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第247号(2010.11.20発行)

第247号(2010.11.20 発行)

秋田県ハタハタ漁獲量は、なぜ回復したか

[KEYWORDS] ハタハタ/全面禁漁/資源回復
秋田県立大学客員教授◆杉山秀樹

秋田県のハタハタ漁業者は、漁獲量が激減したことから平成4年9月から自主的に3年間の全面禁漁を行っている。平成3年には70トンと過去最低を記録した漁獲量は、解禁後も県独自の漁獲可能量制の導入など厳しい管理を行ったことで、平成20年には2,938トンまで回復させた。
漁業資源の管理は漁業者だけではなく、県や国など関係者全員が役割分担しながら合意のもとに推進していかなければならない。

秋田県民とハタハタ


■図1: 市場に出荷する前の選別作業の様子

ハタハタは秋田県民にとって年越し儀礼や食文化と密接なつながりを持っており、単なる魚類資源という以上の特別な意味を持つ存在である。漁業者にとっても、ハタハタ豊漁期の昭和38~50年は13年間連続して1万トン以上あり、その海面総漁獲量の50%前後を占め、最重要魚種であった。しかし急減し、58年以降は200トン前後が続き、平成3年には70トンと過去最低を記録した意味を持つ存在である。(図1)。このような状況を受け、秋田県の漁業者は平成4年9月から7年9月まで自主的に3年間の全面禁漁を行うとともに、解禁後も県独自の漁獲可能量制の導入など厳しい管理を行い、平成20年には2,938トンまで回復させた。秋田県において、なぜ、ハタハタの漁業管理が可能であったのだろうか。

ハタハタの全面禁漁実施


■図2: ハタハタの卵。地元ではブリコと呼ぶ

ハタハタは、11月下旬から12月に秋田県沿岸の水深2m前後のホンダワラ類藻場に産卵する。産卵期以外は水深250m前後の深海で摂餌・回遊するが、その範囲は時期、場所、水深が限定される。漁獲の主群は2~3歳で、回遊は日本海北部の比較的広い範囲だが、親魚は産卵場所への回帰性が確認されている。親魚の卵数は1,200粒程度と少なく、卵期は約2カ月、ふ化サイズは13mmと大型である(図2)。これらの特性は、本種が資源管理に適合した魚種であること、すなわち、「我慢すれば、応えてくれる」ことを意味している。秋田県民および漁業者は、ハタハタには特別な愛情を持っているだけに、ハタハタ漁獲量の減少に対して、強い危機感を持つとともにその復活を強く望んでいた。また、すでに昭和50年代から「ハタハタの復活」は大きな行政課題でもあり、試験研究機関においても各種の調査研究に着手していた。ハタハタの資源回復に対しては、漁業者のみならず県民、研究機関、行政等、全県民的な強い動機があった。
平成4年1月に開催された秋田県漁連の理事会において、前年の70トンという過去最低の漁獲結果に、「大変なことだ。全面禁漁を含め、可能な限りの対策を実施する」という合意がなされた。これを受け、漁業者に対する現地説明会、意向を把握するためのアンケート調査、漁業種類別代表者会議、漁連理事会、全県組合長会議など、連日のようになされた。また、研究機関から「中途半端な規制ではほとんど増加しないが、3年間の全面禁漁であれば2.1倍に増加する」というシミュレーションの結果を出した。その後も合意形成に向けさまざまな会議がもたれ、同年8月29日に全県組合長会議において3年間の全面禁漁が決定され、10月1日付けで厳しい罰則規定を含む「はたはた資源管理協定」が締結された。

地域漁業集団の役割と禁漁効果

なぜ、このような全面禁漁が可能だったか。その背景には、明治以前から連綿と続く漁業集落の存在がある。1894年の調査では、秋田県内には漁業集落が67あり、これらの漁業集落は現在に至るまで生活の基盤=意志決定の単位として機能していた。実際、ハタハタ全面禁漁の検討に際し、この地域では漁業生活の中で日常的な話し合いが行われたことが、結果としてきわめて大きな意味を持ったと推察される。また実施の中で、「行政が資源回復を命題」とし、管理方策の実施という「明確な意志を持つ」と同時に、漁業者が意志決定に際しては「参画する体制」が構築されたことが、合意形成を可能にしたと推察される。その際、漁業者、国、県の役割分担を明確にしたことにより、それぞれにおいて取り組むべき課題が明確になり、効果的かつ効率的な管理の実施が可能となった。当時の組合長の言葉を借りれば、「解禁は禁漁より難しい」ということになる。どのような形で解禁するのかの検討に、禁漁期間中の3年間が費やされた。
結果として、漁獲努力量の削減による「入り口の管理」と漁獲量を決めて漁獲する「出口の管理」の両方が実施されることとなった。前者は、底びき網隻数の1/3の減船、さし網や定置網の操業統数の削減などであった。後者は、研究機関が推定する漁獲対象資源重量に対して、漁業者などで構成するハタハタ資源対策協議会において、漁獲量を決定するとともに、沖合と沿岸の漁獲量の配分を行うというものである。直近の平成21年においては、漁獲量は対象資源量の40%に相当する2,600トンとし、配分はこれを沿岸60%、沖合40%とすることを決定した。
なお、ハタハタは「昔から大きな変動があり、資源管理をしなくても資源は回復した」という意見もあった。そのことから、3年間禁漁の効果について検討したが、昭和50年代の漁獲量の急減はレジームシフト等の環境変動によりもたらされたこと、その後も資源の回復が見られなかった原因は高い漁獲圧が続いたこと、平成7年以降資源が回復した要因として禁漁による産卵親魚量の確保が大きかったこと、等が明らかとなった。

解禁後の経過と今後の問題点


■図3: 秋田県ハタハタ漁獲量の推移
漁獲量はすべて「秋田県漁業の動き」をはじめとする東北農政局秋田統計情報事務所調べ(平成13年までは属地統計、平成14年以降は属人統計)。 ただし、平成21年漁獲量は東北農政局速報値(平成22年4月30日公表)

解禁後、同一の系群を漁獲する青森県、秋田県、山形県、新潟県の関係4県による「北部日本海海域ハタハタ資源管理協定」の締結(H11)、秋田県における「県魚」の指定(H16)などが実施された。この間の漁獲量は、禁漁直前平成3年70トンが解禁後平成7年には143トンになり、平成12年には1,000トンを超え、20年は2,857トンとなった(図3参照)。しかし、単価は漁獲量の増加に伴い急激に下落し、平成12年には1,000円/kgを下回り、平成20年には204円/kgと過去最低を記録した。このため、平成20年は対前年で漁獲量は約1,200トン増加したにもかかわらず、漁獲金額は2億1千万円下落し5億7千万円となった。
秋田県におけるこれまでの取り組みは、県内漁獲量の増加という方向で検討されてきたが、今後、資源の適正利用を前提に、漁業者の収入増加を強く意識したものへと転換する必要がある。その際、商品価値の高い大型サイズの選択的漁獲とともに、地域振興策との連携、食文化としての見直しなどより広い観点からの取り組みが必要となる。いずれにせよ、漁業者の合意のもとに実施された資源管理は、その結果を県民が共に享受していることから、今後とも、関係者が役割分担しながら関係者全員の合意のもとに推進していかなければならない。(了)

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