【定点観測・アメリカ大統領選】BS11の特別番組第3回 「トランプ氏返り咲きで東アジアの安全保障は?」が放送されました(11月10日放送)
出演は兼原信克常務理事、泉裕泰、山崎幸二両上席フェロー、キャスターは上野愛奈さんです
「新しい男性の役割に関する調査報告書」について
当財団の掲げる5つの重点目標の1つに「女性のエンパワメント」があります。ジェンダー平等社会を実現するため、アジア事業グループでは社会における男の役割について2016年から調査研究を進めてきました。日本国内の5地域(東京、東北、北陸、九州、沖縄)と東アジアの4都市(ソウル、台北、上海、香港)に住む20代~60代の男性約9,000名を対象に、アンケートと現地調査を行い、その成果を「新しい男性の役割に関する調査報告書-男女共同参画(ジェンダー平等)社会に向けてー※」にまとめました。
その結果、すべての都市に共通して「職場において差別的な女性観をもつ男性や、配偶者の収入が高い男性は、家事頻度が高い」という結果が出ました。
植田晃博研究員
パネル講演会では、財団の植田晃博研究員がモデレーターを務め、多賀太教授(関西大学)と伊藤公雄客員教授(京都産業大学)、石井クンツ昌子教授(お茶の水女子大学)が講演を行いました。
植田氏が「報告書が追求した課題は『男は変われるのか』ということ。男らしさ、男性性を見つめ直すきっかけになれば」と述べ、パネルディスカッションを始めました。
伊藤公雄客員教授
伊藤氏は、「男らしさ」には文化等によって差があるものの、競争に勝ちたいという「優越志向」、たくさんのものを持ちたい、それを自分の管理下でコントロールしたいという「所有志向』、そして自分の意思を他人に押し付けたいという「権力志向』の3つは多くの男性が持っている傾向であり、それらの傾向がジェンダー平等の大きな妨げになっていると指摘。
同氏は、世界的に見ても男性の自殺率が女性の自殺率を大きく上回ることを例に挙げ、「男らしさに縛られて弱音を吐けない、悩みを相談できない男性は、感情を押し殺して無理をしないといけない。そこから少しずつ抜けていくことが社会の風通しをよくし、女性の社会参加を促して、男性自身も生きやすくする」と強調しました。
研究会で座長を務める、多賀太教授
多賀氏も、「性別によるギャップが少しずつ縮んできてはいるが、日本は確固とした男性優位の社会。それなのに女性だけでなく、優位なはずの男性にとっても生きづらい」と考察しました。「男性は小さい時から、弱みを見せるな、負けるな、たくさん稼げ、などの期待を背負わされて育てられ、生きづらさを抱えている。そういった理想像に当てはまる人ばかりではない中で、『男だから』とプレッシャーを押し付けられている」と述べました。
同氏によれば、昨今男性も家事や育児を担うことが期待されるようになってきているものの、それによって従来男性に期待されてきた稼ぎ手としての役割や、プレッシャーが減ることにはつながっていない。「男性が家事育児をするようになっても、仕事の負担は減らない。それは仕事の場を男性が牛耳り続けているということでもあり、女性の地位向上につながらないのです」。
また、男性が抱える生きづらさ等が、ドメスティック・バイオレンス(DV)やセクハラ、パワハラ等の暴力につながっていると多賀氏は指摘し、「既存の男らしさに縛られる男性が、暴力という形でより弱いものに(生きづらさや悩みを)向けてしまう」と述べました。従来、加害者と被害者という視点だけで語られることの多かったDVの問題ですが、「自分は暴力を振るわないが、傍観してきた多くの男性が動くことで(社会が)変わっていく」と同氏は訴えました。
調査の末に見えてきたのは、既婚で子どもがいる男性の家事参加を高める要因は、調査した全都市で「職場の女性観が差別的であること」「配偶者の収入が高いこと」という結果でした。
これについて多賀氏は、女性のすることとされてきた家事や育児を男性もするようになったものの、旧来の「男らしい」やり方で取り組んでいるのではないかと提起。「競争に勝つことが男らしいとされる社会では、男性は競争意識が高くなる。仕事でも家事でも周りに負けたくないと思っているのでは」と分析しました。
