政治に広がるSNSの影響力 ―東南アジアと日本の有識者が語る各国事例
笹川平和財団の第1グループ(戦略対話・交流促進)は、2025年3月6日、戦略対話・交流プログラムの一環として「東南アジア諸国と日本の政治におけるSNSの普及と民主主義の変化」と題したオンラインイベントを開催しました。本イベントでは、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、日本における選挙に対するSNSの影響について、5名の専門家による発表をもとに議論が行われました。
アニス・バスウェダン氏が語るジャカルタの未来「ニューフェース」
バスウェダン氏が当財団で講演を行うのは2度目です。知事就任(2017年10月)を約3か月後に控えた7月、当財団の「アジアの平和と安定化事業グループ(現アジア事業グループ)」の招待に応じて来日、新知事としての抱負を語りました。今回はバスウェダン氏が、東京都が議長都市になった「Urban 20メイヤーズ・サミット」に出席するため来日した機会に、就任以来この2年間の成果と、2022年までの残された任期の目標について解説していただきました。
講演の冒頭、インドネシアの最大都市ジャカルタで急速に広がる不平等と格差、その他の社会・経済問題などに言及し、これらの課題を解決する意欲的な政策提言を提示しました。さらに、多くの分野で進展が見られるものの、300万人以上の市民が、ひと月あたり100万ルピア(約7600円)またはそれ以下で暮らし、およそ40%の市民が水道水を使用できない首都の現状についても解説しました。
バスウェダン氏は「すべての市民が生活の基本的なインフラを利用できるようにすることが優先課題です」と述べたあと、「マイクロインフラ」と名付けた、家計水準の大幅な引き上げが必要だと訴えました。
世帯レベルでの基本的なインフラの欠如は、ジャカルタ在住の低所得者・貧困層に大変な悪影響を与えており「貧困は高くつくということです。このことが基本的な課題です」と指摘しました。
具体的な例として、水道がない低所得者層は、ボトル入りの水を買わねばならず、浄水設備を備えたアパートの住民より、6倍近い費用を負担しなければなりません。
このような格差是正を目指して、バスウェイダン氏は、2030年までに「市民すべてに清浄水の供給を保証する」「60万戸の新しい住宅を建設する」ことなど、重点目標の概略を説明しました。
首都ジャカルタの現状と課題を語るバスウェダン氏
バスウェダン氏は、ジャカルタの慢性的な交通渋滞問題にも取り組んでいます。通勤者の公共交通機関へのアクセスが難しいことが、交通渋滞の最大の要因であり、これは「ファーストマイル、ラストマイル」問題と呼ばれています。
ジャカルタの渋滞は、年間約100兆ルピア(約7600億円)の経済損失をもたらしていると推定されています。市では1000万の人口を上回る推定1300万台の自動車等が使用されています。通勤と帰宅に自動車とバイクを併用する者が多く、たとえば家から最寄り駅まで自動車で行き、到着駅から勤務先まではオートバイで渋滞をすり抜けるといった具合です。ジャカルタでは駐車場は満杯、あふれんばかりの路上駐車で、頭痛の種です。
バスウェダン氏はこうした状況を打破すべく、住民の95%が自宅から500メートル以内で、公共交通機関を利用できるようにするつもりであることを明らかにしました。そして、この目標を実現するための政策として、2030年までに、新たに開通した地下鉄のジャカルタ都市高速鉄道(MRT)を、現在の16キロメートルから231キロメートルに延長することや、市内全域にバス、モノレール、軽量の新型路面電車網を整備する計画を語りました。すでに市内で運行している11の地方公共交通機関各社が、相互乗り入れの円滑化を図る方針を継続しています。
加えて、ジャカルタ都市開発計画の再考を通じて、自家用車や公共交通機関による通勤・通学者よりも、歩行者や自転車利用に関するプロジェクトを優先するよう提案しています。
バスウェイダン氏は、個人レベルの公共交通機関へのアクセスが充実すれば、通勤時間の短縮だけでなく、スペースの共有を通じて、異なる階層の市民間の壁を取り払うことにつながると期待しています。「MRTは社会統合のツールです。あなたが会社でどのポジションにいようとも、MRTに乗車すれば、乗客は全て平等なのです」と論じました。
インフラ開発支援における日本の役割にも触れ、特に2019年3月に開通したジャカルタ初のMRT、地下鉄建設でのパートナーシップを強調しました。しかし一方で、中国から高まる投資に対する競争力を持続するには、日本企業の場合、計画手続きに時間がかかりすぎることに苦言を呈しました。
「日本の品質は素晴らしい。しかし計画プロセスに時間がかかる帰来があります。中国は日本に比べて質は落ちるが、動きが早い。政治の世界では、選挙が近づいてくれば、素早く行動しなければならない。進捗があることを市民に示さなければならないのです」
質疑応答では過激主義が勃興した原因、ジョコ・ウィドド大統領のジャカルタ首都移転計画、インドネシアのデジタル環境の変貌など、会場からの様々な質問に回答しました。
会場からの質問に答えて
過激主義に対して「暴力に訴える攻撃やテロリズムの多くは、長年にわたって看過されてきた個人や団体の不平等感に起因しています」と論じ、ジャカルタの場合は、①社会制度の恩恵を受けられない階層に雇用のチャンスを広げる②一方的な意見だけを鵜呑みにしない批判的思考に重点を置く教育環境を整備する③政府や行政に対して、不満や意見を表明できる制度を創出する―ことによって、過激主義を食い止められると主張しました。
政治家としての将来についてバスウェダン氏は、大統領選出馬の可能性を聞かれると自動車の運転を引き合いに出し、「運転時に、交差点のずっと手前からウィンカーを出しっぱなしにしていても、誰も気に留めないでしょう。2022年までの任期を全うして、市民に約束したすべての政策を施行するつもりです。先のことはそのときに考えます」と話し、明確な回答を避けました。