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オーシャンニュースレター

第523号(2022.05.20発行)

山梨県における棘皮動物を題材とした海洋教育

[KEYWORDS]山梨県/棘皮動物/五放射相称
山梨大学大学院総合研究部医学域基礎医学系解剖学講座構造生物学教室特任助教◆塙 宗継

山梨県には海はないが、鮑の煮貝が名産品となっていることや海産物の消費量が多いことから食文化を通じて海との結びつきが強い地域である。
本稿では、「寿司ネタのうにはウニのどの部分だろう?」という問いかけから始まり、棘皮動物の特徴である五放射相称を自身の手で検証する、山梨県における海洋教育活動を紹介する。

山梨県における海洋教育活動の発端

筆者は元々、研究で海洋生物を扱ってきた背景もあり、縁あって2018年から山梨県内の私立大学で臨海実習の講師を担当してきたが、実習に参加するほとんどの学生が山梨県出身であり、そのなかには海に入ったことが一度もない学生もいた。実習後に参加者からは山梨県内では海に関して学習する機会が少なく、県内で海の生き物に触れる機会が欲しいとする内容のフィードバックを受けたこともあり、その実現のために山梨県生涯教育課ならびに山梨県立科学館に相談させていただき、山梨県立科学館の主催する社会貢献事業のひとつとして、2020年度より本海洋教育活動を実施する運びとなった。また、筆者が医学部解剖学講座に所属していることもあり、臨海実習のプログラムには生物の多様性の中にも共通性があることを解剖学的に検証する時間を設けており、本海洋教育活動である「解剖でわかる海洋生物」の基になっている。

海の幸を好む山梨県民であるが

山梨県は全国に8県存在する「海なし県」の一つに数えられるが、県庁所在市である甲府市のまぐろに対する一世帯あたりの年間支出金額および消費量はいずれも静岡市に次いで全国2位となっている※1。また、外食における寿司に対する年間支出金額も全国6位であることから、「海なし県」であるにも関わらず海産物に対する関心が高いことが窺える※2。しかし、2021年1月30日に行った第1回の教育活動「解剖でわかる海洋生物」では、臨海実習でのフィードバックと同様、生きている海の生物を触ったことがない、あるいは実物を見たことがなかったといった反応が多く見受けられ、海の生物に興味があるものの、実際に接する機会が少ない地域であることがわかってきた。

