Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第539号(2023.01.20発行)

海洋観測機器の開発と普及を目指して

[KEYWORDS]技術開発/社会実装/ベンチャー企業
(同)オフショアテクノロジーズ代表社員◆渡 健介

地球温暖化への適応が喫緊の課題となっている現在、海洋観測の重要性が高まっている。
しかしながら、国内の海洋技術開発の分野が活況であるとは言い難い。
本稿では、(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)で観測機器の設計開発を担当する中で、開発した技術を社会の中で活かしたいと考え、ベンチャー企業を立ち上げた経験を通して描いてきた、海洋観測機器のひとつの方向性や、技術開発の在り方について述べる。

海洋観測機器開発の現状と起業という選択

海洋観測機器の開発には、特有の難しさがある。海洋という特殊な環境、つまり、波や流れ、水圧、塩水といった環境の中で正常に機能することが求められるが、そのための技術開発もさることながら、その環境を再現することが難しく室内実験では十分な検証をしづらい。そのため、実海域で実験を行うことになるが、実験の実施自体にノウハウの蓄積が必要であり、また、使用する船舶等のコストもかかる。天候にも左右され、実験機会が限定されることも多い。さらには、海で使用するセンサーは長期間の評価が必要で、10年以上にわたって開発を継続して初めて形になるということが少なくない。これらの事情から、参入障壁が高く、また市場規模が小さいという現状と相まって新規の参入企業が少ない。
筆者は、(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)にて、海洋観測用のセンサーを中心とした観測機器の開発に携わる中で、自分の開発した機器を限られた研究者のみが使うツールにとどめておくのではなく、製品化し、社会の中で役立てたいと考えてきた。ところが、日本の大学や研究機関で行われている海洋研究開発の成果が製品化された事例は数少ない。これには国内市場規模の小ささ、商品化の難しさ、規制や慣習による開発活動の難しさ、設計開発人材の減少など、いくつもの要因が考えられ、企業には企業の事情がある中で、専門性の高い機器の商品価値を見出してもらうことは、そう簡単ではない。そこで、自らで製品化まで行うという選択肢を考えた。既存企業への技術移転は難しいが、社会実装を目指して地道な開発を続けなければ、人材の育成や業界の隆盛は望めない。このジレンマを解決する制度として、多くの国立研究開発法人には、その知的財産を利用したベンチャー企業支援がある。JAMSTECのそれを活用して起業することは、海外の事例を見るに、見込みがあると考えられた。

観測の自動化、観測機器の小型化による海洋観測機器の普及

2018年、JAMSTECのエンジニアである杉本文孝氏と共同で合同会社オフショアテクノロジーズを立ち上げた。JAMSTECでの研究開発活動の中で生み出した知的財産を利用して機器開発を行うテックベンチャーである。ベンチャー支援制度により、知的財産の利用について優遇措置が受けられることは会社立ち上げの後押しとなった。
目指したのは、JAMSTECで開発してきた地球環境変動研究のためのセンサーやプラットフォームをより汎用化し、多くの人に使ってもらえるようにすることと、観測の自動化を推進することである。これらによって地球環境変動研究が加速されることが、開発した技術が社会に貢献できる道だと考えた。
海洋観測の重要性が増す一方で、現在行われている観測にはたくさんの人手とコストがかかることが多く、その維持が困難になりつつある。今後発展させなくてはならない観測が、人手不足によって縮小してしまうことを避けるため、できるだけ人の手がかからない自律観測機器によるデータ取得を推進する必要がある。これに加え、機器の小型軽量化がカギを握ると考えている。海洋環境の変化を捉えるにはより多くの観測が必要だが、機器が小型になれば、大型の研究船ではなく小型船舶での観測も可能となるし、さまざまなプラットフォームに取り付ける等、観測機会が増えることが期待される。実際、筆者たちの機器の試験にはプレジャーボートを用いているが、片手で持ち上げられるセンサーや、一人で取り扱える観測フロートなら、それで十分観測が行える。海を利用する人、例えば釣りを楽しむ人が、その合間に海洋観測をするのが当たり前、そんな世の中が理想かもしれない。
そして近い将来には、地球環境変動研究だけでなく、培った技術を漁業など幅広い分野の課題解決のために発展させたいと考えている。

合同会社オフショアテクノロジーズが目指す姿を表したイラスト。小型・軽量で使いやすい観測機器の普及、自動観測の推進により、海のわずかな変化をいつでもどこでも見ることができ、より身近に海や地球を感じ、環境変動に関心が高まる社会を描いた。
https://www.offshore-technologies.com/

海洋技術開発の未来のために

CTDセンサーの試験の様子。プレジャーボートで出かけ、釣り竿を利用して機器を水中に投入。

技術者として技術開発目標を設定することは難しくなかったが、会社の経営は初めてのことで、創業から現在に至るまで苦難の連続であった。立ち上げから4年半、多くの方に支えられ、少しずつ仲間も増え、在りたいと思う会社の姿にようやく近づいてきたように思う。
この経験を通じて、組織を運営するという観点から、技術開発の場としての会社のあるべき姿を考えてきた。そして出した答えは、小さくても楽しく、アイデアを形にできる会社であることである。昨今の日本の技術開発は、短期間で大きな目標を掲げ過ぎる傾向があると感じており、設計開発するエンジニアたちの疲弊を招いていることを懸念している。オフショアテクノロジーズは、機器を使用する研究者と会話し、研究の現場を見て、自ら課題を見つけ、解決することで、エンジニアのスキル、モチベーションの向上を図り、そのことがより良いアイデアの創出に繋がるという好循環を生み出すことを目指している。
現在は、JAMSTECで開発した海中の塩分・水温・水深を測るCTDセンサーおよびそれを搭載したプロファイルフロートの改良や、また、現場濾過装置などの開発を行っている。これらの機器は、研究者との会話の中からアイデアが生まれたものだが、開発を進めた結果、機能や使い勝手の面で研究者の想像を上回るものに仕上がることもある。それは、実際に使用している現場を知っているからこそ、潜在的なニーズを把握できているからだと思う。それが形になって、開発した機器が研究活動の戦力となりつつあるのは、嬉しいことである。
いちベンチャー企業ができることは、社会全体から見たら限りなく小さいことかもしれないが、海洋技術開発の在り方や人材育成に、ほんのわずかでも変革を起こせないかと、まずは自分の足元から理想とする形を創り出すべく模索している。こういった活動が増えることが、技術開発力の底上げ、ひいては社会貢献になると信じ、日々の活動にまい進していきたい。(了)

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