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笹川日中友好基金グループ

Solutions Journalism in Practice 002:

「東京を見たことがなければ、目指せない」 ー 東大の“関東ローカル化”に挑む学生団体と地方の進学校

茶話日和チーム


2026.11.05
16分

 私たち東京大学(以下、東大)の取材チームの4人 *1 は、全員が首都圏の高校出身だ。高校では学年の何十人もが東大を受験し、東大は「頑張れば手が届く進学先の一つ」として、ごく当たり前にそこにあった。

 東大に入ると、地方出身の友人が何人もできた。みんな面白く、活力があり、首都圏出身の学生とは違う魅力を持っていた。あくまで私たちの実感だが、首都圏の中高一貫校から東大に来た学生には、その後も無難な道を選ぶ安定志向の人が多いように見える。地方出身の友人たちは、それとは違う価値観で生きているように感じた。

 一方、私たちの周りでは、私たち自身の一部も含め、首都圏の中高一貫の男子校から大学受験専門の塾に通って東大に来た、いわゆる「量産型の東大理系」が多数派になっている。

量産型の東大生。進学を目指す層の偏り

 これはデータにも表れている。代々木ゼミナールの集計によると、2026年度の東大前期日程合格者のうち、関東(1都6県)の出身者は62.0%だった。関東以外の出身者の割合は、この20年で52.6%から38.1%に下がっている。東京大学の公式サイト「UTokyo FOCUS」に掲載されたFairWindの連載でも、関東出身者が過去15年で47%から59%に増えたことを取り上げ、「関東ローカルの大学になりつつある」と書かれている。

 一方で、関東の高校生は全国の約3分の1にすぎない。その割合はこの10年でほとんど変わっていない(学校基本調査)。少子化だけでは、この偏りは説明できない。

 さまざまな背景を持つ学友と出会える環境が失われつつあるなか、それをどうすれば取り戻せるのか。その手がかりを探すため、私たちは取材を始めた。
東大の地方別出身者の割合推移 *2

東大の地方別出身者の割合推移 *2

取材で見えてきた「見えない壁」

 取材したのは二つの現場だ。一つは東大の学生団体であり、地方と都市部の教育格差解消のために活動するFairWind。もう一つは、毎年10〜17人程度の東大合格者を出している三重県立四日市高校である(2026年は17人、大学通信調べ)。どちらも、地方の高校生と東大の距離を縮めようとしている。両者に地方の高校生が東大に進学しにくい要因を尋ねると、見えてきたのは、高校生の内側にある壁と、外側にある壁だった。

高校生の内側の壁 「思いつかない」「言い出せない」

 FairWindの副代表は、地方の高校生が東大を目指すまでのハードルは二段階あると話す。まず、選択肢として思いつかない。周りに目指す人がいないので、現実的な進路だと感じられない。次に、目指し始めても、どれくらい勉強すればよいのか、途中でどのくらいの成績が必要なのかが分からない。

 FairWindの企画に参加した高校生からは、こんな声も寄せられた。「結果を出していないのに夢を語っている、と思われるのが怖い」「本当は少し東大に行きたいけれど、目立ちたくない」。周りに反対されたり、自分で勝手に諦めたりすることもあり、その傾向は女子生徒で特に強いという。

 私たちは当初、原因は情報の不足だと考えていた。しかしFairWindは、オンライン塾や受験ブログが増えた今、受験勉強の情報の格差は「かなり緩和されている」という。それでも「東大に行こう」という最初の一歩が出てこない。FairWindのメンバーの言葉を借りれば、問題は地方の高校生が東大を「選ばない」ことではない。東大が「はじめから選択肢に入っていない」ことだ。
FairWindへのインタビュー

FairWindへのインタビュー

高校生の外側の壁 入試の変化と「東京」のイメージ

 四日市高校で進路指導に携わる教頭先生は、さらに外側の構造を指摘する。

 一つ目は、首都圏の入試傾向の変化だ。首都圏の難関私立大学は、系列校からの内部進学、指定校推薦、総合型選抜で、首都圏の比較的裕福な家庭の生徒を早い段階で確保している。首都圏では、いわゆる「年内入試」により、進路を手堅く決めている生徒が増加してきている。国公立大学の一般入試に関しても、共通テストでの教科・科目負担が増加したこともあり、中高一貫校などで早めに受験勉強に取り組もうとする傾向が強くなってきていると言われている。