棘皮動物を通して海の生物の多様性と共通性を学ぶ

本教育活動の狙いは山梨県民の好きな寿司ネタの一つである「うに」をもとに、(1)普段食べている「うに」が元々はどのような姿の生物であり、どの部位を食べているのかを知ってもらうこと、(2)ウニから学んだ特徴を他の棘皮動物でも探すことで生物の多様性の中に共通性が存在することの2点を理解してもらうことで、地域の食文化を介して海の生物の多様性や共通性、系統に親しみを持ってもらうことにある。
現生の棘皮動物にはウニの他にナマコやヒトデ、ウミシダなどが含まれており、いずれも多様性に富んだ姿をしている(図1)。姿かたちに多様性こそあるが、五放射相称の体制(表1)と運動や呼吸のための管足(水管系)を有していることが基本的な特徴であり、棘皮動物における共通性となっている。棘皮動物のなかでもウニは寿司ネタとしても認知度が高いため、棘皮動物の五放射相称性を最初に学習するために適していると考えられる。したがって、ウニの解剖により棘皮動物の特徴である五放射相称を学習後、ナマコ、ヒトデ、ウミシダの解剖を通して棘皮動物の特徴を検証していくことにしている。
この活動は山梨県立科学館の実験工作室で行われた(図2)。第1回の参加者は小学生から大人までの幅広い年齢層であり、新型コロナウイルス感染対策として参加者数を定員16名に制限して実施、2022年2月5日の第2回は保護者を除き全員が小学生という構成となった。なお、本活動で使用した棘皮動物は主に筑波大学下田臨海実験センターから提供していただいた。
棘皮動物のカラダには至る所に星形や五角形(五放射相称)が隠れていることを冒頭で講義(図3)し、 そのなかで「寿司ネタのうにはウニのカラダのどの部分だろう?」という質問を参加者に投げかけてみるとウニの卵であるとする反応があった。寿司ネタである「うに」は卵そのものではなく、卵をつくる部位(実際には精巣あるいは卵巣)であることを告げ、「では、1匹のウニからは寿司ネタのうにはいくつ採れるか?」という導入から、各々の手元にあるウニの解剖に着手してもらった。まず、ウニには口側と肛門側があり、白い歯(アリストテレスの提灯※3の先端)のある側が口側であることを伝え、そこを中心に軟膜をハサミで切り開いてアリストテレスの提灯を摘出し、寿司の「うに」の部分である生殖巣が体腔内で五放射相称となっていることを確認した。さらに、アリストテレスの提灯を漂白剤処理し、5つのパーツが得られることを検証し、細部にわたって五放射相称となっていることを確認した。
ウニの解剖により棘皮動物の特徴を学習した後、引き続き、各自に配布されたナマコを使用してその特徴を確認した。ナマコは学習で扱う他の棘皮動物と異なりカラダが柔らかいため、アメフラシのような軟体動物に誤認されやすい傾向にあったが、輪切りにすると縦走筋が五放射状に存在するため、ここで棘皮動物の特徴である五放射相称を理解してもらうことができた。また、口側に存在する石灰環と呼ばれる骨格を摘出し、アリストテレスの提灯と同様に五放射相称になっていることも確認できた。その後、時間の許す限り、ヒトデやウミシダの解剖と観察も行い、棘皮動物における五放射相称性を検証した。

■図1 本海洋教育活動で使用した棘皮動物 ■表1 棘皮動物の五放射相称の例 ■図2 2022年2月5日、山梨県立科学館における海洋教育活動 ■図3 講義の冒頭で棘皮動物の基本的な特徴を説明

今後の海洋教育の展開

終了後のアンケートには、棘皮動物以外にも様々な海の生物に触れてみたいとする回答が多いこともあり、今後はそのニーズを満たすために 「私たち山梨県民の食卓にのぼる海の幸はその生物の何を食べているのだろう?」をテーマに、より身近な海の生物の解剖を介した海洋教育活動も展開していきたいと考えている。特に、山梨県ではまぐろや貝類に対する支出と消費量が多いこともあり、魚類と軟体動物を中心とした海洋教育プログラムにしていきたい。例えば、魚類であればアジやサバの解剖により各器官の働きをヒトの器官の働きと比較しながら学習することや、刺身の色(赤身、白身)の違いを山梨県のブランドサーモンである「富士の介」の刺身の色(赤身に見えるが白身)を題材として学習する展開などがあげられる。また、軟体動物を題材とした場合では、イカの解剖を行いつつ貝殻の痕跡器官であるイカの甲を探し出し、貝の仲間であることの検証を行うことや、イカそうめん(外套膜)が環状筋や放射状筋といった筋束が交互に折り重なった構造をとっていることをプレパラートで確認するなど、「普段、私たちが食べている海の幸はその生物の何を食べているのか?」を意識させる山梨県の食文化に根ざした海洋教育活動としていきたい。(了)

  1. 本稿では、食品を指す場合はひらがな表記、生物を指す場合はカタカナ表記とした。
  2. ※12018年〜2020年の平均。出典「家計調査結果(魚介類)、(外食)」(総務省統計局)
  3. ※2参考:植月学(山梨県立博物館学芸課)「海のない地域に残る「海魚の食文化」〜「魚尻線」がもたらしたもの〜」、2016 https://www.mizu.gr.jp/images/main/fudoki/people/060_uetsuki/060_uetsuki.pdf
  4. ※3アリストテレスの提灯とは、ウニ類の咀嚼器官。アリストテレスが古代ギリシアのランタン(提灯)の形に似たと記載したことによる。

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