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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第107号(2005.01.20 発行)

干潟漁業から得た里海構想

NPO法人盤州里海の会代表◆金萬(きんまん)智男

東京湾沿岸の歴史は海苔づくりとは切り離せない。
かつて東京湾ではアサクサノリの養殖が盛んで、沿岸のどこにでも天日干しの風景があった。
私たち盤州里海の会は、消えてしまったアサクサノリの復活計画などを通して、生き物も漁師も市民も共生できる「里海」の実現をめざしている。

1.東京湾の漁業と環境保全

私は東京湾の盤洲(ばんず)干潟であさり漁と海苔養殖で生計を立てています。

近年、市民の環境保全活動が盛んになり、「干潟は魚・旅鳥・底生動物が循環し大事な場所なので守ろう!」という声が上がっています。私たち漁師はそんな声が大きくなるにつれて「生き物と人間とどっちが大切なんだ?」と違和感を覚えますが、これも変な話だなと思います。「双方大切ではないか?」と。そこで、生き物も漁師も市民も共生できる「里海」を実現する目的で、2004年に「NPO法人盤州里海の会」を立ち上げました。

2.絶滅危惧種「アサクサノリ」

この会の設立に先駆け、私は「アサクサノリ復活計画」を進めてきました。アサクサノリとは、いま私たちが生産し、皆さんが食べている海苔とは違います。昭和40年代頃まで養殖されていたアマノリ属アサクサノリです。現在の海苔は全体の95-99%がスアマノリ属スサビノリと言われています。そもそもスサビノリは東京湾以南の海域には生息しない海苔ですが、三陸の海から移植された海苔網から色・艶・成長性が良く耐病害があるとして選抜され全国に広まったものです。生産者にとっては収入の安定を生み貢献しましたが、そのかわりにアサクサノリは食卓から消え、2000年の環境庁発行のレッドデータブックでは 絶滅危惧1類 と判断されています。

近年若い世代を中心に海苔を食べる食文化が減り「海苔離れ」と言われます。特に高齢者による「最近の海苔はまずくなったな」という声にはショックを受け、考えついたのが、昔養殖されていたアサクサノリです。「美味しかったと言われるアサクサノリが食べたい」という生産者の気持ちから、私はアサクサノリ復活の試験を始めたのです。

まず、アサクサノリの糸状体(種苗)については、千葉県立中央博物館分館「海の博物館」の菊地則雄氏が全国を回り熊本で採取したものを提供していただきましたが、1年目2年目と生産に失敗し、3年目は菊地氏とともに熊本天草まで調査に行き、生息する天然種の観察と採取を行いました。その後、「江戸前」アサクサノリ復活のために東京湾の多摩川汽水域にも同行してアマノリ属のサンプルを採取しましたが、その海苔がアサクサノリかどうか同定するにはまだ時間がかかる見込みです。しかし、多摩川の汽水域にアマノリの仲間が生息したことは大きな可能性を示しました。今後の菊地氏の研究に期待がかかるわけですが、近い将来には東京湾に残るアサクサノリの糸状体を採取して生産することも可能と感じています。

アサクサノリ採苗風景

さて、アサクサノリ復活計画は、4年目となる2004年に盤州里海の会へと移行し、6人の漁師のメンバーで養殖を試みてきました。9月25日の採苗から肉眼視まで順調に行きましたが、その後は次から次へと失敗の連続です。そんな中、メンバー井上通氏から、11月10日に「アサクサノリを生産した」と報告を受けました。やっとアサクサノリが東京湾で生産されました。まだデータの収集段階で、何が良くて何が悪かったのかは今後にまとめる予定ですが、アサクサノリが生産されたことは東京湾に明るい希望をもたらしてくれたと思います。東京湾から消えていったアマモ、アオギス、ハマグリ、シラウオその他多くの生物の復活にも道が開けてくると信じます。関係者が試食したところ「確かにスサビノリと違う食感と豊かな味と香りがある」ということでした。

3.天日干し

たくさんの子どもたちが参加した漁師体験学習会(2004年12月11日)

アサクサノリ復活の試みと並行して「美味しい海苔つくり」には天日で干す作業工程も必要と思い、昔ながらの台簀場による海苔干しの再現にもチャレンジ中です。2004年12月11、12日には、本格的に天日干しの海苔を作り多くの人に食べていただくという「江戸前伝統的漁師体験学習」を開催しました。アサクサノリを天日で干して七輪で炙って海苔巻きを作り食べる。究極の日本の食文化だと思います。私たちは伝統的風習継承、干潟環境学習、まちづくり、水産資源・環境研究もひとつにまとめた「里海の村」を作ろうと思います。天日干しの施設を作る用地と資金その他色々な難題もありますが、それを作るには私たちの漁場と東京湾で唯一ともいえる自然干潟を残す小櫃川(おびつがわ)河口干潟近辺に隣接した場所がベストと考えます。

4.里海と週末漁師

アサクサノリと天日干しからは「里海」が見えてきました。簡単に言えば人と生き物の共生。陸と海をつなげる場所と心。海苔は海で育てて陸で加工して乾海苔となります。現在は作業小屋の中で全自動乾燥機械を使って人知れず作られますが、その昔は東京湾の沿岸のどこでも見られた天日干しの風景があり、市民もその風景を眺めながら東京湾を感じることができたのです。

海には色々な権利があり、特に漁業権は祖先から受け継いだ漁師の権利です。それを継承する私たち漁師には海は日常のものであっても、一般の市民には遠い存在です。どうしたらもっと海の重要性を理解してもらえるのか、漁師と市民の利害が対立しない里海が実現しないものか?

たどり着いた答えは漁業権です。海を利用できる市民、守ろうとする市民に漁業権を与えられないものか 現在設定されている漁業権区内は無理としても、人工干潟で潮干狩りをする人たちに漁業権を与えてはどうか、と考えました。新しい干潟(漁場)には新しいルールを作り海に親しむ。週末漁師という考えです。普段はサラリーマンで休日は漁業を営む。組合を作り漁業権を持てるルールを作り、漁獲すると同時に出資、保全していく。当然組合の運営と浜の保全は週末漁師が行う。釣りには釣りに即した組合を立ち上げて漁業権を考える。

漁師と市民団体の反目は、お互い同じ目的でも対話がないことから起こります。同じ立場に立ってこそ合意形成が行われると思います。私たち漁師がNPO法人を作り環境再生活動を行うと同じように、市民による週末漁師が実現したらより良い東京湾へ生まれ変わると信じます。近い将来実現可能か皆さんで考えていただきたいと思います。(了)

●NPO法人盤州里海の会ホームページ http://www.satoumi.net/index.html

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