測されている。いずれのRCPシナリオにおいても2100年までの海面上昇は、IPCC AR5の予測値よりも大きくなるとされ、これは南極氷床の融解による影響が考慮されたためである(特にRCP8.5シナリオにおける2100年の予測値(0.84メートル)の変動幅は0.61-1.10メートルとなり、最大予測値は1メートルを超えている)。2050年までにはすべての温室効果ガス排出シナリオ(RCP2.6~RCP8.5)において、これまで100年に一度しか発生していなかった規模の高潮が、多くの地域で一年のうちに数回程度発生するようになると予測される(図1参照)。海面上昇によって極端な海面水位の現象(訳注:高潮、極端な気象条件によって生じる一時的かつ局所的な海面水位の上昇)などの沿岸リスクが高まっており、これは今後も高い可能性で続くと予測される。{SPMのA3, B3, B3.1, B3.4より}

【図】極端な海面水位の現象(高潮)の予測 (SROCC, SPM Figure4, 海洋政策研究所仮訳)

【図】極端な海面水位の現象(高潮)の予測 (SROCC, SPM Figure4, 海洋政策研究所仮訳)

3.海洋・沿岸生態系への影響
 1950年以降の海洋環境の変化は表層から海底に至る海洋生態系に影響し、その地理的な分布や季節的な活動に変化をもたらしている。すべてのシナリオにおいて海洋の生物量の減少、漁獲量の減少などが予測される。そして海洋酸性化や酸素の減少、海氷面積の減少、人間の活動は、これら海洋の温暖化による生態系への影響を助長する可能性がある。海洋生態系や水産業への影響は、海洋資源に依存する人々の収入、生計手段、食料安全保障に影響すると予測される。沿岸域の生態系も海洋温暖化の影響をすでに受けており、生物多様性、生態系機能・サービスへの深刻な影響が今世紀、そしてそれ以降において、高い排出を想定したシナリオにおいて高まると予測される。サンゴ礁は海水温の上昇と酸性化のリスクにさらされており、将来の温暖化がたとえ1.5℃を下回った場合にも、減少や絶滅の危険が非常に高い。一方で、生物が海洋の変化に対して適応できるキャパシティは、温室効果ガスの排出を低く抑えることで、高めることができる。{SPMのA5, A6, B5, B6, B8.1より}

4.沿岸域のコミュニティへの影響
 沿岸域のコミュニティは、熱帯サイクロンや浸水、海洋熱波、海氷の喪失、永久凍土の融解を含む複数の気候変動に起因するハザードにさらされている。また、海洋の温暖化や酸性化とともに、平均海水面の上昇と高潮の増加は海抜の低い地域のコミュニティのリスクを助長すると予測される。北極圏の海抜の低い地域や、環礁を含む島嶼に住む人々のリスクは、低い排出を想定したシナリオであってもかなり高くなると予想され、適応の限界(adaptation limits)に達するだろう。適応の限界は温室効果ガスのシナリオに依存しており、長期的な海面上昇によって、より広範な地域に広がると予想される。島嶼国の中には、これらの環境変化によって人が住めない環境になる可能性がある。現状よりも野心的な適応の努力なしには、海面上昇のリスクとそれに関連する極端な現象、沿岸域のコミュニティの脆弱性は、すべての排出シナリオにおいて大幅に増加する。{SPMのA9, B9, B9.1より}

5.気候変動による海洋の変化への対応
 気候変動に対するレジリエンスの向上と持続可能な開発には、急速かつ大幅な排出削減と、適応策が必要である。生態系を活用した適応策(ecosystem based adaptation)は、地域の気候変動リスクを低減し、多様な社会的便益をもたらすと期待される。一方、その効果は温暖化が1.5℃以内に抑えられて初めて実現するものである。ブルーカーボンなどの沿岸生態系の保全・管理や、海洋再生可能エネルギーの活用などは気候変動の緩和にとって有効であることが分かっている。気候変動への効果的な対応を可能にするため、政府や自治体の間のさらなる協調や、教育及び気候リテラシー、観測、知識と資金の活用、社会的脆弱性と衡平への取り組み、そして制度的な支援が不可欠である。{SPMの C2, C2.4, C2.5, C3, C4より}

 本報告書の発表により、気候変動が海洋環境にもたらす影響がすでに深刻な状況にまで及んでおり、海洋生態系や沿岸コミュニティは危機に瀕しているということが最新の科学的知見によって改めて確認された。また、温室効果ガスの排出を最大限に抑えても避けられない悪影響もある一方、野心的な緩和策、適応策によって変化に対応しうる可能性が残されていることも示されている。海洋が初めて独立章として扱われたIPCC第5次評価報告書、昨年に発表された「1.5℃の地球温暖化に関する特別報告書」などの知見に加え、本報告書には人文科学的な研究成果が多分に取り入れられ、自然科学分野についてもより詳細で精度の高い科学的知見が集約された。また、SROCCでは気候リテラシー(climate literacy)の語を用いていることにも留意したい。過去の特別報告書では、教育(education)や能力開発(capacity building)の語はあったが、リテラシーが入ることで、教える・学ぶだけではなく個々人が得た知識をいかに活用するかが求められているといえる。現在も進行する地球温暖化を抑制するためには、政府からの号令だけではなく、個々人の気候変動に対する知識と意識が伴った行動が求められる。2019年12月にチリ・サンティアゴで開催される国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)において海洋が注目を集める中、本報告書が今後のさらなる海洋と気候変動への取り組みにおいて重要な役割を果たすことが期待される。

【写真2】政策決定者向け要約の承認を拍手で迎える執筆者たち

【写真2】政策決定者向け要約の承認を拍手で迎える執筆者たち

* 笹川平和財団海洋政策研究所では、SROCCに含まれるメッセージの重要性を示し、国内外に広く発信するため、公表記念シンポジウムを開催します。詳細はこちらからご覧ください。

 

*「海洋・雪氷圏に関する特別報告書(SROCC)」政策決定者向け要約の概要はこちら(環境省サイト)から入手可能です。

 

* IPCCとは
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、気候変動に関連する科学的情報をとりまとめ、評価を行う政府間組織です。国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が1988年に設置し、これまでに気候変動を包括的に扱う評価報告書(最新は2013年~2014年の第5次評価報告書)や特定トピックに関する特別報告書など、多くの報告書を公表し、2007年にはノーベル平和賞を受賞しています。IPCCには195カ国が参加しています。

 

※用語の関連リンク
海洋熱波:海洋熱波 -marine heat waves- (「海洋危機ウォッチ」)
RCPシナリオ(代表濃度経路シナリオ):IPCC 第5次評価報告書の将来予測に使用されるRCPシナリオ(「海洋危機ウォッチ」)

(海洋政策研究部研究員 吉岡渚)

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