 二つ目は、地方の高校に、集団で東大を目指す環境がないことである。こういった環境に置かれていることにより、高校生自身が「進学で東京に行く」というイメージを持ちにくい。さらに、地方の一部の家庭や先生に東京に対する偏見があることも影響している。

壁を越えるための二つの対応

FairWind 「普通の東大生」に会わせる

 FairWindは2009年に設立された東大の学生団体で、現在約250人が活動している。理念は「地方高校生に、追い風を」だ。長期休みに高校生を東大に招くキャンパスツアーや個別相談、メンバーが地方の高校へ出向く出張企画(一泊二日のものもある)、全国の東大志望者が集まる「全国高校生サミット」を開いている。週2回のメルマガや東大生の体験記などの発信も続けており、2025年からは、学校を通さずに生徒が直接申し込めるオンライン個別相談会も始めた。
FairWindの活動中の写真

FairWindの活動中の写真

 FairWindの活動の核にあるのは、東大生の「すごさ」ではなく「普通さ」を見せることだ。企画では、メンバーが高校時代に使っていたノートを展示する。何度も書き直した跡が残るノートからは、「東大生も最初から完璧ではなかった」ことが伝わる。個別相談は、学校では言いにくい「本当は少し東大に行きたい」という本音を話せる場になっている。山形での一泊二日の出張企画では、高校生との夜の相談会を通じて「東大生」という色眼鏡が外れ、普通の大学生として見てもらえるようになったという。企画後によく寄せられる感想は「東大生は宇宙人じゃないんだ」だ。

 活動の成果も出始めている。メンバーの約9割が地方出身で、4〜5割は高校時代からFairWindを知っていた。企画に参加した高校生が東大に合格し、今度は自分が後輩を迎える、という循環が生まれている。東大全体では東北出身者は約3%だが、FairWindでは約30%にのぼる。現代表も、同団体のメンバーと直接話したことはなかったが、メルマガに勇気づけられて東大を目指した一人だ。医学部しか考えていなかった生徒が、相談を通じて、医療に関わるほかの道に気づいた例もある。

 ただし、活動が参加者の進路をどれだけ変えたのかを示す体系的なデータは、まだない。

四日市高校 東京を「見せ」、集団で目指す

 四日市高校の対応は、学校が主体であるぶん、より踏み込んだものになっている。先生は毎年、高校1年生の約200人を東京へ連れて行く。目的は、東京を目指すという意識を持たせることだ。先生が特に意識しているのは、生徒の進路に対する視野の拡大である。「東京を見たことがないと、東京を目指すのは難しい」と先生は話す。

 進路指導の方針もはっきりしている。生徒には「地元だけにこだわるな。」と伝える。目指すのは、東大をはじめとする首都圏の国公立大学だ。自分の可能性に限界を設けず、より高い目標を持って絶えず広い視野で進路を考えてほしいと指導している。その結果、東大をはじめとする難関大の合格者が多数出る一方で、浪人を選択する生徒も少なくないのが現状である。

 先生が東大をはじめ、難関大を勧める理由は明快だ。例えば科研費(科学研究費助成事業)で考えても、東大は科研費の配分額が最も多い大学で、学生にとって最も恵まれた学習環境である。行ける実力があるのに、それを選ばないのはもったいない。東大を目指して届かなかった生徒も、京都大学や名古屋大学などの難関大を目指すという。

 四日市高校から毎年10人以上が東大に合格する理由を、先生は「東大をはじめとした、高い進路目標を目指す集団作りを大切にしているからだ」と説明する。FairWindの全国高校生サミットが外から仲間をつくろうとしているのに対し、四日市高校は校内にその集団をつくっている。

二つの現場を重ねて見えたこと

 FairWindと四日市高校は、立場も手法も違う。それでも、二つの取材を重ねると、共通する答えが見えてくる。

  一つは、東大生や東京に「実際に触れたことがあるか」が大切だということだ。FairWindは東大生を地方の高校へ連れて行き、四日市高校は生徒を東京へ連れて行く。アプローチは違うが、どちらも、ネット上の情報ではなく、実物に触れる体験を重視している。

