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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第201号(2008.12.20 発行)

「海の森」再生に向けて~鉄鋼スラグと腐植物質による磯焼け回復技術~

[KEYWORDS]藻場再生/溶存鉄/地球温暖化問題
東京大学教養学部 特任講師◆山本光夫

日本や世界各地の沿岸海域で生じている「磯焼け」の問題を解決し、「海の森」の再生を行うため、鉄鋼スラグと腐植物質を用いた磯焼け回復技術の研究・実用化プロジェクトが行われている。
ここでは、海と川と森のつながりに着目した本プロジェクトの概要・進展状況について紹介し、「『海の森』再生」プロジェクトの今後の展望について報告する。

磯焼けの発生要因と本技術

日本および世界各地の沿岸海域において、海藻群落が消失する磯焼けと呼ばれる現象が生じている。磯焼けの発生要因としては、水温上昇やウニなどの藻食動物による食害が一般的に言われているが、その他にも栄養塩や溶存鉄の不足など様々な要因により磯焼けは発生すると考えられる。このうち、海と川と森のつながりから、最近になって次第に注目されつつあるものとして、溶存鉄の不足が挙げられる。
海藻にとって鉄は、窒素やリンといった栄養塩と並んで必須元素であり、硝酸塩を体内に取り込む際や光合成の際などに利用されている。鉄イオンは、主に2価(Fe(II))と3価(Fe(III))の形で存在するが、海水中ではFe(II)はFe(III)へと酸化されやすく、その結果Fe(OH)3などとなって沈殿しやすい。しかし自然界においては、森林の腐植土中に含まれる腐植物質(フルボ酸、フミン酸)※1が鉄イオンと結びつき、溶存状態で川から海へと運ばれ、海藻はそれを吸収することができる。海水中の鉄濃度の低下は、このフルボ酸鉄・フミン酸鉄の供給量が、護岸工事やダム建設といった人為的な原因で減少することによって生じ、これが海藻群落の消失へとつながると考えられている。
筆者が取り組んでいる鉄鋼スラグ※2と腐植物質を用いた磯焼け回復技術※3は、この考え方に基づき、海水に不足する溶存鉄を人為的に供給することを志向したものである。本技術では、鉄の供給源として鉄鋼製造工程において副産物として発生する鉄鋼(製鋼)スラグ、腐植物質の供給源として廃木材チップを嫌気性発酵させた堆肥を用いている。環境問題の解決と産業副産物等の有効利用という一石二鳥の効果を狙っていることが、大きな特長である。
この磯焼け回復技術の研究・実用化プロジェクトは、故定方正毅東京大学名誉教授によって始められた。磯焼けの原因として海水中の鉄イオンの不足に着目した定方名誉教授は、約10年前に磯焼け対策研究を開始した。その後、2003年より新日本製鐵(株)、(株)エコ・グリーン、西松建設(株)との共同研究へと発展し、基礎と実証の両面から研究が進められた。この共同研究を契機に、東京大学と上記企業が中心である「海の緑化研究会」が発足し、現在では産学が連携しての藻場再生(=「海の森」再生)プロジェクトを実施している。

北海道増毛町での実海域試験

■図1 施肥ユニットの設置方法
■図1 施肥ユニットの設置方法

本プロジェクトの転機となったのは、北海道増毛町における藻場再生実証試験である。この実証試験は、増毛漁業協同組合の協力のもと、2004年10月よりスタートした。試験場所となった増毛町舎熊海岸は、数百メートル以上にわたって勾配のほぼ等しい遠浅の海域であるため、効果をより定量的に評価するのに適した場所であった。
鉄鋼スラグと腐植物質を用いた磯焼け回復技術は非常に簡単で、鉄鋼スラグと腐植物質を体積比1:1で混合した施肥ユニットを図1のように海岸の汀線へと埋設するだけである。あとは、波や潮汐によってユニット中のフルボ酸鉄・フミン酸鉄が海水へと供給される仕組みである。基礎研究の積み重ねの末に行われたこの実証試験は、試験開始翌年の2005年6月には、図2のようにコンブをはじめとした大型海藻が繁茂し、海藻群落が再生する結果が得られた。実験においてはユニットを施肥した試験区のほかに何も施肥しない対照区を設置したが、両者の海藻湿重量の差は約230倍にも及んだ。また翌2006年も効果が増大し、再生した海藻群落の範囲はさらに広がった※4。この増毛町での実証試験は4年を経過したが、現在は効果の持続性評価を行う段階に入っている。
増毛町での実験成功を受けて、本技術を用いた藻場再生実証試験は、日本各地で行われるようになった。北海道内をはじめ、長崎県、三重県、和歌山県など、その数は現在では約20カ所を数えるに至っている。増毛町海域が、他の北海道日本海側(特に道南海域)に比較して、ウニの食圧が低いと見られることから、当初はウニの食圧が強い海域、さらには海藻種が異なる南方の海域などではその効果を疑問視する見方もあった。しかし、北海道せたな町での試験をはじめとして、長崎県大村湾における藻場再生実証試験でもその効果が確認されるなど、この技術の有効性・汎用性が確認され、日本全国、さらには世界各地での適用可能性が示されている。

実証試験前の海底  再生した海藻群落
■図2 北海道増毛町舎熊海岸
実証試験前の海底(左)と再生した海藻群落(右)。(写真3点とも:(株)渋谷潜水工業)<

今後の展望

本技術を用いるにあたっては、重金属類の海洋等に与える影響がよく指摘されるが、それらの問題はないことは確認している。今後も慎重に検討していく予定であるが、「海の森」再生に向けてのもう一つの課題は効果の継続性である。実証試験での継続性評価と合わせて、海水中微量鉄濃度のモニタリングをはじめとした、基礎研究に基づいた施肥ユニットの海域効果範囲の評価など、効果の継続性を意識した施肥方法の確立を現在検討中である。また長期的効果を目指す一方で、産業副産物等の有効利用の観点からは、ある一定期間で施肥ユニットの入れ換えを行うことは必ずしもデメリットとは言えない。したがって、施肥ユニット交換時期を含めた本技術の最適化を目指し、日本だけでなく世界各地の「海の森」再生へと貢献したいと考えている。
さらに大きな観点では、本技術は地球温暖化問題やエネルギー問題の解決に向けても大きく寄与できる可能性が大きい。鉄の散布によって海洋中の植物性プランクトンを増殖して二酸化炭素(CO2)を固定する方法が現在盛んに議論されているが、褐藻類のホンダワラはその生産力が熱帯雨林に匹敵するとされるなど、本技術による「『海の森』再生」がCO2固定効果に果たす役割は大きいと考えられる。また、海藻からバイオ燃料を生産する試み※5への展開の可能性も有しており、本技術は幅広い分野への貢献が可能であると考えられる。今後は特に地球温暖化問題解決への寄与を視野に入れながら、様々な分野の関係者と連携を行いながら、「『海の森』再生」プロジェクトを進めていきたいと考えている。(了)

※3 山本光夫ら, 日本エネルギー学会誌, 85 (2006) 971-978.
※4 木曽英滋ら, 第20 回海洋工学シンポジウム講演論文集, (2008)
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