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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第328号(2014.04.05 発行)

東北マリンサイエンス拠点形成事業と震災後の海洋生態系

[KEYWORDS]海況情報/調査連携/漁業・養殖業の再生
東北大学大学院農学研究科教授、東北大学マリンサイエンス復興支援室室長◆原 素之

3.11の大津波は、東北太平洋沿岸の漁業に甚大な被害を与え、海の生態系を攪乱した。この現状とその後の変化を科学的に捉え、その成果を漁業復興に役立てるために東北マリンサイエンス拠点形成事業が実施されている。
3年たった今、海洋生態系は回復傾向にあることがわかってきた。さらに、この調査で得られた成果を活用して、科学と融合した新しい漁業の構築を試みている。

はじめに

2011年3月11日の巨大地震は想像をこえる大津波を引き起こし、地域の基幹産業であった漁業に甚大な被害を与えただけでなく、生産の場である海を大きく攪乱した。「大津波で海に何が起こり、その後どうなっていくのか」。この命題に対して、東北大学は、東京大学大気海洋研究所、(独)海洋研究開発機構と連携し、文部科学省が公募した東北マリンサイエンス拠点形成事業で調査している。この事業は科学的な調査を通して、海洋生態系の変化をしっかりと理解し、その成果を漁業復興に役立てることを目標にしている。東北大学は宮城県沿岸を対象海域として、漁業復興と将来を見据えた持続的で環境に順応した新しい漁業や養殖業に繋がる調査研究を進めている。

震災後の海はどうなったか

■図1:震災前と震災後、海の様子
大きな岩が転がり、ウニ・アワビがいない震災後の海。ウニ・アワビの餌として重要なアラメ海中林も壊された。

大津波は海底の泥や砂を大規模に巻き上げながら、各地の防波堤や防潮堤を破壊した。女川湾や気仙沼湾では、オイルタンクなどの倒壊により様々な化学物質や陸からの多量の土砂などが流れ込んだ。その結果、女川湾では湾奥に堆積していた泥が、湾中央部や湾口部にまで運ばれ、広い場所で有機物量の増加など底質環境が悪化した。泥域の拡大により、海底の生物多様性と現存量が減少し、汚染指標生物が増えた。気仙沼湾などでは、二十数年ぶりにホタテガイが毒化し、原因となる有毒渦鞭毛藻のシスト(種)が海底泥に高い密度で発見された。一方、女川湾のギンザケ養殖場では長年堆積した残餌や養殖魚の糞などが流され底質環境が改善された。このような湾内環境の改善は他の湾でも見られている。心配された宮城県沿岸での重油等の有害物質の影響は、震災後1年半程で基準以下となり、震災前のレベルに戻りつつある。しかし、海底を掘ってみると重油臭が残っており、土砂が堆積し検出され難くなった可能性もあり、より深い底質調査を始めている。
大地震は広い海岸域で地盤沈下を起こし、干潟や河口域の地形を変え、生物相も大きく変えた。干潟では、震災直後に埋在性や固着性の種を中心に3~8割が消失した。現在は、震災前の種組成と異なり広域性の浮遊発生種が優占しているが、回復しつつあり変遷過程の初期と考えられる。河口域では、水産生物の分布域を陸側に移動させ、上流でシジミの生産性が上がったが、アサリは回復の傾向が現れていないなど、種による回復傾向の違いが生じている。
海中の生態系も大きく攪乱された(図1参照)。岩場の至る所に、泥や砂がたまり、瓦礫が散在し、大きな石が転がった。震災前は磯根の生物の棲みかであり餌場であった藻場も破壊され、多くのウニやアワビが流された。磯根資源への影響は場所によって異なっていたが、とくに3cm以下のアワビ稚貝への影響は大きく、それは広い地域での共通現象であった。ウニは震災年の夏に大発生し、被害は限定的で資源が急速に増加しつつある。しかし、ウニは回復してきた藻場を食害し、磯焼けを起こす要因として、今後の脅威になっている。以上のように、海洋生態系への影響は場所や種により異なるが、大津波が震災前の生態系バランスを崩したことは間違いなく、今度の変化を継続して調査することが、生態系を回復させ持続的に水産資源を利用する上で重要であると考える。

震災後の調査連携の試み

■図2:宮城水産復興連携協議会の連携

震災直後、東北太平洋沿岸では大津波による現状把握調査が関係機関で一斉に開始された。しかし、震災当初の混乱などから十分な連携がとれず、時間の経過と共に調査域の重複やその逆の欠落の問題が生じてきた。この問題を解決するためにも、現場の連携がスピード感のある復興にとって重要であるとの認識から、宮城県沿岸域では、漁業復興に取り組む宮城県水産技術総合センター、宮城県の水産行政部局、(独)水産総合研究センター東北区水産研究所と東北大学が話合い、調査情報の共有化を進めるための連携組織として、宮城水産復興連携協議会を立ち上げた(図2参照)。これにより、調査域や項目の調整、報告会やシンポジウムを通しての調査データの迅速な共有化が進んでいる。さらに、地元漁業者ニーズを汲み上げ漁業復興を促進するために、宮城県漁業協同組合とは、意見交換会や勉強会だけでなく共同調査も実施している。具体的には、志津川支所とのウニ資源や藻場回復のための岩礁生態系調査、山元支所とのホッキガイ漁再開のための漁場調査、漁協本所や鮫浦湾支所とのマボヤ種苗確保のための技術開発などは、直接、漁業復興につながるものと期待されている。

新しい漁業の再生を目指して

東北マリンサイエンス拠点形成事業が目指すところは、調査を研究のためだけに終わらせるのではなく、漁業の復興に役立てることである。さらに、漁業者の勘や経験に、この事業で得られた成果を結びつけて、科学的情報と融合した新しい形の漁業を生み出すことである。その試みとして、海況情報を漁業に活用し、生産の安定化や生産性の向上への可能性を検討している。宮城県北東部にある閉鎖性内海の長面浦(ながつらうら)は、震災前に貧酸素水塊による養殖ガキの成長不良や大量斃死が起きていた。ここにリアルタイムで監視できる水温・塩分・溶存酸素計を取り付け、迅速で正確な貧酸素発生等の海況情報を漁業者に提供しながら、カキの安定的な養殖生産管理を試みている。また、宮城県東部の鮫浦湾は日本一のホヤ養殖産地であり、かつ良質な種苗(子供)の生産場でもあった。しかし、ホヤの養殖施設は壊滅し、天然採苗にとって必須の親ホヤ集団の9割程が失われた。養殖ホヤが親となるためには3年以上かかるため、残された天然ホヤ集団からの効率的な種苗生産がホヤ養殖復活の鍵となる。そこで、鮫浦湾においてホヤ幼生分布調査と同時に流況調査を行い、この情報に基づいたホヤ幼生の拡散・蝟集(いしゅう)を予測し、良質な種苗を大量かつ安定的に確保できる採苗技術の開発を進めている。
ここでは二例しか紹介できなかったが、科学的知見に基づく新しい漁業の構築への可能性は少なくない。目指すところは、東北マリンサイエンス拠点形成事業での調査研究を魅力のある漁業の再生に繋げることである。(了)

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