Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第545号(2023.04.20発行)

南極の海をめぐる国際ガバナンスの将来~2026年日本開催の会議に向けて~

[KEYWORDS]南極条約/協議国会議/バイオプロスペクティング
神戸大学教授、極域協力研究センター(PCRC)センター長◆柴田明穂

2026年春に日本は南極ガバナンスの最重要会議、南極条約協議国会議(ATCM)をホストする。
地政学的状況が大きく変化し、国際社会における法の支配が揺らぐなか、ホスト国日本にとってこの会議は、南極ガバナンスでリーダーシップを発揮する重要な機会になる。南極条約の下での「海」をめぐるガバナンス上の課題は多く、南極バイオプロスペクティングや観光活動への対応、責任附属書の発効などで、日本のリーダーシップが期待される。

南極ガバナンスと日本:2026年日本開催の南極協議国会議

南極条約の下で国際ガバナンスを担う最重要会議、南極条約協議国会議(ATCM)第48回が2026年春に日本で開催される。ATCMは、南極に観測隊を派遣するなど、南極に実質的な利益があることを証明した「協議国」(55の条約締約国のうちの29カ国)の国名アルファベット順に毎年開催され、前回1994年京都会合から実に30年以上振りの日本開催となる。地政学的状況が大きく変化し、国際社会における法の支配が揺らぐなか、ホスト国日本にとってこの会議は、南極ガバナンスでリーダーシップを発揮する重要な機会になる。南極大陸を囲む南太洋は、「自由で開かれたインド太平洋」と接続する海域でもある。2026年ATCMは、南極捕鯨撤退後の日本の南極戦略を国内外に示すことができる、貴重な機会にもなりそうである。

南極条約における「海」の取り扱い

1959年南極条約は、米ソ冷戦の真っ只中において、南極に領土主張をする7つの国とそれを認めない国との間の意見の不一致をそのままにして、南極大陸全体を非軍事化・非核化し、科学的調査活動のために開放して、国際協力を可能にした画期的な条約である。日本は、アジアで唯一、条約の原署名12カ国の1つに名を連ねる。1991年に追加された環境保護に関する南極条約議定書(南極環境保護議定書)によって、南緯60度以南の全域が「平和及び科学に貢献する自然保護地域」に指定された。
南極条約は、南緯60度以南の地域に適用され(第6条)、海域にも適用がある。ただ、同地域の公海に関する国際法に基づくいずれの国の権利行使に影響を及ぼさないと定める。この規定をめぐっては、南太洋のどの海域が「公海」と言えるのか、南極大陸に領土主張がなされていることを否定しない南極条約の下で、大陸に接続する領海やEEZ、大陸棚は存在せず、南太洋全域が「公海」であるとの前提に立てるのか。南極への領土主張を維持する7つのクレイマント国(英、ノルウェー、仏、豪、NZ、チリ、アルゼンチン)とそれを認めないノンクレイマント国との意見は一致しない。また、南極条約で留保されている公海の権利の中身についても、航行の自由、漁獲の自由、科学的調査の自由など、公海における国家の国際法上の権利と義務は、国際慣習法、国連海洋法条約とその関連協定、国際海事機関関連条約などによって具体化され制限されてきている。南極条約締約国とこれら他の海洋海事関連条約の締約国とが完全に一致しないこともある。
こうして、南極条約の下での「海」に関わるガバナンスは、南極条約同様にクレイマント国とノンクレイマント国の両方の利益をバランスさせ、南極の海で活動する国々が加盟する特別の国際法制度によって規律する必要が生じる。具体的には、1972年南極アザラシ保存条約、1980年南極海洋生物資源保存条約(CCAMLR)、南極環境保護議定書、特に海洋汚染防止に関する附属書IVと特別保護地区等に関する附属書Vである。附属書Vは、環境上、科学上その他南極の顕著な価値を保護するために、海域が含まれている場合はCCAMLR委員会の事前承認を条件として、協議国の全会一致で南極特別保護地区を指定できると規定する。特別保護地区への立ち入りは、国際的に承認された管理計画に基づいて事前の許可書がある場合にのみ認められるので、強力な南極海洋環境保護の手段になり得る。また、南極観光船の活動を規制する義務的措置もATCMの下で採択されているが、関係協議国の承認が得られず発効していない。ATCMでもCCAMLR委員会でも、全会一致制が採用されていることが南極ガバナンスの特徴であり、また関係国の実質的利害をとことん調整することは重要でもあるが、最近では中国やロシアによる理由が十分説得的ではない反対に遭って必要な規制が採択できないなど、ガバナンス上の課題にもなっている。