 もう一つは、「一緒に東大を目指す仲間がいるか」だ。四日市高校の合格実績の背景には校内の多くの集団があり、FairWindのサミットや、東大合格者が後輩を迎える循環も、仲間をつくる仕組みになっている。

 振り返れば、首都圏で育った私たちは、この二つを最初から持っていた。東京の風景は「日常」であり、中高一貫の進学校には東大を受ける同級生が何十人もいた。私たちにとっての「当たり前」は、努力して手に入れたものというより、環境が用意してくれたものだった。人類学者のアルジュン・アパドゥライは、将来を思い描き、それに向かう力を「願望する力(capacity to aspire)」と呼び、この力そのものが社会の中で不平等に分布していると論じた(Appadurai, 2004)。地方と首都圏の格差は、情報の格差から、この「願望する力」の格差へと形を変えているのかもしれない。

 二つの現場の違いも見えてきた。FairWindは、東大生の普通さを見せて心理的な距離を縮める。四日市高校は、「実力があるのにもったいない」と生徒の期待水準を引き上げる。前者は「自分にもできるかもしれない」と思わせ、後者は「自分はもっと上を目指していい」と思わせる。地方の高校生が東大を選択肢に入れるには、この両方が必要なのだろう。

届かない場所と、変えられない構造

 ただし、どちらの取り組みにも限界がある。FairWindの活動が届くのは、東大のオープンキャンパスに来た人や「東大」と検索した人など、すでに東大進学に少し関心がある層だ。申し込みはトップ校が中心で、中堅校とは接点をつくりにくい。団体にはスポンサーもおらず、広報活動には限りがある。

 四日市高校の取り組みは、東大を目指す集団を校内でつくれる県内のトップ校だからこそ成り立つ面がある。潜在的な東大志望者が学年に数人しかいない高校で、同じことを再現するのは難しい。そうした学校にこそFairWindが入り込んでいるという意味で、両者は補い合っている。しかし、どちらの手も届かない学校は、まだ多く残っている。

 さらに大きいのは、構造の問題だ。首都圏の私大が早期に入学者を確保する入試の仕組み、中高一貫校の広がりと受験の早期化、男女で期待される学歴の違い。学生団体や一つの高校が変えられるものではない。

 もう一つ、見落とせない点がある。地方の先生自身が「結局、東京に行ったら戻ってこない人が多い」と認めていることだ。地方の高校生が東京に出ることは、地元にとっては若い人材の流出でもある。

「選べる」場所を広げるために

 断っておきたいのは、私たちが地方の高校生がみな東大を目指すべきだと言いたいわけではないことだ。地元の国立大学で学ぶことも、地元の医学部で地域医療を担うことも、立派な選択である。比べたうえで別の道を選ぶのと、比べる前に道が一本しか見えていないのとでは、意味がまったく違う。FairWindと四日市高校が取り組んでいるのは、その「比べる」ための土台をつくることだった。

  冒頭の「量産型」という言葉に戻りたい。東大を同じような背景の学生ばかりにしないために必要なのは、地方の高校生を無理に東京へ連れてくることではない。生まれた場所にかかわらず、東大やその他の大学を選ぶかどうかを自分で決められる高校生を増やすことだ。それは地方の高校生のためだけではなく、同質化した教室で学んでいる私たち首都圏出身者のためでもある。

茶話日和チームメンバー
安孫子リク、藤原佳穂里、中村直、梶村竜暉

取材先
FairWind:https://www.fairwind-ut.com
三重県立四日市高等学校

参考文献・注
*1 4人中3人が東大、1人が首都圏国立大学
*2 一般選抜の出身校所在地別合格者数の割合、関東以外には高等学校卒業程度認定試験等を含む
東京大学「関東ローカルの大学になりつつある 東大の現状.7|FairWind」UTokyo FOCUS(2025年5月20日)https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00332.html
Appadurai, A. (2004). The Capacity to Aspire: Culture and the Terms of Recognition. In V. Rao & M. Walton (Eds.), Culture and Public Action (pp. 59–84). Stanford University Press.

本取材記事は、第9回日中未来創発フォーラムにおける「ソリューションジャーナリズムの実践」の成果として制作されました。日中の若者たちが混合チームを組み、社会課題の解決に挑む人々や現場を取材し、その成果をまとめたものです。
笹川日中友好基金グループ 北東アジア地域
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