一方でそうした男性は、女性は家庭に入るものだから職場では手伝い程度でいいと考えるような男性と比べると、「女性をある種、対等な競争相手、自分を脅かす存在と見ているのかもしれない。対等に見つつも、女性より優位に立ちたいという屈折した気持ちがある」と同氏は評しました。
石井クンツ昌子教授
また石井氏からは、「男性は自分の家事育児頻度について過大評価し、女性は男性の家事育児頻度について過小評価する傾向にある」と説明がありました。今回の調査は男性のみがアンケートに回答しており、家事育児に参加しているという男性の考えは、必ずしも配偶者等の認識と一致しているとはいえない可能性もあります。
調査報告書によると、東京、ソウル、台北では「末子の年齢が低いこと」が育児への参加の主な要因となっています。男性の年齢が低いことや、職場の女性観が差別的であること、性別役割分担意識が伝統的でないことも一部の都市では育児参加を促している要因と認められました。
父親の家事育児について長年研究をしてきた石井氏は、子育ての環境が東アジアの5都市で異なっていることを指摘。「公的子育て支援が充実している都市もあれば、夫婦以外の第三者が育児を担っているところもある。対して日本では、男性の家事育児や介護を議論する場合、夫婦間、または同居家族間のみで考えないといけない」と述べ、育児や家事における社会的・文化的な要素も考慮して調査を進めていく必要があると、今後の課題を述べました。
パネルディスカッションに臨む研究会メンバー
講演会のタイトルにもなったシェア、ケア、フェアについて、男性が変化していくためのキーワードと研究会では位置付けています。さまざまな活動において、責任と利益を女性と男性が分かち合うこと(シェア)、他者をいたわり、また、自分自身を大切にすること、助けが必要な時は素直に受け入れること(ケア)、そしてまた、あらゆる人々と対等な関係を築いていくとこと(フェア)を意味しています。
多賀氏は「フェア」について、男性はフラットな人間同士の関係が苦手で、すぐ上下関係を作りたがる傾向があり、それが暴力やハラスメントにもつながっていると指摘しました。また、「ケア」については男が廃れる、などと言わずに、困ったときは素直に、そして感謝の気持ちをもって助けを受け入れましょう」と呼びかけました。
発言する斉藤氏。質疑応答では多数の質問が寄せられた
講演会の後半は質疑応答が行われました。DVや性犯罪の加害者の行動変容プログラムに約15年関わってきた、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏(大森榎本クリニック)から、DVや性暴力の本質には、加害男性の根底にある「他者から存在価値を否定される恐れ」という感情を防衛する形で、問題行動につながっている側面がある、とコメントがありました。そのうえで、「弱音を吐くにも、何らかのメリットがないと男性は弱音を吐かない。弱さを開示することで人とつながり、誰かの役に立つという実感があれば、男性も弱音を吐けるようになるのではないか」と、豊富な臨床経験に基づいた意見がありました。
その他、「少子化に対して男らしさはどのような影響を与えているのか」「性別以外の差別に注目した研究もあるのでは」などの質問が出ました。それに対して伊藤氏は、「男性の家事育児への参加が少ないことは少子化につながる。少子化の進んでいる東アジアでは性別役割分担の意識が強く、女性の社会参加は遅れており、男性の家事・育児への参加も低い。公的な家族支援がなく、福祉は家族内で担うため、女性の家事負担が大きい。」と回答しました。また、多賀氏からは「男女の平均を取ると歴然とした違いがある。同性内の多様性や差別にも目配りしながら、性別による差がある現状を変えていきたい」と述べました。
研究会は、今回の調査研究をもとに、政府や地方自治体に男性の新しいあり方に関する政策提言をしていきたいとしています。調査の対象地域を東アジアから東南アジアにまで広げ、現地の専門家等とも協力して各地の男性事情をより詳細に調査し、第5次男女共同参画基本計画をはじめ、日本国内外で効果的な男性政策の提言を目指していきます。
※ 調査報告書は以下から御覧いただけます。
日本および東アジアの男性性に関する調査報告
~職場において差別的な女性観をもつ男性の方が、家事頻度が高い?~
https://www.spf.org/asia-islam/publications/20190726.html