2026年ATCMにむけた南極の海をめぐるガバナンス上の課題

アデリーペンギンと海氷が流出した南極の海(昭和基地付近「水くくり浦」にて、2017年1月筆者撮影)

南極の海洋生物資源及び鉱物資源への開発圧力を、気候変動下における南太洋においてどのように適切に管理していくか、2026年に向けて引き続き重要な課題である。南極海洋生物資源の国際的管理は主にCCAMLRが担うが、この数年来、中国とロシアがCCAMLRの下での海洋保護区の設定に執拗に反対している。また、2022年ドイツでのATCMでは、南極の陸と氷と海を行き来するコウテイペンギンを南極環境保護議定書の下で南極特別保護種に指定しようとする提案にも、中国が反対して廃案になった。中国の反対の理由は必ずしも明らかではないが、コウテイペンギンの生息海域にCCAMLRの下での海洋保護区が含まれていることもあり、CCAMLRとATCMは、南極ガバナンスにおいては統合的に検討されなければならない。
南極に生息する希少生物から得られる有用な化学物質ないし遺伝資源の探査活動は、南極バイオプロスペクティングと呼ばれ、そうした活動が商業目的で行われる場合の国際的規制の可否と利益配分の問題は20年以上にわたってATCMで議論されているが、協議国の利害が絡み先送りされてきた。2023年3月に妥結した国家管轄権外区域における海洋生物多様性(BBNJ)新条約の成立は、南極条約としての特別の対応を具体的に検討する契機になるかもしれない。
南極環境保護議定書により、南極鉱物資源活動は、科学的調査を除いて、禁止されている。最近、ロシアの海洋地質調査船による広範な南極海域での「石油やガスの埋蔵量を含む地質調査」が物議を醸している。科学的調査と商業的資源概査(1988年に一旦妥結しその後批准が得られず発効していない南極鉱物資源活動規制条約でいう「プロスペクティング」活動)との区別は実際には難しいが、南極条約第3条に規定するように、科学的調査であるならばその結果を他の条約締約国と交換しなければならない。しかし、一部の南極条約締約国は、南太洋での海洋の科学的調査は南極条約第6条で留保された自由であり、第3条の情報交換義務の適用外であると主張する。南極ガバナンスの基本が南極活動の透明性を高めることであるならば、第3条の情報交換規定や南極環境保護議定書附属書Iの環境影響評価手続などを積極的に活用して、活動国に説明責任を果たすよう求めることも重要であろう。
新型コロナ感染症の世界的流行前は年間7万人であった南極観光客の数が、2022~23年シーズンには10万人を越える見込みである。南極観光の大半が観光船やクルーズヨットなどで大陸にアクセスしており、南極の海での海難事故、船舶起因の海洋汚染、観光活動による南極環境影響や科学活動への支障などへの対応が、引き続きATCMの課題である。観光船を含む南極活動から生じる環境上の緊急事態への対応措置と費用償還義務を定めた南極環境保護議定書附属書VI(南極責任附属書)は、長い交渉の末2005年に採択されたものの、あと9協議国の承認が得られていないために未だに効力を生じていない。日本、中国、韓国、インドのアジア勢は軒並み未承認である。日本のリーダーシップに期待したい。(了)

  1. 参考YouTube動画:「南極条約60年と日本、そして未来へ」 https://polarresearch.org/60antarctictreaty.org/

第545号(2023.04.20発行)のその他の記事

ページトップ